第127話 雅2
わたくしの名は、河津屋雅、しかし、間もなく三條雅と名前を変え、水穂の国の領主の正室になる予定です。
夫になる茜様は、わたくしのことを大変気に入ってくださった様子で、とても優しくしてくれます。
端から見れば、何の不満があろうかという話ですが、わたくし的には物足りないと言うのが、正直なところです。
やはり茜様にお会いしたとき、わたくしの義父である河津屋藤五郎を見事にやり込めた様を最初に見てしまったために、あの時の様な爽快な、お姿を見ていたいというのは高望みでしょうか。
何もわたくしはいつもそうした姿を見せていてくれと言っているわけではありません。
たまには、そうした格好良いところを見せてもらいたいのに、茜様と一緒にいる時、わたくしにお見せになるのはデレデレしている姿だけ。
お優しいのはわかります。
私に気を遣って「好きなものを買っても良い。」と土産物屋でおっしゃって下さるお優しさ、大変ありがたいことです。
これはこれで悪い事ではないのでしょうが、しかし、わたくし的には、「やはり物足りない。」としか思えません。
そんなことを思っていると青龍神社の参拝で、事件が起こりました。
わたくしの脇にいた小さな子供が毬を追って松原領主の行列の前を横切ったのです。
まともに考えれば、いくら子供とは言え、無礼打ちは免れないでしょう。
もちろん、相手がまだ小さい子どもなので、その子に同情したというのも有りますが、これを利用すれば茜様の器量を見極める良い機会という発想が頭をよぎりました。
まず、「この子を助けて下さい。」という顔を必死でして茜様を見つめます。
お優しい茜様のことですから、何とかしようとするでしょう。
すると、茜様は小夜さんの方を見て何か合図をしました。
すると小夜さんがいきなり行列に前に立って子供を抱えこみました。おそらく、最悪このまま子供を抱えて逃げるつもりでしょう。
小夜さんの体術はここに来るまでに何度も見ております。本当に「見事」の一言です。
彼女だったら、その気になれば、あの子供を抱えて逃げ切ることもできるでしょう。
しかしそれでは駄目なのです。わたくしが見たいのは茜様が如何にこの困難を乗り切るかという才覚であって、小夜さんの体術ではないでのです。
そこで仕方がないので、小夜さんの足を引っ張ることにしました。
わざと小夜さんの前にでて、一緒に子供を守るふりをしました。
正直自分でもかなりの無茶をしていると思います。もしかすると、わたくしはここで殺されるかもしれません。
しかし、それでも茜様の技量を確かめたいのです。
もう一度だけで良いから、私をしびれさせて下さい。
それができる方を信じておりますが、それを私に実際に見せて下さい。「私は茜様を信じています。」との覚悟だけで前に立ちました。
お優しい茜様のことですから、わたくしが前に出れば、茜様も出るこられるであろうことは、ある程度予測しておりました。ありがたいことです。
そして、「子供のしたことだから、何とかお許し願えませんか?」と警備担当に頭を下げておられます。
最初はそうおっしゃるでしょう。
「次です。次に何をおっしゃるか、何をなさるか。それをわたくしに見せて下さい。」とわたくしは何が起こるのか期待に胸を奮わせておりました。
すると、茜様はいきなり大声で、「ここは聖なる青龍神社!ここで刃傷沙汰を起こされるのですか。青龍の生まれ変わりともあろうお方がこの聖なる場所で、このいたいけな子供を殺そうというのですか。」と叫ばれました。
これを聞いた時、「これです。これが聞きたかった。こういう茜様を見たかった。」と心底思いました。
本当に惚れ直しました。そして、もはや、何があろうとも一生茜様についていこうと思いました。
その時です。いきなり大きな笑い声が起こったかと思うと、駕籠の中から大きな体をした男性が出てきました。
おそらくあの方が皇青龍様なのでしょう。
そして「坊主、お前の言うとおりだ。この聖なる場所で刃傷沙汰などもってのほか。それもあんな小さな子供を罰することなどあろうはずがない。」とおっしゃって下さったのです。
それだけでなく、「ただ、この警備の者も悪気があったわけではない。わしの身を守ろうと全身全霊で警護をしていた結果、すこし気がたっていただけだ。許せ。」と警備の方に気を遣いながらも茜様に謝られたのです。
当然茜様に異存はあろうはずもありません。
「こちらこそ。」と言って、茜様も頭を下げておられます。
ただ、そのやり取りを見ていた参拝客は、手を叩いて青龍様を褒め称えておられます。
なかなか粋なことをなさるお方の様です。
わたくしは、この2人のやり取りを見て、本当にすばらしい方に嫁ぐことができたと改めて感謝しておりました。
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