33話「ひしめく魔獣」

 研究棟を出たサフィーとブリーツは、フレアグリット城の外へ出るために移動し、中庭へと差し掛かった。城の中庭は、噴水や、様々な草木で飾り付けられている。通路等、人通りの多い所には石が敷かれているが、そうでない所には芝生がびっしりと隙間無く敷き詰められている。屋根が無いので上からは太陽の光が差し込み、虫や鳥も時々姿を現す、のどかな場所だ。

 中庭は憩いの場。少し休む時にはうってつけの場所で、芝生の上に腰を下ろしたり、時には寝転がったりして、思い思いの休息をとっている人はよく見かけられる。

 中庭が一番賑やかになる時はお昼の時間帯だ。穏やかな中庭は、昼食を食べる時の人気スポットにもなっている。

 不満が多い所を挙げるとするなら、周りを城の壁に囲まれているので、少し圧迫感を感じる所と、雨の日に使えない所だろうか。もっとも、その欠点を補って余りあるほどの魅力を、城の人々は感じている。フレアグリット城にはなくてはならない憩いのスポットなのだ。


「しかし、賑やかなことだなぁ」

 ブリーツは、中庭にごった返している魔獣使いや魔獣を横目で見ながら呟いた。

 普段は穏やかな中庭だが、今は人の集まるお昼どきよりも沢山の人でごった返している。中庭の大部分を占めているのは、大勢の魔獣使いと魔獣たちだ。

 普段は多少、人が多くても、その隙間から、花壇に植わる色とりどりの花や、花木や噴水の姿を見ることができるのだが、今はその隙間すらなくなっている。

 髪の色も、年齢も、種族すらバラバラの魔獣使い達と、犬型、龍型、鳥型、魔法生命型等、大きさも、容姿も様々な容姿をした魔獣たちでごった返している。まるでパレードを見ているようだ。

 フレアグリット国内の魔獣と魔獣使いを片っ端から集めているのだから、こんなに大量の魔獣使いと魔獣が居るのは当たり前なのだが……。


「どうにも落ち着かないなぁ……なぁ、サフィーもここで昼飯とか食ってるから、なんか慣れないだろ?」

「そうね。でも、こうやって国中の魔獣使いが集まっているってことは、マッドサモナーは確実に追い詰められてるってことよ。ただ……」

 サフィーがちらりと、右前の方を見る。そこではなにやら二人の人物が口論している様子で、それを騎士団の一人が必死になって止めている。

「まー、世界中の奴らが集まってきてるんだし、ああいうことだってあるさ」

「そうだけど……あんまりここを荒らさないでもらいたいものだわ。芝生が剥げちゃう」

「あー、そうだな。こりゃあ庭師は大変だ。喧嘩になって、壁とかまで壊れなきゃいいけどな」

「あり得る話だから、ちょっと心配ね……」

「だろ? あんな大型の龍や、いかにも力の強そうな怪物が暴れたら、どうなるか分からんぜ」

 ブリーツは、黒く大きな龍や、普通の人の三倍は体格の大きい、鬣の生えた二足歩行の魔獣を指さした。


「確かに……でも、周りの警備は手厚くしてあるみたいだし、我がフレアグリット城の城壁は、そう簡単に壊されるようにはできていないから、そう心配することもないわよ」

「そりゃ、かなり頑丈には作られてるがなー……ん……?」

 城壁を見ていたブリーツは、ふと、中庭の隅っこに、とある物を見つけた。

「……」

「あ? ちょ、ちょっとブリーツ、どこ行くのよ!」

 急に進行方向を変え、壁に向かって歩き出したブリーツに、サフィーは慌てて声をかけた。

「いや、ちょっと、試してみたい事がな」

「試してみたい? マッドサモナーに関係することでしょうねー!」

「だと思う」

 ブリーツは、傍らに落ちていた棒をおもむろに手に取ると、また壁へと進んでいった。


「もう、何なのよ……大した用じゃなかったら、許さないんだから」

 サフィーはぶつぶつ言いながら、ブリーツの所へと近寄っていった。


「何やってるのか知らないけど、早く済ませてよね」

 サフィーは腕組みをすると、早くも待ちきれない様子で、指先でトントンと腕を叩き始めた。足先の方も、つま先で地面をトントンと叩いている。


「お……」

 ブリーツがサフィーの方を……いや、サフィーの後ろを見ている。

「どうしたの?」

「なあ、あいつに嗅がせてみようぜ」

 ブリーツは何やら思いついた様子だが、サフィーには何を思いついたのか分からない。ブリーツの言うことが抽象的過ぎるのだ。

「嗅がせる? あの黒い粉をってこと?」

 まず何を嗅がせるのかが分からない。サフィーはそちらの方から聞いてみることにした。

「そうそう。もしかすると何か分かるかもしれねえ」

「何か分かるかもか……うん? 黒い粉の方は分かったけど、あいつって誰よ?」

 後はあいつが誰を指しているのだかを聞けば、ブリーツの言っていることは大体分かるだろう。サフィーはそう考えた瞬間、何故そこまでしてブリーツの意見を聞かなければいけないのかと、少し腹が立った。

「ほら、ちょっとかわいい感じの魔獣使い、居たじゃんか」

 ブリーツは、いつぞやに出会った、少年の魔獣使いのことを思い出していた。確か、鼻の利く犬のような魔獣を使役していた。

「ええ? んー……ああ!」

 サフィーはブリーツが言う魔獣使いが誰だか分かった。振り返って、ブリーツの視線の先にあるものを見たからだ。そこにはいつぞやの、相変わらず女の子と間違えてしまいそうになるくらいに小柄な体をした、ポチの魔獣使いが居た。

「……でも、無駄じゃない? 城にだって、鼻の利くのは居るもの」

 サフィーはそう言いつつ、目線では少年魔獣使いを追っている。折角ここまでブリーツの言う事を理解したのに残念なことだが、獣の嗅覚によって証拠が見つかるのなら、その証拠はとっくに出ているだろう。

「いやいや、やってみないと分からんぜ、恐らく多分、きっと」

「何、その頼りないのは……いいから、もう行きましょう」

「おいおい、待てよ。城の奴らより優秀かもしれんぜ、今、ちょっと試してみたんだよ」

 ブリーツが、木の棒きれの先端を、軽く上げながら言う。

「……何よ、その棒切れで、何かしたっていうの?」

 サフィーが棒切れに顔を寄せて、まじまじと見る。特に魔力が増強されるわけでもなく、先が鋭くなっているわけでもない。どこにでも落ちているであろう、何の変哲も無い普通の棒切れだ。こんなもので、何か分かったというのか。

「ふふん……これが証拠だよ、見てみろ」

「え……」

 サフィーは目の前にあるものを見て、愕然とした。

「う……うそ、それって……」

「ああ、何かのフンのようだ。ま、これだけの魔獣が居るんだから、一匹くらいそういう奴が居ても……」

「いやぁぁぁ!」

「ぶげっ!?」

 いきなりサフィーに頬への平手打ちをされて、ブリーツは思わず妙な悲鳴をあげてしまった。


「はぁ……はぁ……」

 強烈なビンタをお見舞いしたサフィーだったが、顔はまだ真っ赤になっている。

「女の子の顔に、なんて物近づけるのよ! 最低!」

「最低って……お前が勝手に……」

「何!?」

「……い、いえ、何でもありません」

 ブリーツは思いきり肩をすくめながら、サフィーから体を背けた。

「まったく、こんな狂暴な女の子が居てたまるかよ……」

「何!? また何か言ったわね!?」

「わーっ! 何でもないです! 本当に! ……ああ、それより、そろそろ出発しましょうか、サフィー様?」

 ブリーツは、冷や汗を垂らしながら、城門の方向へと歩き始めた。


「ふぅ……待ちなさいよ」

 サフィーが溜め息をつきながらブリーツを止める。

「へ? い……行かないのでございますりまするか!?」

 気が動転して妙な口調になっているブリーツに、サフィーは気が変わった理由を告げる。

「ええ……ブリーツの方法は、結構アリかもって思ったから。だからこそ一つ聞くけど、試したっていうのは、フレアグリット騎士団の能力以上の嗅覚の持ち主を試した。そういうことでしょう?」

「お、おう、ご名答だ」

「どうやったの?」

「え……それはですね……」

「……ああ、その反応で分かったわ。そこにあった何かのフンをつついたわけね。で、結果は?」

「い、一匹だけ、こっちに反応した魔獣がごじゃりました……」

「それがあのポチか……」

 ポチの体躯は決して小さくはないものの、やはり、他の魔獣に比べると迫力という面では見劣りしてしまう。龍や魔人のような風貌の魔獣が、この中庭にはぞろぞろと居るからだ。もし、一緒に行動するとして、足手まといにはならないだろうか。サフィーはじっくりと、ポチとその魔獣使いを見る。

 魔獣使いの方は、魔法を使える。それはサフィー自らが見たので間違い無い。ただ、体は同年代の男よりも小柄で、華奢だ。半袖から覗かせる腕も、キュロットタイプのゆったりとしたショートパンツから伸びている足も、まるで女のように細い。ということは、体力面でも少し不安が残る。

 魔獣の方は、使えなくもなさそうだ。龍やらの完全戦闘タイプの魔獣に比べると、やや頼りないが、サフィーはあの時、あの魔獣の獰猛な牙と、鋭い目つきを見た。敵だと狙いを定めたら、本気で殺しにいく。そういう雰囲気の魔獣だ。


「そうね、まあ、足手まといにはならなそうだし……」」

 魔獣使いはひ弱そうだが魔法を使える。魔獣の方もまずまずだ。

「試すだけなら、そう時間は取られないでしょう。今は少しでも情報が欲しいわ。騎士団内とは違う観点での手掛かりが見つかるかもしれないし、彼らの手を借りましょう」

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