28話「新世界」

「うわ……」

 アークスは絶句した。ここに来る前にミニッツ大佐と一対一で話した会議室も、城の会議室なので当然、煌びやかだった。しかし、ここはそれ以上だ。城の応接室と同じくらい……いや、それ以上かもしれない。頭上のシャンデリアも高級そうだし、椅子も机も、見るからに上質で立派なものだ。


「ここに座ってくれ」

「は、はい」

 アークスは部屋の雰囲気に圧倒されながらも、どうにか返事をして、魔女と対面の、ミーナの隣の椅子に座る。

「久しぶり……でもないか。昨日ぶりだね、ミーナ」

 どうにも、モーチョの一件からインパクトの大きな出来事が起こり過ぎている。時間の間隔がおかしい。

「久しぶりぴょん、アークス。これからよろしくお願いするぴょん」

「こちらこそ。よろしく」

 ミーナの言い方から察するに、本当に魔女はミーナと僕をペアにしたのかもしれない。アークスは、自分が頼りにされていることには、まんざらでもない気持ちを抱いている。が、同時にこれから魔女の依頼を頻繁に受けることになる憂鬱と、たった一人の弟子を預けられる重圧を感じた。

「さて、全員揃ったところで、今回の依頼の話だ」

 魔女が依頼についての話を切り出した。


「アークス、依頼した時空の歪みの調査については、軽くでも説明はされているか?」

「時空の歪み……ええと、新世界だって……」

「新世界か……イマイチ具体的じゃないが、騎士殿っぽい表現だな。騎士団の連中め、ホーレ事件には弔い合戦だとでもいう雰囲気で、犯人探しに躍起になっているが、こっちにはなんとも呑気なものだな」

 魔女は一回、軽い溜め息をついて、続けた。

「騎士団の連中は、こういう時に役に立たなくなるんだよなぁ、民を守るための騎士団が、感情的になって一つの事しか見ていないというのは、少々困ったことだな」

「あの……魔女さん」

 このまま放っておくと、本格的に愚痴が始まってしまいそうなので、アークスは話に割って入った。

「ん……そうだな。アークスに言っても仕方無いよな。ええと、新世界のことだが……まあ、イメージ的には新たな世界だと思っていい。アークス、ある地域……地点といってもいいかもしれないな。奇妙な事が起きていることは知っているか?」

「奇妙な……?」

「うーん……その様子だと、ホーレ事件以外の事は、歯牙にもかけていないようだな。全く、だから私が忙しくなるのだ」

「え……忙しい?」

「騎士がサボって、傭兵の仕事が増えたおかげで、私に泣きついてくる傭兵も大勢増えたんだよ。おかげで平穏な暮らしが台無しだ」

「傭兵の仕事が……我々騎士団は、一体、何を見逃しているんですか?」

「分からんか? 町民の暮らしに明るいアークスらしくないことだな。騎士団は余程重症と見える。今、町ではホーレ事件の話題と同じくらい騒がれていることがあるんだが……」

「そんなことが……?」

「うむ」


 魔女は瓶の一つをアークスとミーナの前に置いた。

「これは……」

 アークスが瓶をまじまじと見る。中には小さな蝶の標本が入っている。羽の色は透き通ったようなブルーを基調に、縁にいくにつれて透明になっていっている。


「羽がどこまでも広がっているように見えて面白いですね」

「うん、私もそう思う。最近、こういった新種の発見が増えてな、私としては楽しくていい」

「そうですか。それは何よりです」

「だが……最近新種が異常に増えていてな。こっちの方も新種なんだ。同じく標本だが、こうやって私が手に入れられるほど大量に新種が沸いている」

 魔女がもう一つの瓶もアークスとミーナの前に置いた。中には指の爪ほどの大きさの小さな昆虫が入っている。やはり標本だ。


「バッタ……ですか?」

「分からない。新種といっても発見したてだからな、正式な認定はされていないものばかりだ」

「お師匠様、それって凄い大発見ぴょん! お師匠様、今すぐどっかで発表して、お金をがっぽりもらうぴょん!」

 ミーナの目が輝く。


「まあ落ち着け我が弟子よ。大発見なのは確かだろうが、こんな大発見が、最近しょっちゅう起きていてな。動物、昆虫、植物も含めると、新種が見つかったという事案は五十件を超えている」

「ええ? ご、五十件ぴょん!?」

「そうだ。明らかに異常な数字だ。この周辺国全て合わせればあり得ない話でもないが、見つかった生物はある地域だけに絞られている」

「そんなことがあったなんて……で、そこに行けばいいんですね、どこです?」

「まあ、慌てるな。それは次に話す事とも関係があるからな、まとめて話そう」

「まだ何かあるんですか……」

 アークスは、なんだか不安になってきた。新種の件だって、少し新しい虫が増えただけとはいえ、どうにもおかしいのは確かだし、場合によっては大きな事件に発展するかもしれない。しかし、その上にも、もう一つ、何かがあるらしい。


「なんか、大変な事が起こってるぴょんね」

「そう、今、大変な事が起こってるんだ。場合によっては、この地域の常識が、がらっと変わってしまう事がな。アークス、リーゼの計器が狂うという話は聞いたことあるか?」

「リーゼの計器ですか……? いえ……」

「うーむ、やはりそれも知らないか……騎士団が知らない事は無いと思うんだが、この件と関係無いと思っているのかもしれんな。ホーレ事件で掻き消されたかもしれん」

「そこまで言うなら、実際、あるんでしょうね。何でも知ってるなぁ……」

「ふふ……ここに居ると、どうにも世間からは離れてしまうのだが、たまに風の噂で妙な事を聞いてしまうものでな」

「そうですか……それで、次は何です?」

 前々から魔女は普通じゃないと思っていたが、まさかこれほど普通じゃないとは思わなかった。が、一々驚いていても始まらないので、ここはとにかく、要件を聞くことに専念しようとアークスは思った。


「サウスゴールドラッシュでのことだ。ここは有名な交易道の一つだが……アークス、ここについての土地勘は?」

「いえ……商人ではないので。城からはそう離れていないので、何回かは行ったことはありますけど、どこになにがあるのか詳細には把握してませんね」

「ふむ、まあそんなところだろうな……」

 魔女の手が、手元の二番目の本へと触れた。

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