12話「リモートマウス」

「ぐがぁぁ!」

 叫びをあげたのはブラッディガーゴイルだった。ブリーツが唱えたソニックブレードで、ブラッディガーゴイルの腕は切断された。

「今……!」

 すかさずサフィーが胴に剣を突き刺した。

 ブラッディガーゴイルは、さすがにこれには耐えきれず、倒れた。


「ブリーツ、遅い!」

「いや、二人体制だぜ? そんな簡単に位置取りできませんよ」

 ブリーツが冗談を言っているのではないと、サフィーには分かった。周りに十数体のブラッディガーゴイルが居て、こちらは二人だけなのだから、魔法使いが安全を確保するのは極めて難しい。

「だったら、もう大丈夫でしょう! 私の後ろでサポートを!」

 サフィーはその事も考えて、ここに位置取りをしたのだ。ここは民家の隙間に出来ている小道の前なので、前方への視界を確保でき、いざとなったら障害物もある。後ろからの攻め手も少ない。


「分かってるって。しかし、その手間取りようはフルキャストっぽいな」

 ブリーツは、サフィーの手こずり具合から、このブラッディガーゴイルは、本来の能力を発揮しきっているように見て取った。簡易詠唱によって呼び出されたブラッディガーゴイルではなさそうだ。

「そうみたいね……!」

 サフィーが一番近いブラッディガーゴイルとの間合いを、じりじりと詰めながら言った。ブリーツの目には、サフィーの背中に付いた、生々しい傷が痛々しく映っている。

「それか、魔獣使いが使役している場合の方か。だとしたら、相当な大所帯だけど」

 サフィーの息が荒いのに気付いたブリーツは、癒しの呪文を唱えだした。


「安らかにそよぎし凱風よ……」

「回復より補助とサポートを! これくらい、耐えられるから!」

「お、おう……そうかい、なら……風の戦士は疾風のように駆け、嵐のように攻める……シップーアッパー!」

「そ、ありがと、ブリーツ!」

 サフィーは納得したようにブリーツに微笑みかけ、手近なブラッディガーゴイルに向かっていく。

「おっと……ついでにこいつを。己の肉体こそ約束されし力、我が身にナタクの力を宿したまえ……ナタクフェイバー!」

「何故かこういう所だけは気が利くのよね……!」

 サフィーはブリーツにとって、褒め言葉とも、愚痴とも取れる言葉を吐き捨てながら、ブラッディガーゴイルを一匹、また一匹と倒していく。


「よし、じゃあ俺もそろそろ……」

「ブリーツ、後ろ!」

「ええ?」

 振り向いたブリーツの視界に、目と鼻の先に居るブラッディガーゴイルが入った。

「うおっ!?」

 咄嗟に脇へと跳び退くブリーツ。その頭を、ブラッディガーゴイルの鋭い爪がかすめた。

「一応小道があるんだから、後ろにも注意しなさいよ!」

 サフィーが怒りながらブリーツの方へと近付くと、ブリーツに襲い掛かったブラッディガーゴイルを斬り伏せた。

「いや、すまんすまん。魔法に気を取られててな……でも、どうやらこれ一匹だけみたいだな」

「ええ……小出しに供給してると見て、間違い無さそうね」

「そうだな。とすると、やっぱ召喚かもなぁ」

「そうね。こんなに大量にブラッディガーゴイルを使役している魔獣使いが、裏からは一匹だけしか送り込まないってことは考えにくいわ」

「そうだな……ファイアーボール!」

 ブリーツの手の平からファイアーボールが放たれ、サフィーの後ろに迫ったブラッディガーゴイルに命中した。サフィーは身を翻しながら、ファイアーボールによって怯んでいるブラッディガーゴイルを一閃した。

「へへへー、危なかったじゃないかサフィー、あぁぶなぁかったじゃあないかぁぁ?」

「そのセリフ、言いたくてしょうがなかったみたいだけど、後ろから来てるのは分かってたから」

 サフィーがそっけなく言う。

「ええー……」


「それより……この状況、私達、すっかりやられたみたいね」

「ああ、ワナワナしてきたぜ」

「罠なのは分かったから、真面目に」

「へいへい……」

「この異様な空気に圧倒されて、うっかりこんな所まで来ちゃったけど……相手は、こちらがある程度町の中に入り込むのを、辛抱強く待ってたのね」

「この規模から考えると、そういうことだなぁ。最初から数を揃えられてたんだったら、こんな面倒なことをやらないでも済んだし」

「そういうこと。これだけのブラッディガーゴイルに囲まれたとなれば、やる気の無い奴だったらやられたたわね」

「そうだな。いや、さっすが俺達!」

「油断は禁物よ」

 ブリーツが言ったそばから、サフィーがぴしゃりとブリーツの言葉を遮った。

「えー……」

「これだけ戦って見せたんだから、相手は私達を倒せないと分かったはず。だとしたら、次は……」

「足湯か。あれさ、足だけ浸かってても、結構気持ちが……」

「そう。足止めよ。相手はここを放棄して逃げるはず。ここで手間取っているわけには……」

「なかなかに賢い人たちみたいですね。お二方」

「うおっ!?」

「ガーゴイルが喋った……いえ、あらかじめガーゴイルに『リモートマウス』の呪文をかけておいたのね」

「なるほど、考えるなぁ」


 リモートマウス。呪文をかけた対象を通じて、対象を中心に自らの声を周りに伝える魔法だ。一般的には、集会等の時に話し手の声を遠くまで行き渡らせるために使われたり、詐欺や諜報活動のために使われたりする。

 遠隔から、自分のメッセージを伝えるために使う、このやり方は新鮮だと、ブリーツは一人、感心している。

「感心している場合じゃないわよブリーツ、この気に障るオバサンは今、逃げてる最中よ。こうしている間にも、ここから遠ざかっている」

「まあ! 逃げているですって。少しは周りを見てみたらいかがですか?」

「周り?」

「そうです。それでも、そうやって余裕ぶっているのだとすれば、とんだお間抜けですね。見なさい、この町の人々は、いとも簡単に私に服従をしました。圧倒的な存在である私に」

「服従……? 無理矢理に力で、こんな事を……こんな酷い事をしたくせに!」

 向かってきたブラッディガーゴイル二匹を、サフィーは両方の剣でそれぞれ切り裂いた。その太刀筋は、剣技については素人同然なブリーツにも分かるくらいに荒ぶっている。

「何かおかしいところがありますか? 無理矢理に力で捻じ伏せるのは、服従ではないのですか?」

「そんなの服従じゃない! ただの殺戮よ!」

「おやおや……怖いですねぇ、これだから頭の固い者は、人間の中でも厄介なのです」

「あんたの方が、よっぽど厄介でしょうがぁ!」

 サフィーが喋るリビングデッドを荒い太刀筋で一閃し、縦一文字に切り裂いた。

「立場をわきまえることです。貴方は私に抵抗してはいけない。痛い目を見ますよ」

「見せれるもんなら、見せて見なさいよ!」

 サフィーは、周りのリビングデッドに次から次へ斬撃を浴びせていく。


 ブラッディガーゴイルの数が徐々に減っていき、ようやく余裕が生まれそうだという時、サフィーがブリーツに叫んだ。

「ブリーツ! 追うわよ!」

「おう、どこへ?」

「あいつが居そうな所!」

「居そうな所って……」

「私だって分からないけど、こっち!」

 サフィーが駆け出したので、ブリーツは慌ててサフィーの後に付いた。

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