84話「魔女の死」
「サフィー!」
アークスは、リビングデッドの斧によって右肩を大きく叩き切られ、激しい出血をしているサフィーに慌てて駆け寄ろうとするが、サフィーはそれを止めた。
「アークス! 私は平気だから! 攻撃の手を緩めないで! ……はあぁっ!」
サフィーは、自らの肩に斧を振り降ろしたリビングデッドを、肩からしたたる血を撒き散らしながら切り捨てた。
「ブリーツも、回復は後よ! モンスターの勢いに負けたら、すぐに全滅よ!」
「おうおう、了解だぞサフィー」
ブリーツが嬉しそうに返す。
「ったく、こんな時にもブリーツは……っ!」
サフィーは左手で、肩へ刺さったままの斧の柄を掴み、引き抜いた。
「うぐっ……!」
引き抜いた斧、そしてサフィーの肩から、血が滴る。
「うおおっ……!」
モンスターの群れで見えないが、サフィーはマッドサモナーが居るであろう方向に、その斧を投げつけた。斧はモンスターの群れを構成している中の、一体のブラッディガーゴイルの胸を切り裂き、地面に落ちた。
「くっそぉぉぉ!」
多少、動きは鈍ったが、右腕はまだまだ気合で動かせる。サフィーは猛り、周りのモンスター達を切り裂いていく。
「だ、だめなのか……」
アークスが限界を悟った。サフィーが一撃を受けたのは、運が悪かったからではない。増え続けるモンスター達を裁くことに無理が生じてきたからだ。
最初の時点で、既に三人は不利な状況に陥っていた。三人は、マッドサモナーと対峙した時点で……いや、もっと前から、マッドサモナーの手の中に居たのかもしれない。
アークスが読み取れる部分では、レーヴェハイムを馬車で発ってからのことだ。マッドサモナーは、レーヴェハイムからキャルトッテまでの馬車で通るコースのうち、ウィズグリフの目立たない、草原を突っ切るコースを選定した。そして、ウォズグリフが隠しやすい場所にウィズグリフを刻んで、それを草の陰に隠した。
そして、ブリーツやサフィー、アークス自身にとって、重要な人物である魔女に化けて、ウィズグリフが仕掛けられている草原で、三人を待っていた。魔女に化けたマッドサモナー本人に注意を向けさせることで、ウィズグリフを更に目立たなくするために。
「勝てるわけない……こんな……」
物量も、戦術も、マッドサモナーの方がこちらの上を行っている。この状況では、それを上回る援護も期待できない。アークスの頭の中には「死」という言葉が浮かび、足は震えだした。
「ほんと、この数は出鱈目だなぁ、マッドサモナーの魔力量ってどうなってるんだろうな?」
「こんな時に、そんな素朴な疑問を言われてもね……!」
サフィーが前方の二体のブラッディガーゴイルと、一体のリビングデッドを切り裂く。
「何匹だって……やるしかないでしょうがぁぁぁ!」
サフィーが大きく跳躍する。その先には、一体だけ突出したストーンゴーレムが居る。
「おおおおぉぉぉ!」
サフィーが両手の剣を揃えつつ大きく跳躍する。空高くに舞い上がったサフィーは、落下し始めたタイミングで、剣を真正面に振り降ろした。
――バキィッ!
両方の剣を合わせた攻撃力、サフィーが剣を振り降ろす腕力、そして落下速度。アームズグリッターによる微量の攻撃力増加。その全てを利用し、サフィーはストーンゴーレムを、真ん中から縦に両断した。ストーンゴーレムは、その断面から一気に魔力を放出し、動かなくなった。
「す、凄い……ストーンゴーレムを、一振りで……」
アームズグリッターは、主にリビングデッド対策の光属性付与だ。魔力が乗ったとはいえ、光属性で弱点を突けないモンスターには焼け石に水の、申し訳程度の増加量だ。
にもかかわらず、サフィーはストーンゴーレムを縦に両断した。右肩を負傷しているのにだ。
「はぁ……はぁ……このサフィー様が、これくらいのモンスターに……ぐうっ!」
サフィーの側面から、ブラッディガーゴイルが爪での一撃を放った。サフィーはそれを剣で受けたが、あまりに近距離で受けたために、体ごと大きく吹き飛ばされてしまった。
「く……何で少なくなんないのよ、もう!」
サフィーが毒づいた。サフィーはただ不機嫌になっているので言っているのかもしれないが、アークスも、サフィーの言った事に絶望感を感じている。
サフィーとブリーツは、その剣術と魔法で次から次へと迫ってきたモンスターを退治している。アークスも、それに及ばないながらも、もうかなりの数を倒している。それなのに、モンスターの攻勢は止まらない。この三人とマッドサモナーとの間には、圧倒的な力の差があるのだ。
「誰か……ミーナ……魔女さん……」
本物の魔女はどうしたのだろう。魔女はこの時空の歪みを知っているのではないのか。
マッドサモナーが最初に言ったことは、魔女を演じていただけとはいえ、今の状況を正しく考察しているように思える。魔女は、騎士団の上層部か、それ以上に情報を持っている。ブリーツやサフィー、マッドサモナーが居る状況で、魔女だけが姿を現さないのは、かえって不自然なことじゃないか。
「魔女さん……居るなら……」
魔女は確かに騎士団を嫌っていた。その上、自分の弟子も離れている。だから、この状況では助けには入らない。そういうことなのだろうか。
「魔女さん? 魔女さんって言いましたね、貴方。助けてほしいんですね、本物の魔女に」
「はっ……!」
ぼそりと言ったことを、マッドサモナーに聞かれた。聴覚強化の魔法だろうか。どちらにせよ、これからは注意しないといけない。マッドサモナーにこちらの状況を悟られては、もっと不利になってしまう。……もっとも、これ以上不利な状況があればの話だが。
「耳が良いのを自慢してんの? 悪趣味ね! アークスも、あんな奴のことを頼るなんてやめなさい!」
サフィーが叫ぶ。
「なんとでも言いなさい。貴方が汚い言葉を何度私に浴びせても、魔女は帰ってきませんよ」
「なっ……!」
魔女は帰ってこない。アークスは、その事を聞いて、頭の中が真っ白になった。
「アークス!」
「荒ぶる風よ、厚き壁となって我が身を包み込め……ウインドバリア!」
ブリーツがウインドバリアを唱えた。ウインドバリアがアークスの側面を包み込み終わった瞬間、ウインドバリアにリビングデッドの槍が当たり、弾かれた。
「あ……」
「アークス! マッドサモナーの言う事なんて、気にしちゃだめよ!」
「くっ……!」
アークスがブンブンと首を振って、剣を構え直す。
そう。魔女の死にショックを受けている場合ではない。これ以上犠牲者を出さないためにも、ここでマッドサモナーの力を少しでも多く削がなければならない。
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