第68話 庭先1
いろいろな思いが心の中では攻めぎあっているが、何とか顔に出さない様に努力する。
知らないうちに涙が流れてくる。うまくいっているかわからないが、やらないよりはましなので、辺りにあった雪を顔に擦り付け、ごまかす。
とりあえず、庭先に急がなくてはならない。
何とかまだ辺りが明るいうちに、庭先城にたどり着くことが出来た。
城と言っても山岳地帯で、平な土地は耕作地になっているので、集落の少し小高いところに出城の様なものがあるだけだ。
庭先も丹呉も基本的には、回りを山に囲まれた盆地と思ってもらえればよい。
ただ、盆地と言っても、そんなに大きいものではなく、なだらな谷というかゆるやかな傾斜地に沿って、集落が散在している感じだ。
庭先城はそうした集落の中で、一番人口の多い集落を見下ろす様に建てられていた。
城と集落の回りには簡単な柵が建てられているだけだ。
基本的に、敵が来ると、山頂近くで迎え撃つということをしてきたため、此処まで敵が来ることは想定されていない造りだ。
俺たちが集落に近づくと、鎧を身に付けた者が10名、あとは手に釜等を持った農民が50人程度、緊張した面持ちで、柵の中から俺たちを睨んでいる。
鎧を身に着けた者は大半が初老に達している感じで、明らかに留守部隊だと見て取れる。
どうしたものかと思っていると、十蔵が「此処は私に。」と言って少し前に出る。
「まかせる。」というと、大声で、信夫兵は雪崩に巻き込まれて全滅したことを告げる。
柵の中から明らかな動揺が沸き上がるのが、ここからでも感じとれる。
農民達は、お互いに、どうしたらよいのかという感じで顔を見合わせる。
それを見て、十蔵は抵抗さえしなければ、身の安全は保障することを伝える。
暫く相手の反応を待っていたが、農民はおろおろするばかり、武士はそれを静かにさせることに精一杯で、特にこちらに対する反応はない。
それを見た十蔵は、玄悟を呼んでなにか耳打ちする。
すると岩影が、何人か飛び出し、散会するや、農民が集まっている正面以外の、横と後ろ、まさに四方八方からと言った感じで、簡単に柵をよじ登ると、次々に中に入っていく。
その様を見た庭先の農民たちに、今度は動揺ではなく、明らかに恐怖という感情が広がってくる。
それに耐えきれなくなったのだろう農民の一人が、急に変な声を出したかと思うと、鎌を持ったまま走り出し、岩影に向かって行った。
岩影は、それを冷静にかわすと当て身を当てて気絶させる。
他の農民も続く様な気配を見せるが、その時十蔵が大声で「やめろ!」と呼び掛ける。
それと同時に、「後を見ろ。」と叫ぶ。
そこには手に松明を持った岩影が、食糧庫の脇に立っているのが見える。
農民達に明らかに絶望の色が浮かぶ。
当然だろう。あそこには農作物のとれない冬の間食べるべき食料が蓄えらえているのだ、それを燃やされてしまえば、これから春まで、食べるものがない。
追い討ちとばかりに、十蔵が再度降伏を呼び掛ける。
うなだれて、手から鎌を落とす農民達。
武士はそれでも、刀を離さず、徹底交戦の構えを見せていた。
しかし、それも長くはもたなかった。気が付くと一番後ろにいた武士の後頭部から鮮血が吹き出すのが見える。
それが合図でもあるかのように、それに気を取られた他の武士たちにも、死角から岩影が襲いかかる。
あっという間に、半分の5名の者が殺されてしまった。
残った5名はとてもかなわないと思ったのか、刀を投げ捨て、投降の意思を表す。
農民は、あたりに飛び散った鮮血に驚いているのか、それともこれからどうなるのかわからない恐怖からか、明らかに困惑しており、その場を動くことができず、どうしたら良いのかという感じで、立ちすくんだままだった。
岩影の一人が正面の柵に近づき、縄を切り、俺たちを柵の中に招きいれる。
さて後は庭先城だけだ。
殆ど護衛(兵)がいないとはいえ、正面から落とすのには時間がかかるだろうし、犠牲も大きい。それにあまり時間をかけていると他から救援が来る可能性がある。
そんなことを思っていると、十蔵が生き残った武士の一人と何か話をしている。
それと同時に玄悟にも指示を出し始めた。
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