93話「決死」

「おいおい、なんじゃこりゃ」

 爆発的に増えたモンスターを見て、ブリーツは目を疑った。

「これは……どういうことだぴょん!?」

 ミーナも狼狽して、目を白黒させている。

「みんな、引いて!」

 ドドも慌てて、使い魔を後退させる。


「クーは……」

 ブラウリッターとポチは姿を確認できた。体に幾つかの傷を負っているが、どうにかモンスターの包囲を突破できたらしい。クーは……。


「あ……」

 ドドの半ズボンが何者かに引っ張られる。クーだ。


「クー……良かった……はっ! ミズキさんは……!?」

 ドドは周りを見渡したが、ミズキの姿は見当たらなかった。


「ま……まずい!」

「深追いし過ぎたんだぴょん! ミズキはもう……」

 ミーナの目に、涙が浮かぶ。これだけのモンスターを殲滅するのだから、何かしらの犠牲が出る方が自然ではある。しかし……いざ、目の前でそれが起こってしまたら、狼狽えないことなど出来るはずもない。


「クー、なんとかいけるかい?」

「近づけない。多い、過ぎる」

 何も無い空間から、誰かの声が聞こえる。クーだ。人の言葉は話しているが、音の高低や、言葉と言葉の間はどこか不自然で、十分には話せていない様子だ。所謂、片言という奴だ。


「本当に透明ぴょんね」

 ミーナが不思議そうに、きょろきょろと周囲を見渡す。

「クー本人も、何で見えないのか、見えるように出来るのかが分からないみたいなんだ。それにしても、このモンスターの数だと、確かにクーでも難しいな……」


「なら、私達がやるわ!」

 後ろから声がする。ブリーツには、その声の主が誰だか一発で分かった。

「おろ? もういいのか?」

 ブリーツが振り向くと、そこには案の定サフィーの姿があった。

「当然でしょ」

「頑丈だなぁ」

「別に頑丈なのはいい事でしょ! それより、ちょっと無茶して突っ込むから、フォロー頼むわよ。エミナもお願い!」

「分かったよ!」


 たった今戦線に参加したばかりのサフィーとエミナが、早速、走り出す。

「なんだ、また疲れそうだな……」

 ブリーツもしぶしぶそれに続いた。


「ミーナ、僕達は馬車を! ドドさんも協力してください!」

「分かったよ! みんなやるよ!」

「ヒィィィィィィ!」

「ごぉぉぉぉぉぉ!」

 ブラウリッターとポチが、それぞれ声を上げる。


「アークス足、大丈夫だったぴょん!?」

「なんとかね。まだ完全に再生はされてないみたいだから、サフィーみたいに相手に切り込むまではできないけど、それでもこうして打ち漏らしを処理するくらいは出来る。ヘーアさんとエミナさんが手をかけてくれたおかげだよ」

「そっかー、良かったぴょん。ミズキがあんなことになって、アークスまでなったら、ミーナちゃんは……ミーナちゃんは……」

「ミーナ……泣くのはまだだよ、これをどうにかしないといけない」

 アークスが見据える。前に群がる大量の召喚モンスターを。

「う……そ、そうだぴょんね。ミーナちゃんだって、まだ戦えるぴょんよ!」

 ミーナもモンスター群に向かって構えた。モンスターの中にはリビングデッドは殆ど居なくなっていて、ほぼブラッディガーゴイルとストーンゴーレムだけになっている。


「召喚モンスター……」

「リビングデッドは、もう殆ど居ないみたいだね」

「増えるのは、もう、あの赤い奴と、ストーンゴーレムだけってことでしょうか」

「うん……リビングデッドは召喚によって増やすことが出来ないから。だから、モンスターの勢いが減るか、マッドサモナーの魔力の消費が増えるかのどっちかのはずなんだけど……」

 あまりにも、モンスターの勢いが途切れなさ過ぎる。そんな無尽蔵な魔力を供給できるものなのだろうか。アークスの頭に、疑問が浮かぶ。







「たぁぁぁぁ!」

 サフィーが得意の二刀流で、周りの敵を、ばったばったと倒していく。

「はぁぁぁぁ!」

 エミナの方も、自分の得意魔法であるドリルブラストで、ストーンゴーレムも含めて敵を薙ぎ倒して進んでいく。


「貼りきっちゃってんなぁ、二人」

 ブリーツも、適度にサポート魔法をかけつつ、適度に露払いをやりつつ、適度に撃ち漏らしを処理しつつ、二人のサポートをしている。


「ミズキちゃん! いやぁぁぁぁぁぁ!」

 エミナがミズキの姿を捉えた。ブラッディガーゴイルに腹を貫かれているミズキの姿を見たエミナは、思わず悲鳴を上げた。ブラッディガーゴイルは自慢げに、ミズキを貫いている腕を高々と掲げている。


「エミナ!」

「だ、大丈夫。早くミズキちゃんを助けないと……!」

「立派ね、貴方は……っ!」

 サフィーは、一瞬気持ちを取り乱したエミナが、即座に気を取り戻したのを見て、尊敬の念を抱いた。エミナは精神面でも相当に強い。


「たぁっ!」

「ミズキちゃん!」

 二人がミズキを発見してから程無く、ミズキを掲げたブラッディガーゴイルは斬り伏され、ミズキはエミナに抱かれることになった。


「ミズキちゃん、待っててね。すぐにヘーアさんの所へ運んであげるからね! 己の肉体こそ約束されし力、我が身にナタクの力を宿したまえ……ナタクフェイバー!」」

 エミナはナタクフェイバーを自らにかけ、すっかり意識の無くなったミズキを両手で抱きかかえた。

「サフィーちゃん、周りはお願い!」

 両手でミズキを抱きかかえたエミナは、ドリルブラストを失っている。ここから後退するには、サフィーの協力が必要不可欠だった。


「ええ、任せて!」

 サフィーはエミナに答えると同時に、ちらりとモンスター群の中心の方を見ていた。サフィーはその先にマッドサモナーが居る事を確信している。目には見えないが、この状況、そして、この雰囲気から、マッドサモナーの存在を、ひしひしと感じるのだ。


「ブリーツ! エミナを頼んだわよ! 私は突破口を開く!」

 サフィーとエミナが切り開いてきた道には、再びモンスターがなだれ込んでいる。しかし、最初と比べれば、モンスターの壁は薄い。サフィー一人でも、十分に対応できるだろう。

 サフィーはブリーツとすれ違うなり、前方に群がったモンスター達を、凄まじい勢いで斬り伏せていく。サフィーとエミナが突破した後に、隙間を埋めるようにモンスターが流入し始めた所を遡っているので、モンスターの死体で足場が悪いことも手伝って、布陣は薄くなっている。

 サフィー達は、難無くモンスターの群れを突破して、馬車の前、アークスやドド達が集まっている場所へと辿り着くことが出来た。


「エミナ、エミナは馬車に。私はここで、あいつらを殲滅するわ!」

 馬車に担ぎ込まれた時にサフィーが負っていた傷には取り敢えずの治療しか施されていなかった。にもかかわらずモンスターの群れに飛び込み、あれだけの大立ち回りをしたサフィーだが、体には軽い傷しか負っていない。深い傷と言えば、既に取り敢えずの治療を受けた包帯の下の傷と、しっかりと治療を受けたにもかかわらず、未だ深い傷が残ったままの肩の傷だけだった。


「ふぅ……なるほどね」

 サフィーがブリーツを、ミーナとアークスを、そしてドドと魔獣たちを順々に見た。

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