25話「ミニッツ」
「かけてくれ」
ミニッツ大佐が、自身の腰かけた椅子からテーブルを挟んで対面の椅子をアークスに勧めた。
「はい。失礼いたします」
アークスはそう言いながら、椅子に腰を掛ける。
なんだか緊張するなぁ。とアークスは思った。ここは主に会議や、少人数での説明に使う部屋だ。大規模なチームを組むことになった場合などでは、ごくごく偶にここを使う時があるが、殆どの場合は少人数で依頼に取りかかるので、この部屋を使用する機会は滅多に無い。
更に、今はミニッツ大佐と二人きり。一対一だ。緊張するのも無理はないよなと、アークスは自分で思った。
この部屋は、身分の高い人や外部の人も頻繁に利用するということもあって、簡単な装飾がされている。騎士団内だけで、しかも役職を持たないような兵士たちの集まる集会ホールとは、部屋の作りが根本から違うのだ。
部屋の中央に置かれているテーブルの、更に中央に置かれているキャンドル立てなどは、装飾も細かく、輝きも曇っていない。かなり上等で、手入れも行き渡っているものだ。他にも、よく手入れされた、花の入った花瓶もあるし、敷かれている絨毯も、普通よりも一回り高級なものを使っている。
年季が入っているものといったら、使い古された黒板くらいだろうか。主に会議や説明に用いられる、この会議室では、黒板は頻繁に利用される。また、黒板は技術的にも新しく、一部の裕福な研究機関、教育機関にしか出回っていないほど貴重で高価なものだ。なので、フレアグリット城騎士団においても、そう簡単には替えが利かない。黒板としての機能が著しく損なわれない限りは交換することはない。
「さて、今回の依頼だが……」
ミニッツ大佐が早速、依頼についての話を切り出した。
「魔女は我々に、新世界についての調査を依頼したいようだ」
「調査……ですか……」
魔女による調査の依頼は珍しいことではない。調査といっても、ごくごく簡単なものだ。城下町に数件ある薬屋の薬の値段調べだとか、植物一本あたりの実の数調査だとかだ。今回は……。
「新世界……?」
アークスには「新世界」という単語に心当たりは無かった。アークスの知っている店には「新世界」という名前の店は無いし、かといって、他に「新世界」と呼ばれている何かがあるわけでもない。
「そう、新世界だ。実は、我々王立騎士団の方でも、それらしいことは分かっていたのだが……やはり、あの魔女は只者ではないな。正確な場所まで分かっているようだ」
「ええと……ちょっと待ってください。新世界って、一体、何なんですか?」
「そうか、確かにそこから説明しないと分からんだろうな。といっても、説明することもないが……文字通り、新しい世界のことだよ。新世界というのは」
「新しい世界……」
アークスは困惑している。その解説を聞いただけでは、新世界が何なのか、まるで分らない。
「比喩とかではなく、本当の新世界だということだよアークス。我々にとって未知の場所が発見されたのだ」
「パラレルワールド……ということですか?」
いきなりスケールの大きな話になってきたが、アークスはイマイチ、ことの全容を掴めないでいる。世界がもう一つ増えると聞いたところで、あまりピンとこない。
「いや……歩いても行ける場所だよ。ただ、パラレルワールドだという可能性は否定できない。何しろ新しい発見だから、情報が少ないのだ。本当に新世界かどうかも分からないくらいだよ」
「そんな大きなことが……」
なんとなく、重大な事の気がする。アークスは段々と興奮してきた。
「しかしアークス。新世界の事は他言無用だぞ。民間人だけではない。他の騎士にも、全部にだ。これはまだ騎士団以外には出回っていない情報のはずなのだ。急に別の世界が現れたとなれば、大パニックが起きる危険があるからな」
「なるほど、確かにそうですね。不安になる人もいるだろうし、理を求めて新世界に殺到する人も出るでしょうね」
アークスが想像力を働かせる。まったく未知のものを想像するのは難しいが、新世界が本当にあるのだとすれば、人々は平穏ではいられなくなるだろう。
「そうそう、そういうことだ。この情報は騎士団内で精査しなければならないのだ。しかし、魔女が知っているとは……騎士団内に内通者が……いや、あの依頼内容……場合によっては魔女の方が詳しいこともあり得る。独自に手に入れた情報か……?」
「あの、ミニッツ大佐……」
「ん……? ああ、すまんな。これはこれで、ホーレ事件と同じくらい重要な事なのでな。つい考えてしまう」
ミニッツ大佐の一言で、この依頼がどうして通ったかを、アークスは分かった気がした。いつものように、埋め合わせのために受理したのではない。これは騎士団にとって、そして、この世界にとっても、ホーレ事件と同じくらい重要なことだからだ。
「とにかく、これ以上は話せん。魔女もどこまで知っているのか分からない以上、君が手に入れる情報も、どれほどのものか分からないからな。ああ、勘違いしないでくれよアークス。君を信用できないわけではないし、君を軽く見ているわけでもない。これは騎士団内でも、新世界に関わっている、ごく一握りの人物しか知ってはいけない情報だ。だから、君にも最低限しか解説してやれないのだ」
「あ、はい。事情は分かりますし、僕は気にしてもいませんよ。どうぞお気になさらないでください」
「すまないなぁ、そう言ってくれると助かる。そういうことだから、魔女がどこまで知っているのかは分からないが、必要な情報は魔女に聞いてくれ」
「了解しました」
「ああ……そういえば、まだ聞いてなかったな。この依頼、正式に受けるか?」
「え……それは勿論……」
「これはいつもの魔女の依頼とは違う。何を知ってしまうか分からない任務だ。もしかしたら、後戻りできなくなるかもしれん。魔女が本当に、新世界について知っているのならな」
「……」
「あるいは魔女は何も知らないのかもしれない。『新世界』という単語が出てきたのは単なる偶然で、あの変わり者の戯れなのかもしれん。が……どちらにせよ、町の人と同僚と、今まで通りに接することが出来なくなる可能性は、十分ある」
「そんなに……いえ、やらせてください」
「アークス……」
「本当に新世界のことについての調査であれば、かなり重要な任務でしょう。でも、これまでの経緯から考えるに、僕が指定されたからには、魔女は僕にしか頼みたがらない。他の人が行っても、追い返されてしまう。だったら、やります。国民が、そして、この世界のみんなが安心できるように」
「うむ、よく決断してくれたなアークス。君みたいな騎士がいる事、フレアグリット騎士団大佐として誇りに思うよ。くれぐれも気を付けてな」
「はい、では出発します」
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