6.

 結論から言えば、別の車両も状況は同じだった。

 宙を泳ぐ魚の群れと、それに全く気付かない乗客たち。蛍光灯の明かりを受けて鈍く輝く魚はどれも捕まえることが出来ないばかりか、確かに触れたはずなのに、やはり五十嵐の手に何の感触も残さない。

 この電車だけがおかしいのだ。そうに違いない。

 早くこの電車を降りてしまおう。そう決めて、五十嵐は顔をあげた。

 電光掲示板に表示される次の駅名を確認しようと思ったものの、その電光掲示板周辺には白地に赤い斑点模様がついた魚が泳ぎ回っていて、見にくいことこの上ない。なんとか次の駅が大手町だと分かったところで、五十嵐は自分に向けられる視線に気付いた。

 電光掲示板に向けていた視線を少しずつ下ろしていくと、大学生くらいの男が扉の近くに背中を預けて立っていた。先ほどまではいなかった気がするが、単に五十嵐が気付かなかっただけだろう。

しかし、なぜこちらをじっと見ているのだろうか。電車の中だったら誰とも視線を合わせないようにするのが普通のはずなのに。

 自分の挙動が変だったのだろうか。さきほどから魚のことばかりを気にして周囲を顧みることが出来なかったから、もしかしたら自分では気付かなかっただけでおかしな行動をとってしまったのかもしれない。

そう思うと急に恥ずかしくなって、五十嵐は視線を男から外そうとした。

 そう、外そうとしたのだ。――五十嵐が、男の視線の先に何があるか気付くまでは。

 ちょうど、五十嵐とその男の間を一番はじめに五十嵐が見つけた赤い魚がゆったりと泳いでいた。それを、間違いなく男の視線が追っていたのだ。

 自分と同じものが見えている。そう気付いて固まる五十嵐を、ふと思い出したように魚から視線を外した男が真っ向から見据える。

 男の長めの前髪の奥にある、眠そうな一重の目と目が合った。

 そしてたしかに男は、五十嵐を見て口角をつり上げたのだ。

 動けなくなった五十嵐の前で、いつの間にか開いていた扉から何事もなかったかのように男が降りていく。「扉が閉まります、ご注意ください」というアナウンスが聞こえて、慌てて五十嵐も電車を駆け下りた。



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