第73話 登用
「武士になるつもりはないか?」と更に続けて咲に聞く。
すると、咲の顔色がみるみるおかしくなってきた。
そして、「私を信夫攻略の最先端に立たせるつもりか。先の決闘でも私をかばってくれたように、あなた様は、三川とは違うと思っておりましたのに、私の見込み違いでありました。これまで私を育んでくれた信夫の地を裏切ることは出来ません。この話は、何があろうともお受けすることは出来ません。」ときっぱり言われてしまった。
俺の言い方が悪かったのかもしれないが、おもいっきり誤解されてしまっている。
「そんなつもりで言ったのではない。俺が武士にならないかと言ったのは、荒井家当主が亡くなり、咲の兄の時期当主も亡くなった今、咲が跡を継がねば、お家が途切れてしまうが、どうするかという意味で聞いたのだ。」と説明する。
「それに咲は聞いたことがないかもしれないが、俺は女であっても能力があれば武士として登用することにしている。いろいろお前の面倒を見てくれた小夜もその 一人だ。」と話をすると、びっくりしたような顔で俺を見て来る。
そこで、更に、「俺は三川とは違う、信夫攻略に咲を使うことはない。これは約束だ。」というと、全くもって信じられないという表情をしている。
「どうしてそんなに私のことを?」と聞いてくるので、「ただ単になぎなたが見事だったからだ。」と答える。
「俺は信義に歯が立たない、その信義に負けたとは言え、あれだけ互角に戦えた以上、これを使わないのはもったいないと思っているだけだ。」と伝えると、「ありがたきお言葉。」と咲が泣きながら頭を下げてきた。
咲は続けて、「今まで、私ごときを、そこまで評価してくれる人はおりませんでした。」
「なぎなたで男衆に勝っても、所詮は単なる試合、戦ではこうはいかぬと何度馬鹿にされ、悔しい思いをしたかわかりません。」
「先程は失礼しました。私は武士として戦場に立ちとうございます。」と言ってきた。
それを聞いて、「先に1つ確認したいことがある。」と言って、馬に乗って、なぎなたを奮えるか確認する。
すると咲は「ご覧のとおりの山岳地帯故、当然馬には乗れなくては、話になりませんから、馬には子供の頃から乗っておりますが、馬上でなぎなたと言うのはやったことがありません。」と言ってきた。
「しかし何故馬の上で?」と聞いてくるので、正直に「乱戦となった時に、咲の腕力で、どこまで出来るか不安だからだ。」
「どうしても、乱戦になると技術より、最後は単純な腕力がものを言うことになる。そうなると咲は明らかに不利だ。」と答える。
咲の顔が曇る。
「しかし此処に馬があるとまるで異なってくる。」
「馬上にいれば、乱戦には巻き込まれにくくなるし、巻き込まれても突破が可能だ。更に上から敵を切る技術があれば、かなり効率的に敵を倒すことが出来る。」と説明する。
「だけど、あなた様はどうして、そんなことを知っているのですか?」と聞いてくるので、俺は正直に唐の国の書物で読んだことがあると答える。
「かの国は、正直戦ばかりしている。そして、勝つためにはどうしたら良いか、これまで多くの人が研究し、書物に書き残している。俺はそれを参考にさせてもらっている。」
「実際、馬上で槍を使う者は多くいるが、それは刀を奮っても敵に届かないだろう。その点、咲の使うなぎなたなら、最適だと思ったので提案してみた。」と続ける。
咲はそれを聞いて、「早速、明日からでも練習を開始しとうございます。」と言ってくるので、小夜に相手をするよう命じる。
話が飛んでしまったので、喪主の件について確認すると、「もちろん、それは喜んで務めさせていただきます。」と言ってきた。
ふと気になったので、余計なことと思いつつ、「父や兄弟の敵である俺が憎くはないか?」と聞いてみた。
すると、「当然、憎うございます。一生憎み続けるでしょう。」と表情を一変させて、言ってきた。
「ただ、父上も兄上もあなた様を殺そうとしました。そこはお互い様です。また、あなた様は私に新しい世界を見せてくれました。」
「ただ、あの優しかった父上と兄上がいないと思うと耐え切れない気持ちになるのは本当です。こればかりはどうしようもありません。」と答えてきた。
必死に涙をこぼさないように堪えているのがよくわかる。
俺は「すまなかった。」と言って、その場を離れることにする。
離れ際に、明日の遺体回収には参加するかどうするか聞くと、「参加する。」と答えたので、「では指揮を任せる。」と言うとびっくりして俺を見てきた。
「咲はもはや俺の家臣として、武士として生きることを選んだのだから、この初仕事を見事やってみせてくれ。」というと、「はい!」という元気の良い返事が返ってきた。
俺はそれを聞いて、明日の丹呉攻略に頭を切り替えることとした。
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