35話「ポチとルニョーと白い粉」

「えーと……もう入っていいですかー?」

 ドドが扉の前で叫んだ。

「もう少しだけ待っててくれ、すぐ終わるから!」

 部屋の中から聞こえてきたのはブリーツの声だ。ドドはもう少し待つことにした。

 ポチは前足と後ろ脚を曲げて座り、じっとしている。


「いいわよ! 入って!」

 サフィーの声が部屋の中から、外に居るドドに聞こえた。

「えと……入りまーす!」

 ドドはそう言って、扉を開けた。木製の、いたって普通の扉を開けた中には、広めの部屋があった。

 石造りのテーブルが数個、規則正しく二列に並んでいて、その周りは木の椅子が置かれている。周りには、色々な空の容器が入った棚や、様々な色や形の瓶が入った棚が並んでいる。

「やあ、実験棟第一実験室にようこそ。僕は研究員のルニョー。どうだい、この部屋は」

「え……ええ、綺麗でいい所だと思います。

 ドドが戸惑った様子でルニョーに言った。


「そうだろう。清潔というのは研究にも重要だからね。うっかり雑菌でも入り込んでしまったら、これまでの研究結果がパーになりかねない」

「そ、そうなんですか。それでこんなに厳重だったんですね」

「うん? ああ、そういうわけでもないんだけどね。何はともあれ、事件解決に協力してくれるんだってね」

「あ、はい。ポチは鼻が利くので、もしかしたら何かの役に立つかもしれないです」

「うん、なるほど。じゃあ、よろしく頼むよ。結果次第では君はもしかすると救世主になれるかもしれないぞ。頑張ってやってみることだ」

「ああ……はい」

「この部屋を綺麗だと言ってくれたのは嬉しいね。なにせ、僕はしょっちゅうここで実験しているので、ここが僕の家みたいなもんなんだよ。白を基調にした壁は汚れが目立つので手入れが大変なんだけど、綺麗にしておけば一番清潔感を感じる色だと、僕は思うんだよね」

「そうですか……確かに、城は綺麗そうですよね」

「だろう? みんな、ここに入り浸っている僕のことを大変だというけれど、ここはとっても過ごしやすいんだ。水も飲めるし、テーブルも広い。食事をするには最適な場所だよ。みんなは中庭がいい、いいと言うけれど、あんな所で食事なんてしたら、日に焼けてしまっていけないよ。ああ、そうそう、ここは雨風をしのげるだけじゃないんだよ。向こうの部屋に行けば、温度や湿気だって……」

「あのさ、ルニョー」

「うん? ……ああ、すまなかったねサフィー。城の外からここに人が訪ねてくるなんて、滅多に無いことだから喋り過ぎてしまったよ。それにしても、今回の事件は……」

「ルニョー!」

 サフィが強く声を上げる。

「ああ……すまないな。ついつい喋ってしまう……さっさと始めるべきだな。調べるのはこれなんだ。この匂いを辿ってほしい」

 ルニョーが白衣のポケットから取り出したのは、小さな小瓶だ。中には白い粉が僅かに入っている。

「分かりました。ポチ」

 ポチがこくりと頷くと、ルニョーの持つ小瓶に近寄った。そして、鼻先を小瓶に寄せて、クンクンと僅かに上下させた。


「お、嗅いでるわね……」

「ふーむ……確かに犬っぽくはあるね、仕草的に。しかし、サフィーの話通りだ。犬の特徴とも狼の特徴とも、どこかずれているような印象を受ける。実に不思議な生き物だよ」

「そうなんだ……やっぱり魔獣なのね、こいつ……」

 ポチが何者なのか。サフィーはますます気になってきた。

「おっ、嗅ぎ終わったみたいだよ」

 ルニョーがポチを指さした。サフィーが目を向けると、ポチは丁度体を翻して外に出るところだった。

「そっか、匂いの元を追うには、外に出ないとだよね」

 ドドが研究室の扉を開けると、ポチはスタスタと歩いて外へと出て、ドドもそれに続いた。


「……」

 サフィーとルニョーは、その様子を興味深く見ながら、ドドとポチの後に付いて、外へと出た。

 ポチは暫く研究棟の入り口周辺をうろうろとしたが、そのうちぴたりと止まって、前足と後足をたたみ、座った。

「あれ……ポチ?」

 ドドが話しかけるも、ポチは微動だにしない。平然とその場に居座っている。いや、それどころか、お日様に当たってくつろいでいるようにも見えるような状態だ。


「ここで止まったか……」

「横着な犬だわ。ちょっとイラっとする」

 サフィーとルニョーが眉を顰める。

「ねえ、ポチ! どうしたの!?」

 ドドがポチに話しかけるが、ポチは動かない。

「あっれぇー? おかしいな……こんなはずじゃ……騎士様、ポチは本当に鼻の利くやつで、こんなことするようなやつじゃないんです。ポチ! ちゃんと探さなきゃ!」

「……」

 ポチは微動だにしない。


「おかしいなぁ……こりゃ、だめかも。何が原因だかわならないけど、ヘソを曲げてるのかな……? うーん……分からない……騎士様、ごめんなさい」

「え?」

 唐突に話しかけられたので、サフィーはドドの顔を見た。

「その……お役に立てないかもしれないです。ポチのこと、僕も良く分かってなくて、なんでこんなことしたかも分からないんですけど……すみません」

 ドドががっくりと肩を落とし、サフィーとルニョーに深々と頭を下げた。

「何でかなぁ……ポチ、帰ろう」

 肩を落としながらポチを呼び、その場を立ち去ろうとしたドドだが、ポチは一向に動く気配は無い。

「あれ? ポチ……どうしたの? ここは騎士様の迷惑になるから、居られないんだよ。動いておくれよ」

 ドドがポチに話しかけるが、ポチはやっぱり動かない。


「……素晴らしいな!」

 ルニョーが感嘆の声をあげた。

「そう思うだろ、サフィーも!」

「……ええ、正直、予想以上だわ。淡々としてて正確。ブリーツに見習ってほしいくらいだわ」

「いや、それだけじゃない。瓶の中に入ったままでも見つけることが出来た。いや、実に素晴らしいね。騎士団にも欲しい人材だよ」

「え? ええ?」

 ドドがルニョーとサフィーの顔を交互に見返す。何が起きているのか分からないと言った様子だ。


「おいおい、犬を見習えってのかよ、こんなに体張ってるのによぉ~」

「……え!?」

 ドドが声の方を見上げると、そこにはブリーツの顔があった。ブリーツは屋根の上に居るようだ。

「お疲れ様、ブリーツ。もう降りてきていいよ!」

「一瞬だけ体張ったからって、普段の行いが取り消せると思わないでよブリーツ!」

「なんだよその言い草はぁ! もう一生ここから降りねえぞ!」

「どうぞ、好きにすれば。野鳥に襲われて死ぬか、飢え死にするか見ててあげるくらいのことはしてやるわよ!」

「お、それ、実に興味深いなぁ、ブリーツ、君が良ければそれでもいいよ!」

「ええ? ちょっと待ってくれよー! ってか、降りるのも結構大変なんだぞ!」

 サフィーとルニョーに酷い言葉を浴びせられたので、ブリーツはしぶしぶ屋根を降りることにした。


「どうやら、降りてくるようね。魔法使いの補充の必要は無さそうだわ」

「そのようだね、うーん、魔法使いと剣士、それに魔法が使える魔獣使いと犬型の魔獣か……結構いいバランスのパーティーじゃないか」

「そうね……」

「ぐぎゃっ!」

 ドサッという音と共に、後ろで悲鳴が聞こえた。


「……本当に補充の心配無いかな?」

「怪我してたら補充しましょう。大丈夫、変わりはいくらでも居るもの」

 サフィーは投げやりに言い、ドドへと近付いた。

「……よろしく、頼りにしてるわ」

 サフィーが前に手を出した。その先には魔獣使いドドの姿があった。

「あ……よ、よろしくお願いします」

 ドドの小さい手が、サフィーの手と触れあい――二人は握手を交わした。

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