26話「魔獣使い」
「はぁ……はぁ……最近走ってばっかだぜ……」
ブリーツが愚痴を言った。ブリーツの息はあがり、体は汗だくになっている。
「なあ、走ってばっかで疲れないのかサフィー?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
二人は町中を全速力で走っている。前に居るのは魔獣使いだ。背丈は低く、まだ子供に見える。隣を一緒に走っているのは、やや大型の犬のように見える。強さや獰猛さ等の性質は……分からない。サフィーが駆け寄った瞬間に、魔獣使いが走って逃げ始めたからだ。勿論、横の魔獣も同様にだ。
「逃がさないんだから!」
サフィーが更にスピードを上げる。
ブリーツは、サフィーがまだスピードを上げるくらいに余力を残していたことに驚いた。ブリーツの方も速度を上げようとしたが、今の速度で精一杯なので、サフィー一人が魔獣使いに肉薄している。
一方、魔獣はまだまだスタミナが尽きていないようだ。むしろ魔獣使いの方が後ろに下がり始めている。
「あっ!」
魔獣使いの叫びが聞こえた瞬間、魔獣が踵を返し、サフィーを目掛けて走り出した。
「僕を……庇ってくれるの? ……ごめん!」
魔獣使いが呟き、そのまま走る。
「ち……! ブリーツ、貴方は魔獣使いを!」
サフィーがブリーツに叫びながら剣を抜いた。そして、勢いを殺すことなく魔獣へと向かっていく。
「いや、こっちの方がいい。天に仇なす者に
ブリーツの手の平から放たれた紐のように細長い稲妻が、うねるように形を変えながら魔獣へと向かっていく。
稲妻が魔獣の鼻先を捉えようとした時、魔獣は飛び跳ねてそれを避けようとしたが、稲妻は、やはりうねるように魔獣を追尾し、魔獣の両前足に絡みついた。
「キャンッ!」
プラズマバインドによって前足の自由を奪われた魔獣はバランスを崩し、高い鳴き声を放ちながら地面に倒れた。
「ああっ! ポチ!」
「今っ! おとなしくしなさいよ!」
サフィーが剣を魔獣へ振り降ろす。
「荒ぶる風よ、厚き壁となって我が身を包み込め……ウインドバリア!」
唱えたのは魔獣使いだ。魔獣使いはいつの間にか、呪文を唱えながら魔獣の方へと走ってきている。
――ガキッ!
サフィーの剣は、魔獣の側面に展開されたウインドバリアに弾き飛ばされた。
「ぐっ!? やっぱり魔法使い! しかも、なかなかの練度じゃない!」
サフィーが再び魔獣を斬ろうと剣を振り上げた。
「させない! 僕の仲間をやらせない!」
サフィーと魔獣との間に割り込み、魔獣を抱きしめて叫んだのは魔獣使いだ。
「ん……!?」
魔獣使いの意表を突いた行動にサフィーはたじろいだが、そっと剣を下ろすと、その剣を魔獣使いの方に突き付けた。
「……とうとう追い詰めたわよ、マッドサモナー!」
サフィーが魔獣使いに凄んでみせる。
「マッドサモナー? 何ですかそれ! それよりポチ、大丈夫かい? ……ああ、ポチ……プラズマバインドがきつかったんだな。ちょっと痣が出来てるぞ、痛いだろ?」
「おとなしく捕まりなさい、マッドサモナー!」
「何だよマッドサモナーって! それより何でこんな酷いことするの!」
「酷いこと!? どっちが酷いことやってるのよ!」
「そっちだろ! 平和を守る騎士様が何でこんなことするの! 僕は何も悪いことなんてしてないのに!」
「悪いことしてないって……!」
サフィーと魔獣使いの言葉の応酬が続く。
「あのさー、サフィー、なんか、違うっぽくないか? いや、猫被ってる可能性もあるっちゃあるが……」
どうにも言いにくいことだが、ブリーツは思い切って口に出してみた。
「違う!? じゃあ、何で逃げたのよ」
サフィーがブリーツに凄む。いや、急な気持ちの切り替えが出来ずに、今までのテンションのままブリーツに叫んだ。その勢いに、ブリーツが思わずたじろぐ。
「そっちが血相変えて襲って来るからだろ!?」
言葉を発したのは魔獣使いだった。
「酷いじゃないか! いきなり襲ってきて!」
「ええ!? そっちがですって!? 自分がやったことを棚に……」
「まあまあ、サフィーもちょっと落ち着こうぜ、まだこんなにちっちゃい子供なんだからさ」
サフィーが今にも魔獣使いに斬りかかりそうなので、ブリーツは慌てて会話の間に割って入った。魔獣使いの容姿はとても幼い。十歳にも満たないような子供だ。ブリーツからしたら、サフィーはちと厳し過ぎるように思える。
「こうやって身柄は確保したんだし、暴れる様子も無いだろ? それにこいつがマッドサモナーだって決まったわけじゃないんだし、騎士として礼を失しないようにはしようぜ」
「んん……そ、それは確かにブリーツの言う通りかも。ブリーツが言うとイラっとくるけど」
「えー……」
「普段の行いのせいでしょ」
サフィーはブリーツをじとりと睨んだ後、魔獣使いの方を向いた。
「悪かったわ。ただ、貴方みたいな魔法が使える魔獣使いは全員疑いがかけられてるから……」
「いえ、ホーレ事件の事は、町のみんなも、勿論、僕も怖いですから、分かりますよ」
「そう……申しわけないけど、城まで来て説明してくれるかしら。貴方の身の潔白を証明出来たら、もうこんな事は起きないと思うから」
人の良さそうな魔獣使いの少年に、サフィーは声を荒らげるのをよした。しかし、剣の鍔からは手を離してはいない。人の良さそうなフリをして、こちらの隙をつくのは悪党の常套手段だ。油断はできない。
「勿論です。僕に出来ることがあれば、協力したいくらいですよ」
「協力って……あなたに何ができるっていうのよ」
「こいつ、鼻がいいんですよ。その……事件の犯人を捜してるのなら、きっと役に立ちますよ」
魔獣使いの少年は、ポチを撫でている。
「へぇ、鼻がいいのかい。そりゃ使えそうだな」
「ちょっとブリーツ! まだこの魔獣使いがマッドサモナーじゃないって決まったわけじゃないんだからね! そんな話する前に、城に連れていくのよ!」
間髪入れずにサフィーがブリーツに怒鳴る。
「へいへい……」
「ええと、貴方。他の人もいっぱい来てるから少し待つことになるかもしれないけど、城で色々と貴方の事について聞かせてくれるかしら」
「ええ、いいですよ」
「ありがとう。協力に感謝するわ」
サフィーは剣を鞘におさめたが、勿論、気は緩めていない。この少年を利用しているということも考えられるし、魔法で少年の姿になっている可能性もある。
「それにしても、魔獣使い兼魔法使いがこんなに居るなんてね」
今、城には魔獣使いと魔法使いの両方に当てはまっている人がごった返している。
「まー、水準関係無く集めてるからな。ホーレでのあの感じじゃ、そこそこ腕の立つ魔法使いなんだろうけど、騎士団は極端に水準の低い魔法使いも集めてるから、そりゃあ多くなるさ」
「私もそこはちょっと気になるけど、複合条件だと、色々と可能性が出てくるみたいよ」
「らしいなぁ。ああ~、面倒……」
「私は面倒じゃないけど、魔獣使いばっかり集めてトリプルキャストを使える魔法使いに手を伸ばしにくくなってるんじゃないかって、そこが心配だわ」
「そっちかー、まー、そっちの方は、いいんじゃないか? そんなの、名が売れてる奴しかいないから、ピンポイントで調べればいいさ」
「そうかしら……」
サフィーが腕組みをして、明らかに不満な様子で口を尖らせて見せた。ブリーツは、サフィーのその行動の意味が分かるので、溜め息を一回ついた。
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