65話「異世界から異世界へ」

「穢れしその身に解呪のげんを……ディスペルカース!」

 薄ピンク色の髪をしたミズキがディスペルカースを唱える。十メートルほど離れた木板の的には、黒い札が張り付けてある。

 ミズキの手から放たれた、白くて細い筋状のディスペルカースは、的に向かって飛んでいき、命中した。


「どうかな……?」

 ディスペルカースが的に当たったのを確認したミズキが、的へと駆け寄る。

「うーん……」

 黒い布には、一見、変化が無いように見えるが、よく見ると、僅かに白い部分がある。

「んんーーーーー……」

 ミズキは目を細めて、顔を黒い布の白くなった部分に顔を近づけた。腕組みをして、じっとそれを見る。


「いや……さすがにこれは駄目だろうなぁ……」

 ミズキが首を傾げる。

「魔法の練習ぴょんか?」

 近寄ってきたのはミーナだ。ミーナはミズキに声をかけた後、的の黒い布を覗き込んだ。

「ちょっとね、必要になったから、ディスペルカースの練習をしてて……でも、なかなか上手くはいかないんだよなぁ。もっと練習の時間が取れればいいんだけど、昼間とかは別の事をやってるから、練習する時間も限られててね」


「ディスペルカースぴょんかー……ってことは、この布には呪いがかかってるぴょん?」

 ディスペルカース。呪いを打ち消すための魔法だ。光属性の補助と攻撃の複合魔法に該当する。ミーナは、自分が光魔法が比較的得意だということは分かっているが、少し成功するようになったとはいえ、補助魔法はまだまだ苦手だ。補助と攻撃の複合など、最早、考えるのも無駄なレベルだ。

 ……まあ、どちらにせよ、ディスペルカースなんて、そこそこ高位の魔法は、自分には当分の間は縁の無い魔法だろう。

 ミズキの適正は分からないが、ディスペルカースを練習しているということは、自分よりも一回り……いや、二回り以上、魔法の能力は高いだろう。ミーナがなんとなく洞察する。


「これ? ええとね……害の無い呪いを染み込ませてる……って言うのかなぁ?」

「なるほどぴょん。この白い部分が、呪いが解けた部分ぴょんか」

「うん。シェールさんって言って、魔法雑貨店の人が作ってくれるんだ。何枚かあって、白くなったら代わりの札を張り付けて使えるんだ。で、この札は、またシェールさんに渡すと、呪いを染み込ませて黒くしてくれるんだよ」

「へぇ、中々に凝った作りになってるぴょんね。面白いぴょん。そっかー、魔法雑貨ぴょんかー」

 魔法雑貨。魔法を帯びさせ機能を付与、あるいは強化させた道具だ。魔法雑貨は主に、様々な物を製造するための「錬金魔法」によって作られる。


「んー、錬金魔法とか使ったことないけど、ミーナちゃんに向いてたりするのかぴょんねー」

 魔法の適正は火属性や水属性、光属性や闇属性等の属性によっても決まるが、召喚魔法や攻撃魔法、錬金魔法や補助魔法等、用途によって魔力の使い方が全く違うこともあるので、用途によっても適正が存在する。


「向いてたら向いてたで、ちょっと困っちゃうぴょんが……商売とか商品開発のことは、まるで分らないぴょんからねー」

 製造魔法は、その適正だけでは真価を発揮しない。少なくとも、道具に魔法を噛み合わせるための物理科学的な知識や、その商品を売るための商業的センスも必要になる。

「魔法雑貨の個人商店とか、なんか憧れるぴょんけどねー、ミーナちゃんには、ちょっと敷居が高いぴょん」

「へぇ、そうなんだ。確かにそういう人って、町に一人か二人くらいしか居ないもんね。この町だったらシェールさんがそうかなぁ」


「ほうほう、一軒あるってことぴょんか。んー……こんな閑静な所に店を構えて魔法雑貨店ってのもいいぴょんねー」

 ミーナは町を一望した。周りは森に囲まれているという話だが、この、ちょっとした町外れの草原から見ると、その内側に、低い草花が生い茂る草原が広がっているのが分かる。若草色の絨毯のようで、寝転がると気持ちが良さそうだ。


 家と家の間はゆとりがあって、都会のような密集している感じは無い。この町自体は広くなく、町といっても、ぎりぎり村ではないくらいの大きさだろう。家の周りには、思い思いの物が置かれている。ちょっとした、個人用の菜園や、一本の果樹。屋外用の暖炉。食事をするのか、ゲームをするのかは分からないが、小さなテーブルに、二つの椅子がセットで置いてあったりもする。


「レーヴェハイム……いい町ぴょんね……」

 ふと、ミーナは目を閉じた。体に当たるそよ風も爽やかで、時折聞こえてくる小鳥の鳴き声も、耳に心地良い。


「そういえば、体、良くなった?」

 ミズキが言う。

「あんなくらい、かすり傷みたいなもんだぴょん。もう全然大丈夫だぴょん」

 ミーナが両手を腰に手を当てて、エッヘンと言わんばかりに胸を張った。勿論、中には結構深い傷はあったが、アークスに比べれば、遥かに浅い傷だ。

「そう? それは良かったけど、背中の傷とか、結構深かったから、まだあんまり激しく動かない方がいいよ」

「なに、アークスに比べれば無傷みたいなもんだぴょん。へーきへーき」

「そうれはそうだけど……でも、アークスも一命を取り留めて良かったよ。まだまだ安静にしてた方がいいけど」

「そうだぴょんね。ほんと、助かったぴょん。何かお礼したいところだぴょんけどねぇ……そういえば、アークスはどのくらいで動けるようになるんだぴょんか」

「どうかな……僕、詳しいことは知らなくて……お医者さんとか……ああ、確か、エミナさんが魔法回復を担当してたはずだから、後で聞いてみるよ」


「そうぴょんか。エミナさんって、あの凄いドリルブラストを使った人ぴょんよね」

 ミーナはストーンゴーレムに襲われていた時に、ミズキが茶色い長髪の少女をの名前を「エミナ」と呼んだことを思い出した。

「そうそう。凄いよね、エミナさんのドリルブラストは」

「あんな凄いドリルブラストが使えるのに、回復も出来るんだぴょんねぇ」


「エミナさん、ドリルブラストは一番得意な魔法なんだよねぇ。あんな感じで、とんでもないパワーが出るんだ。で、攻撃系だけじゃなくて、補助系の魔法も得意だから、こういう時には頼りにされてるの。エミナさんは、医療関係の魔法使いってわけじゃないんだけど、この町って、ちょっと魔法使いの数も少なくて……医療系魔法使いも居るには居るんだけどね。でも、手が足りなかったり、今回みたいに重症の人が運ばれて、強力な回復魔法が必要な時はエミナさんが行くんだ。エミナさんは医療の知識は無いけど、補助系の魔法が多いし、風属性の魔法も得意だし、補助系の魔法に適正もあるみたいだから、エミナさんの回復魔法ってかなり強力だから」


「はあぁー……回復もそんなに得意ぴょんか」

 ミーナは、半ば呆れた様子で口を大きく開けた。とんでもない威力でストーンゴーレムを一蹴していただけのことはある。そこまで魔法の腕前に差があると、ちょっと比べる気になれない。

「うん。なんか、相性なのかな。ほら、風属性は補助に強いけど、エミナさんがもう一つ得意な光属性にも、一番メジャーなトリートがあるし」

「へぇ、光属性も得意ぴょんか。じゃあ、攻撃もなかなか……ん?」


 ミーナの耳に、遠くで草が踏まれるような足音が聞こえた。ミズキの耳にもその音が聞こえていたらしく、ミズキは既に、足音の方向に顔を向けていた。ミーナもそれに続いて振り向く。

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