第133話 上総

 関所にたどり着く、最初関所破りをするしかないかと思っていたが、特に追手もかかっていないようだった。

 だったらあの監視の者たちは何のために配置されていたのかと気になるが、すんなり通過できるのなら、それにこしたことはない。

 関所は、普通に手形を出すと、そのまま通過することができた。

 相変わらずの形だけの審査だ。

 行くときは品物を渡していたが、今俺たちが持っているのは金しかないので、それを渡すと、喜んで通してくれた。


 国境を抜けると須走がそれなりの馬を用意していてくれた。

 そこで再度ここまでの経過を確認する。

 幸い事態はほとんど動いていないようだ。

 父親は相変わらず優柔不断さを発揮しており、誰を跡取りにするか未だに名言していない。


 しかし、次席家老の伊藤上総は自分こそが正当なる後継者(弟の竹千代のことだ)を庇護するものとして、庭先にいる若家老片桐慎介をそれに反対する反逆者として兵を向ける準備をしているという。

 筆頭家老の板倉泰然は上総に身柄を拘束されたままということだが、あの泰然のことだから、相変わらず飄々としており、上総支持を打ち出しているとは思えない。


 正直、俺は既に上総は兵を動かしていると思っていたが、思いのほか動きは遅いようだ。

 そんなことを思っていると、どうやらそれが顔に出ていたようで、須走は「実は、伊藤様には隠岐から支援を受けているようで、隠岐の兵の到着を待っているようです。」と言ってきた。

 それを聞いて俺は何となく腑に落ちたものがあった。


 上総は確かに俺を嫌っており、おれもあいつを苦手としている。

 ただ、次席家老である彼を俺がないがしろにできるはずもない。それは彼もわかっているはずだ。

 だったら、何も冒険などしなくても良いはずだが、母上の支援で跡継ぎ候補という名目上の問題が解決し、隠岐からの武力的な支援が受けられるとなって、心が動いてしまったのであろう。

 そう考えると何となく上総の行動が理解できた。


 しかし、隠岐が動いているというのは正直予想外であった。

 俺たちが隠岐の動向を探っていたように、相手も俺たちの動向をさぐっていたというところか。

 確かに、隠岐にしてみれば、この秋には水穂、三川の連合軍の攻撃を受けることになることは予想していたであろう。


 だったら、そのうち、どちらか1つでの崩しておこうというところだろうか。

 俺が三川に仕掛けたことをやられてしまった感じで、おもしろくない。

 何といっても、このままでは水穂領内が戦場になるのがおもしろくない。


 ほかの者の動向について確認すると、案の定大半のものはどちらにつくか様子見を決めているという。

 確かにそうだろう。

 ここで何も無理をして最初から冒険を犯す必要はない、勝ち馬に乗った方が間違いない。


 しかし、水穂領内は、これから本格的な収穫時期を迎えるわけだから、この時期の戦争は何としても避けたい。

 それに隠岐の軍隊が水穂に入ってくるというのも許し難い。

 上総の支援としてくる以上、おそらく露骨な略奪などはしないであろうが、所詮は他国である、何をするかわからない。


 それに行軍してくる時に、いろいろ地理(地形)を覚えられるのも面倒だ。

 結果、一回攻めこんだところは、2回目以降は楽になるわけだが、これは水穂にとってはあまりありがたい話ではない。

 そうなると、何としても隠岐が攻めてくる前に片を付けたいところだ。


 方法は全くないわけではないが、俺はどうも決断ができずにいた。

 というか、あまりこの方法を採用したくないので、ここまで(状況を把握できるようになるまで)、判断を先延ばしにしてきたと言ったほうが正しいかもしれない。

 しかし、既に状況は先延ばしを許さないところまで来ている。

 俺は決断を迫られていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水穂戦記 江川 凛 @amuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ