第89話 東郷2

 母上に会うが、あまり進展はない。

 共通の話題もあまりなくなっている。

 ただ、「今回も小夜を連れて行くのですか?」と聞かれたので、「そうです。」と答えた時は、反対されるのかと思ったが、どこか悲しそうな顔をして、そのまま黙り込んでしまったときは、何とも言えない気持ちになった。


 次に三川によって、一度、克二に礼を述べる。

 ものものしい取次ぎにも慣れた。前の様に気楽に訪問できないのは、少し悲しくもあるが、俺も領主になったら、こんな感じになるのかと思うと、いろいろ思うところがないわけでもない。

 見合いについては、いろいろ条件をつけさせてもらった。 

 俺が小夜や咲を武士に取り立てていることは、克二の耳にも入っているはずだから、「実はかの者たちのように強い女性が好みなのです。」と適当なことを言っておいた。


 庭前で未亡人の世話をしたときに、嫌という程経験したが、彼女たちは本当に例外で、あれほど強い女性はまずいなかった。

 だから、こういっておけば、まず相手が見つからず、大丈夫だろうと思ったからだ。

 そして、さりげなく、十蔵のことを推薦しておく。

 克二にとって、十蔵は旧知の中だから、「俺がだめでも最悪十蔵を」という感じで動いてくれるだろう。

 これは、決して十蔵を俺の代わりにというわけではなく、あくまで独り身の十蔵のことを思ってのことだ。それ以外の打算はない・・・はずだ。


 東郷の国に入る。

 三川から連絡が来ていたのか、俺たちが国境の関所で門番に声を掛けると、すぐに案内の者がやってきた。

 そしてそのまま本城まで案内される。

 国の様子を何気なく見ているが、どこか張り詰めた空気を感じる。

 最初、俺たちよそ者を警戒してそんな空気を発しているのかと思ったが、どうもそういうわけでないようだ。

 そして、何かが欠けているような気がしてきた。

 なんだか、わからないが、普段見かけるあるものがない。


 信義に聞こうかとも思って、信義を見ると、何か言いたそうにうずうずしている姿を見えたので、聞く気がなくなり、自分で考えることにした。

 そして、しばらくして思いついた。「子供がいない。」

 農村では小さい子供は、かなり自由きままに遊んでいる。そして少し大きくなると農作業を手伝うのが一般的だ。

 だた、どうしても子供なので、こらえ性がなく、しばらくすると脇で休んだり、結構平気で、さぼったりしている。

 何にしろ、どこの家も子は労働力で、子だくさんだから、至るところに子供を見かけたのだが、ここでは全くいない。


 そのとき、信義が俺にいった「子供が6歳になると強制的に親元から引き離し、集団生活をさせ、徹底した英才教育を施す」という言葉が思いだされた。

 当然あるべきものがない違和感とはこんなものかと思った。

 それと同時に、よく見ると農民が皆たくましいことに気が付いた。

 春とはいえ、まだまだ寒い日が続くが、農作業をしていれば、熱くもなるのだろう。皆、だいたい上着を脱いで作業をしていると、体つきが嫌でも目に入る。


 当然皆、毎日農作業をしているわけだから、それなりの筋肉がついていて当たり前だ。

 しかし、どうも普段俺が見ている農民とは、筋肉のつき方が大分異なるのだ。

 どうとは、うまく言えないが、腹の筋肉がきれいにわかれていたり、腕から肩にかけても、普段見慣れている農民のものとはかなり異なる。

 それ以外に、何といっても異様としか言えなかったのが、鍬を持つ動き(速さ)が皆同じなのだ。


 最初は、「皆きれいに農作業をしているな。」位の印象しかなかった。

 本当に「きれい」という表現がぴったりするような動きだった。

 だが、よく見ると、皆同じ動きなのだ。

 鍬の上げ方、おろし方、皆寸分違わぬとはまでは言わないが、同じ訓練された動きだ。

 そう思うと、何か急に気持ち悪くなってしまったから不思議だ。

 同時に、これは俺が思っている以上に、東郷とはすごいところだともわくわくしたというのが本当のところだった。

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