34話「魔獣使いドド」

「よろしくお願いします、ドドと言います!」

 相変わらずガヤガヤとうるさい中庭に、魔獣使いドドの声が響く。


「ドド……か……こちらもよろしくお願いするわ、ドド」

 城の検問は通過したのだから、もう疑う必要は無い。サフィーが笑顔で返した。

「こっちは雑種のポチです!」

 ドドの隣には、体中を黒い毛に覆われた、犬にも狼にも似た四足歩行の獣が立っている。

「ポチか、よろしくなーポチ」

 ブリーツが屈んで、ポチの頭を撫でる。ポチはしっぽを振って喜んだりはしない。かといって、嫌がることもない。表情の一つも変えず、鋭い目つきのままだ。


「ええ? ちょっと待って!」

 サフィーはドドが「雑種」と言ったのを聞き逃さなかった。魔獣使いが自分の魔獣の種類を知らないどころか「雑種」として片づけることなんてあるだろうか。サフィーの中に、疑念が再び湧いた。

「どうしたサフィー、どうせならいっぱい待った方がいいと思うが……」

「サボることばっかり考えてるんじゃないの! ……雑種って、どういうこと? 動物なの?」

 どうにも怪しい。この魔獣の事も、ドド自身の事も、本人に詳しく聞く必要がある。サフィーはそう思った。


「それが、分からないんです。僕、危ない所をポチに助けられて、それからポチと行動を共にすることになったんですけど……こうやって本格的に魔獣使いになる前までは、特に魔獣の種類なんて気にしたこともなくて……ポチが何なのかって、僕も気になってはいるんですけど、どうも特殊な種類らしくて……さっきもそのことで疑われて、見てもらったんですけど……やっぱり分からなかったんです。」

「ふぅん……うー……ん……そういうこともあるのかしら……」

 サフィーが考え込む。この魔獣の正体は、どうやら騎士団でも分からないらしい。そうなると、この獣は怪しくなってくる。

 また、騎士団が分からないとなると、判別が出来る人を探すのは難しい。こんな年端もいかない子供が、そんな人物を探せるとも思えないので、ドドが嘘をついていないということでもある。

 ポチと対峙した感じだと、ポチは主人であるドドには懐いているようだ。これらを踏まえたうえで、果たしてドドとポチを信用するかどうか……。

 

「見た所は大型犬か狼かってところだけどなぁ」

 ブリーツが屈んで、まじまじとポチを見る。

「はい。私も最初に見た時はそう思ってたんですけど……どうも犬や狼じゃないみたいで……それどころか、動物かどうかも特定できないらしいんです」

「ええ? そんなに正体不明な魔獣だったのか!」

 サフィーは何を今更と思いつつ、今まで考えた事をブリーツに話して見ることにした。

「うーん……不安定要素ではあるわね。場合によっては悪魔かもしれないし、これから何かに覚醒するかもしれないわ。戦闘の中で刺激されると、どうなるか分からないわね……」

 サフィーは少し慎重に、ことを運びたいと思った。いくら鼻が利いて、それなりに自分の身も守れるといっても、急な暴走等の理由で背中から斬られた日にはたまったものではない。


「それは大丈夫だと思いますよ。だって、ポチと僕は今までにだって、何回も、色々な存在と戦ってきたんですから。……むしろ、安息が欲しいくらいですよ。本当に」

 溜め息混じりにがっくりと肩を落とすドドの姿に、サフィーとブリーツは、どうにも切実らしい願いを感じた。

「この魔獣のせいかしらね。正体不明な上に、結構でかいし、トラブルの原因としては結構大きそうだわ」

「いや……ドドの方じゃないか? 誰かさんと同じくらいにお節介な感じが漂ってるぜぇー……」


「ふ……ファクション!」

 ブリーツの後方で、唐突にくしゃみが聞こえた。

「うん?」

 気になったブリーツが振り向くと、そこにはアークスと、少女の姿があった。

「おやまあ、効果てきめん」

 ブリーツが驚く。やはり噂をされた人物は、くしゃみをするらしい。


「ああ、ブリーツか。凄いね、中庭にこんなに人が集まるなんて」

「そうだな。そっちが魔女の弟子かい?」

「うん……」

「順調に魔女の思惑通りになってるってわけね……ほんと、ムカついてくるわ……」

 サフィーが魔女に毒づく。


「紹介するよ。魔女の弟子のミーナ。簡単な魔法なら使える」

「ええと、お初にお目りかかりますぴょん騎士様。ミーナと申しますぴょん」

 ミーナがぺこりとお辞儀をした。

「へぇ……んー……」

 サフィーがじろじろとミーナを見る。

「な、何だぴょん……?」

「いえ……なんかフツーだわーって。魔女の弟子っていうから、もっとこう……どぎつい感じの人かと思ってた」

 性格の悪い師匠には、性格の悪い弟子が付くものだ。そんなことをサフィーはなんとなく思っていた。


「お師匠様に対する偏見が凄いぴょんねー……」

「ああ、つい……ごめんなさい。貴方の師匠だもんね」

 サフィーが謝る。


「僕からもごめんよ、ミーナ。騎士団じゃあ、あまり魔女をよく言う人は多くないんだ。だから……」

「あー、別にいいぴょんよ。ミーナちゃんだって、お師匠様の評判はたっぷり聞いてるぴょんから」

「ミーナはその評判を分かったうえで、弟子入りしてるんだよね」

「うん。その通りぴょん」

「じゃあ、僕達は格納庫に行くから」

「えっ、格納庫って……リーゼを使うってこと?」

 サフィーがぎょっとした。リーゼを使うということは、何か大変な事件が起きたのではないだろうか。


「ああ、リーゼを使うのは調査目的だから、安心してよ」

「調査目的……ふぅん、そうなのね。この期に及んで、また何か大事件が起きたのかと思ったわ」

「ああ、それは……」

「アークス!」

「あ……いやぁ、大事件が起きたら大変だよね」

「全くだわ。不幸が重ならないように祈るしかないわね」

「そうだね。じゃあ」

「うん、そっちも頑張りなさいよ」

 アークスとミーナは、軽く手を振って、その場を去っていった。


「んー……あっちはあっちで、なんか大変そうだぞ、俺の見立てだと」

「私もそう思う。リーゼを持ち出すところを見ると、いつもの魔女の依頼とは違うみたいだし。それに、朝のミーティングの時にはアークスだけ別室だった。何か無い方がおかしいわ」

「んー、確かに、よくよく思い返すと、その時から怪しさ満点だったなぁ……んで、こっちはこっちで神か悪魔かも分からん魔獣と一緒に行動するわけか……ま、そんな大それた存在じゃないだろうけどな。俺のプラズマバインドも防げなかったし」

「グルゥ……」

 ポチの目が、ぎろりとブリーツを睨む。

「な、なんだよ。急にリアクションしやがって……」

 ブリーツは怖いので、二、三歩後ずさりをした。

「ふふ……ポチにも感情はありますから。少しばかり無表情ですけどね」

 ドドは笑顔でポチの頭を撫でた。


「さてと、アークス、あとドドも。早速やるわよ。ちょっとポチの経歴が気になるけど……疑うよりは行動した方が早そうだわ」

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