第112話 浮浪者
隠岐の場合、国内に何かしら仕事があるので、よそ者を容易に引き付ける。
彼らが働いているうちは特に問題ないが、病気になったり怪我をして働けなくなると、問題が顕在化する。
特にそうした者の多くは住み込みで働いているから、働けなくなるとまず住むところが無くなる。
隠岐の場合は、極端な話、金さえあれば何でもできるが、それは逆に金がないと何も出来ないということを意味する。
おそらく水穂の様なあまり皆の生活水準の変わらない農業国なら、金がなくてもさほど気にならないであろう。
しかし、ここでは金の力が全く違う。その気になれば、全く別世界のような暮らしをおくることも可能だ。
貧しくても皆が皆同じなら人は我慢できる。
しかし、ここでは、そうではないのだ。豊かな人が脇にいるのだ、そうであれば、容易に「何故自分だけが・・」という劣等感に陥るのは想像に難くない。
すれば、勝手に不公平だとか、あいつら(豊かな暮らしをしている者)から少しくらいという馬鹿げたことを考える者も出てくるだろう。
そうしたことを考えていると、結構隠岐の治安は良くないのではないかという気がしてきた。
そこで藤五郎に聞いてみると、それほど悪くないといってきた。
彼の話によると、いわゆる大店と呼ばれる大きなところは自前の用心棒を雇っていることがあるが、普通の店はそんな余裕があるはずもない。
番所もそれなりに機能しているし、「浮浪者狩り」も定期的に行われており、少なくとも表通りでは問題ないとのことであった。
藤五郎の話を聞きながら、彼のような商人とっては、用のなくなった浮浪者などは狩られるだけなのかとふと思う。
領主の立場としては、領民をどうするかという話になるのであろうが、使えない領民をどうするかというのは確かに頭の痛い問題だ。
理想を言えば統治には徳が大事だし、弱者にもそれなりの庇護を与えたい。しかし、そんなきれいごとばかり言ってられないことは良くわかる。
実際、俺にしても使えない武士(庭先のまだ幼い家督相続者)たちに俸禄を払うのを渋っているのが現状なのだから。
藤五郎に捕まった浮浪者はどうなるのか聞いてみると、「国外追放です。」と答えてくる。
実際彼らをそのままにしておいたのでは、犯罪に手を染めるのは容易に想像できる。
であれば、確かに一番てっとり早いのは、捕まえて国外追放にでもしてしまうことだろう。
浮浪者というだけで死刑にするのはあんまりだし、下手にそんなことをすれば、領主の評判も悪くなりかねない。
その点追放であれば、実際は体もこわし、行く当てもない浮浪者達の末路は見えているわけだが、本当に死んだかどうかは誰もわからない。
それに何といっても自分の手を汚すわけではないから罪悪感という点では圧倒的に少ないだろう。
更に町民からは感謝されるとあっては役人にしてみれば、ひどいことをしているという認識はかなり少なくなるのであろう。
そんなことを考えながら、番所で拘束されている人を見ていると確かに絶望しきったような顔をしている。
わからないではない。皆この隠岐に来たばかりの時は、「一旗揚げてやる。」とかなりの希望をもってきていたのであろう。
それがかなわず、追放され、おそらくこのまま野垂れ死ぬとなれば、あのような顔をするのも当然かと思う。
そんなことを考えていると、いきなりこれまで聞いたこともない大きな音が耳をつんざく。
これまで経験したことのないことだが、身体中から汗が一挙に噴き出すのがわかる。
何をどうしたら良いかわからないが、何かしなくてはならないという気になって、その場にしゃがみ込む。
十蔵も小夜もあたりを警戒している。
しかし、周りの通行人は特に気に留める様子もない。
また、藤五郎も特には気にしていないようだ。
まるで俺たち三人だけが過剰反応をしたようで、急に恥ずかしくなる。
藤五郎は「初めてであれば、そうなるのも仕方ありません。手前も初めての時は、びっくりして思わず腰を抜かしてしまいました。」と言ってきた。
「今のは何か?」と聞くと、「ご自分でご覧になられた方が早いでしょう。」と言ってきた。
そして、「本来であれば、大っぴらにはできないのですが、遠くからなら見ることができます。」と言って俺たちを高台に案内してくれた。
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