第38話 新右衛門
とりあえず、俺と克二は十蔵に説明を求めた。
克二の部屋にたどり着くと、十蔵は先に頭を下げ、「出すぎた真似をして申し訳ありませんでした。」と謝ってきた。
その後で、おもむろに口を開くと、西の方に何を話したか説明し始めた。
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その頃、西の方はわずかの供を連れ、青柳新右衛門のところに向かっていた。
こんな夜分に、側室になって以来、単独では一度も新右衛門のもとを訪れることのなかったあの西の方が急にきたということで、いぶかる新右衛門。
「帰ってもらえ!」と声を荒げた。
「殿が亡くなってたばかりのこの時期に尋ねて来るということは、何かしら目的の会ってのこと。」「会うことは出来ぬ!」と自分を戒める新右衛門。
ところが家来が再度やってきて、「どうしても帰りません。」と伝えてくる。
何でも、本人は「命の危険」とまで言っているとの報告を受ける。
それを聞いて、信三様が襲われたということが頭をかすめた。
同時に、かつての、若き日の、常に自分だけを見て笑っていてくれた西の方の姿が目の前に浮かんだ。
「会うだけだ。」と苦渋の表情を浮かべる新右衛門。
西の方は新右衛門の姿を見るなり、「妾達を助けてくれ。」とすがりついてきた。
「このまま、勝一殿が領主となり北の方の力が強くなれば、間違いなく信三は殺される。」「信三が殺されれば、妾は生きてはいけぬし、それ以前にいっしょに殺されるかもしれぬ。」「後生だから、妾を助けてたもれ。」と続けた。
新右衛門は、やれやれといった表情で「大丈夫です。そんなことはありません。」答えた。
それが終わらぬうちに「信三が襲われたことは聞いていよう。既に命が狙われておるのじゃ。」と訴える西の方。
「では、私に何をしろというのですか?」と新右衛門が聞く。
「克二殿について欲しい」という答えが返ってくる。
「何を馬鹿なことを、私に勝一様を裏切れというのですか?」焦りが浮かぶ新右衛門。
「そうじゃ、それにこのままでは、一生そなたが馬鹿にしていた、あの秋山風音に頭があがらぬままだが、それで良いのか」と続ける。
「私が彼を馬鹿にしていたのはかつての話です。」「私に野心がないとは言わないが、そんなことで勝一様を裏切ることは出来ません。」ときっぱり断る新右衛門。
「やはりそうか。そういう一途なところは少しも変わっておらぬ。」と笑顔を浮かべる西の方。
「な、何を・・」と少し狼狽える新右衛門。
「やはり仕方がありません。では、この手紙を北の方に届けるしかありません。」と手紙らしきものをとりだす西の方。
「手紙とは、何のことですか?」別な意味で、激しく狼狽える新右衛門。
「そなたが、克二殿側につくという手紙じゃ。」
「どこにそんな手紙があると言うのですか?」
「ここにある。」と見せられたのは、明らかに自分の筆跡に似た手紙。
「偽物だ。」新右衛門が叫ぶ。
「そう、偽物です。しかし北の方や勝一様は何と思うでしょうか?」
「それに、殿がお亡くなりになって、跡目を決めるという大事なこの時分に、こうして会っているという事実、それだけで、北の方がどう思うか、想像出来ないあなた様ではありますまいに。」と続けた。
「貴女は、変わられてしまった。」「この手紙もかつて、私がお送りしたものをもとに作られたものか?」腹の底から声を絞り出す様にして聞く新右衛門。
顔を背けて、頷く西の方。
そして、いきなり「新右衛門、わかってくれ。妾には信三がすべてなのじゃ。何とぞ力を貸してくれ。」と頭を下げる西の方。
「わかりました。引き受けましょう。」「しかし、これ以上、貴女様の変わり果てた姿を見たくないので、早急にお引き取り願いたい。」と新右衛門の低く冷たい声が響く。
それを聞いて、出口を向くために顔を背けた西の方の頬を涙がつたわる。
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十蔵の話を聞いて、俺は正直そこまでするかと思った。
確かに今、西の方と新右衛門が会うということは、そう思われても仕方がない。
そして、会えさえすれば、十蔵が言うとおり、北の方たちにそれらしく思わせるということをして、新右衛門を説得するということも可能かもしれない。
ただ、そのためにかつての2人の純情まで利用するとは、「こいつは鬼か」とさえ思えた。
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