第67話 犠牲2

 雪崩だ。皆必死で走り出す。

 予定地点に着くと、俺は大声で、「此所だ!」と叫んだ。

 俺が飛び込むと皆もそれに続いた。

 かなり大きい洞穴だが、後から来るものが、すぐに中に入れる出来るだけ詰める。


 後から来るものはそれだけ危険が高いので、何が何でもという感じで、飛び込んで来る。

 ぎゅうぎゅう詰めになるが、命がかかっているのだから仕方がない。

 そんなことを思っていると、雪崩が洞穴の前をものすごい勢いで、通過していく。

 「ごぉー。」という凄まじい音、辺りにぶつかった雪の飛沫が、奥にいる俺のところまで、飛んで来る。


 かなりの恐怖だ。

 雪が凄まじい速さで、下に流れていく。

 一瞬の様な、それでいて、永遠とも思える様な時間が過ぎていく、

 それからどのくらい時間が経ったかわからないが、辺りが静かになる。


 洞窟の入り口近くにいる者は、皆真っ白になっている。

 しかし、身体は洞窟の中に入っていたので、とりあえずは無事だった様だ。

 このまま洞窟の中にいても仕方がないので、雪の壁の様になっているのを壊して外に出る。

 恐る恐る外に出ると辺りの景色が一変している。上を見ると綺麗に雪がなくなっているところが目に入ってくる。

 確かにあれだけの雪がなくなったのだから、景色が一変しているのも当然だ。


 俺たちが行商の中年女性から聞いたのは彼女が体験した雪崩の話だ。

 彼女は山頂付近で雪崩にあい、死ぬかと思ったそうだが、たまたま、その時近くに大きな洞窟があったので、そこに逃げ込んで危機一髪助かったという話をしてくれた。

 それを聞いて、十蔵と俺は「これだ。」と思ったわけだ。

 どうやら山頂近くは雪崩が起こりやすい地形になっているようだった。


 今回、俺たちが、意図的に信夫攻略の噂を流したり派手な格好で出陣しただけでなく、わざとゆっくり進軍したのは相手に準備する時間を与えるためだ。

 今回の作戦は雪崩を使って敵兵を一掃するものだから、出来るだけ、たくさんの兵を巻き込みたかった。

 そういう意味では、もっと前から宣伝して、水穂に接している二国以外からも信夫軍を集めて、一層するという選択肢もないではなかった。

 しかし、こちらの兵力が100名足らずである以上、あまりに戦力差が開きするぎると、こちらが雪崩を準備する前に、一挙に押し切られてしまう可能性もあったので、相手が準備する期間をある程度短くする必要があり、今回のような日程となったわけだ。


 雪の下から信夫兵の身体中の一部が見えているが、どうでもよい。

 味方が現時点で何人、無事かというのが、俺たちにとっては最も重要なことだったので、点呼をとる。

 結果、犠牲となった者は六人だった。

 彼らの近くにいた者に話を聞くと、どうやら信夫兵も洞窟になだれ込もうとして来たので、それを止めようとして、揉み合いになり、そのまま命を落とした者もいたようだ。


 俺はその話を聞いて、ふと気になって、小夜の名前を呼ぶ。

 彼女は山頂で雪崩を起こした後、俺たちに合流することになっていたのだが、姿が見えない。

 更に大声で何度か呼ぶが、やはり返事はない。

 まさか雪崩に巻き込まれたのかと辺りを探そうとするが、十蔵の、「若。」という声で我にかえる。

 そこで、俺は辺りを見回し、「進軍!」と声をかける。


 俺たちは逃げる際に身軽になる必要があったのと、狭い洞窟に100名もの者が逃げ込む場所を確保する必要があったため、出来るだけ荷物を減らしていた。

 そのため、ロクな装備もなしにこのまま、ここ(山頂近く)にいたのでは、全滅してしまう。

 敵本国を落とすか退却するかしかない訳で、此処でこのまま時間を無為に過ごす訳にはいかない。

 当然、今回の選択は敵本国を落とすというもので、急いで山を下り、攻めこまなくてはならないわけで、皆と共に駈け足で下山する。


 当然、俺は自分がなすべきことを分かっている。

 何としてもこの機会を利用して、最低1国は落とさなければ、意味がない。

 もし、小夜が犠牲になったのであれば、彼女に報いるためにも、何としても、今回の作戦は成功させなければならない。

 それは分かっている。しかし、同時に、その時、俺の頭にはいるべき者、いて当たり前だった者がいなくなった寂しさが心を支配していた

 どうやら知らぬうちに涙も流れていたようだ。


 それでもやるこはやらねばならぬと、とりあえず、手紙を書き、須走を読んで十蔵の父でもあり、若家老でもある片桐慎介宛に至急届けるよう依頼した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る