67話「時空の歪みのその先で」

「マッドサモナー……」

「な、なんか怖いねぇ、人を襲うんだから、あんまりいい人じゃなさそうだしね」

 ミズキとエミナはマッドサモナーの話を聞くうちに、段々顔が強張ってきた。


「ミーナちゃん達の……ええと、その……地域では、ホーレという町がマッドサモナーの手で全滅させられて、大事件になってるぴょんよ」

 別の世界というのは、あまりに突飛な表現だとミーナは思った。いきなり話すと色々とややこしいことになるかもしれなので、同じように話を進められる「地域」という表現を使わせてもらおう。


「全滅!?」

「そのホーレという町は聞いたことないけれど、大変なことになっているようね」

「ま、まずいんじゃないの!?」

 ミズキとエミナは深刻な顔をして、話し始めた。抜き差しならない事態だということを悟ったようだ。

「都の方にも知らせた方がいいかも」

「都……貿易都市クルスティアかぁ……でもあそこってコーチでも結構かかるよね」

「急いだほうがいいわね……町で一番足の速いワムヌゥで、御者はシュトライで」


 ミーナは二人の会話から、このレーヴェハイムのことを推測する。ワムヌゥというのはミーナも見たことがある。家畜動物の名前で、ずんぐりむっくりな体格の、雄牛よりも一回り大きな姿をした動物だ。毛は灰色だったり、黒だったりする。ワムヌゥは食べられる部分が少ないので食肉用としては向いていないが、スタミナや力が強く、その大柄な体格とは対象的に、足も速いので、主に荷車を牽引するために使われる。

 ということは、この村では馬車ではなく、ワムヌゥのコーチが一番主流の運送車両なのだろう。

 そのコーチを一番早く飛ばすことのできる人間が、シュトライという名の人物らしい。

 そして、このレーヴェハイムの近くにある、大きな都が、貿易都市であるクルスティア。そういう位置関係のようだ。


「ミーナちゃんとアークスは、別件で色々やっていたぴょん。だけど、あの時、唐突にマッドサモナーに襲われたんだぴょん」

「そ、それって、消されそうになったってこと……? なんか、ますます怖いね……」

 ミズキが体を震わせる。

「うーん……確かに、そんなに強力な、しかも召喚魔法使いとなると……そういえば、ミーナちゃんの言う『地域』って、ここからどれくらいかかるの?」

「ええっ!? えー……それはそのー……ストーンゴーレムに追われてたから、ちょっと分からないぴょんねー……」

 地域の事を聞かれてしまったミーナは、この場をどうにか取り繕おうと、頭をフル回転させた。


「そう……どの地域だかが分かれば、アークスさんの騎士団に応援を頼めるかなと思ったけど……」

「それはアークスが治ったら、一緒に行くつもりだぴょん」

 どうにかこの場を切り抜ければ、アークスと一緒にこの町から出られる。それまでは、あまり波風を立てたくない。


「いえ、それより、場所さえ教えてくれれば、近くなら私が行くわ。場所、分かる?」

「ええ? あのー……」

 ちょっと怒ったように当たれば誤魔化せるだろうか。ミーナの頭には、そんな案が浮かんだ。しかし、二人はミーナを、そしてアークスを助けてくれた。わざと不機嫌にさせることは避けたい。なんとか二人を穏便に誤魔化したいところだが……。


「あの……一つだけ聞いていい? 隠してるなら悪いんだけど……ここには僕と、エミナさん、そしてミーナしか居ないから……」

 ミズキが思いきったように会話を切り出した。


「え、な、何だぴょん?」

 突然瑞輝に話しかけられたミーナは、ただでさえ混乱した頭を、更に混乱させている。


「あの……もしかするとミーナって、別世界の人なんじゃないんかって……」

「いっ!?」

 ミーナが叫び声をあげて驚いた。ミズキの言う事は大当たりなのだが、大当たりではまずい。


「ええ? ミズキちゃん、それはいくらなんでも……」

「な……何で分かったぴょん!?」

 エミナは、そんなことはないと、ミズキを抑えてくれそうだった。しかし、混乱しているミーナに、そのことを理解するのは難しい。ミーナは思わず、ミズキに何で分かったのかを聞いてしまった。


「えっ……そ、そうなんだ……?」

 自己申告と同義の言葉を発したミーナに、エミナは驚いてミズキに聞き返した。


「ええと……」

 ミーナとエミナの二人に同時に迫られたミズキは、少し戸惑った後で続ける。


「なんか、ミーナ、色々と言いづらそうって思ったから……ほんとに、なんとなくなんだけど……」

「確かに、途中からしどろもどろだったような気がするけど……でも、そうだよね、この世界を包む結界が壊れたんだから、外の世界の人が迷い込んできても不思議じゃない……か……私の方が、ちょっと頭が固かったのかも」

 エミナは困ったような顔をして舌を出しながら、自分の頭にコツンと軽くゲンコツをした。


「え……なんか、ミーナちゃんはえーーーと…………ミーナちゃんから見て外の世界ってことは、ミーナちゃんは異世界から来た人間ということになるぴょんよ!?」

「ええと、私達、この世界の住民にとっても最近の事なんだけどね……」

「説明すると、元々この世界は、この世界だけ別の世界から隔離されてたみたいなんだ」

 少し混乱しているエミナの様子を見て、ミズキは説明を変わった。


「隔離……切り離されてたってことぴょんね」


「そう。今は薄っすらとだけ残ってる結界によって遮られてた。でも、今、その結界が薄れてきてて、そのうち完全に同じ世界になるんだって」

「ああ、それで!」

 今のミズキの説明でミーナは、今起こっている時空の歪みの原因に全て納得した。

「そっか……それでいきなり時空の歪みが発生してたんだぴょん……だから、ここに住んでる昆虫とかが、こっちの世界に来たり、たまたま時空の歪みに引っかかった人は、一時的にこっち側に来てしまったりして……んっ!? でもマッドサモナーは……」


「そっかこの世界が他の世界と融合し始めてるから、空間にひずみが生じてるのね。こんな事が起きてるんだ……」

「結界が薄くなるって、こういうことなのね、これからは、こんな感じに、あっちの世界から色々な人がやってくるようになるのかな?」

「そうかもね。なんか、騒がしくなりそうだけど、それはそれで面白いのかもね。ただ……」

「ちょっと怖い人も来るんだね……」

「あ、あの……それは多分、ミーナちゃんとアークスが、なにか核心に近付き過ぎたからなんじゃないかって、そう思うんだぴょん。だから……」

「ミーナさんが狙われてるから、この町から早く出ていかないといけないっていうのね……」

「そっか、確かにこの町が危険に晒されるのは困るね」

「そうねぇ……」

「大丈夫! このレーヴェハイムを危険になんて晒させないぴょんよ。マッドサモナーはアークス……はちょっと大変な状態なので、このミーナちゃんがどうにかするぴょん。アークスには辛いかもしれないぴょんが……動けるようになったら、一緒に出ていくぴょん! ただ……その間だけ、レーヴェハイムに居させてほしいぴょん。迷惑かけるかもしれないぴょんが……」


「ええと……マッドサモナーだっけ? それが危険な人だとしたら、このレーヴェハイムが危険に晒されるのは困るわ」

「エミナさん……そうぴょんよね……」


「……ごめん、僕も、それは違うと思う」

「ミズキさん……」


「レーヴェハイムが危険に晒されるかもしれないのは困るわ。でも、怪我人のアークスを、この村から追い出すなんて、出来るわけないじゃない」

「うん……ミーナの考え方は、やっぱり違うよ。こういう時こそ、お互いに協力できることがあるんじゃないかなって」

 瑞輝がこくこくと頷く。

「ふ……二人共……」


「ミーナさんにも協力してもらうよ。みんなでレーヴェハイムを……そして、その周りの集落も守らなくちゃ。そうだよね、ミズキちゃん」

「うん……僕も……こんな状態だったら、少し無理やりにでも時間を作って来ないとってことだよねぇ……はぁー……結構大変かも」

 ミズキはがっくりと肩を落とす。ミズキは相当多忙なのだろう。と、ミーナは思った。ディスペルカースの練習だけではなくて、他にも何か色々と抱えているのだろう。


「……でも、頑張らないとね。こういう時は仕方ないよね」

 ミズキがぶるぶと首を振った。

「そっか、あっちでも結構大変なんだっけ……ミズキちゃんには負担かけないようにしないと」

「ミーナちゃんも、ミズキさんに迷惑かけたりしないぴょんよ! 勿論、レーヴェハイムにもぴょん!」

「ありがとう、エミナさん、ミーナさん」

 三人はそれぞれ頷くと、一時的にミズキの練習場と化した町外れの草原を後にした。町にこの事を伝えて、この先の事を話し合うためだ。

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