第409話 楽しみを与えること

 侯成は部下と共に、城の裏手にある山より、猪を十数頭捕らえて来た。


「将軍。捕らえたのはよろしいのですが、これで何をなさるおつもりですか?」


「もちろん食べるのさ。猪はいいぞ~~。体はあったまるし、力もつく。精欲もバリバリになって、皆の士気も上がろう。」


「はぁ?さいですか。」


「むっ!? その物言い・・・不満か?」


「まぁ・・・その・・・猪だけでは不満ですね。」


「ふふふ、そう言うと思っておったぞ。・・・それでは、酒蔵から酒を出すが良い。」


「えっ!? い、今、酒を出して良いとおっしゃいましたか!!」


「ああ、お前の聞き間違いではないぞ。猪料理に酒は必須。今宵は皆で猪料理と酒を楽しもうぞ。」


「「「わーーーい!うーれしーーー!!」」」


 侯成の言を聞いて、兵たちは大いに喜んだ。

 酒蔵から酒を取り出し、バケツリレーのように次々と広間へと運んでいく。

 その様子を見ていた侯成は笑みを浮かべた。


(コレで良い。何か楽しみを与えてやらねば、無気力で腐ったダメ人間になってしまうぞ。)


 そして彼は、


「・・・そうだ!将軍にも一匹献上しよう!きっと喜ばれる!近頃、思い悩んでいるようであったので、良い気晴らしになろうぞ!!」


 と、猪料理と酒を持って、呂布の元にやって来たのであった。


 ―――侯成は、持ってきた猪料理と酒瓶を品々と並べて呂布の前に拝伏した。


「―――何だ、これは?」


「猪料理と酒でございます。両品の相性はバッチリ。時計の歯車のようにガッチリと噛み合います。酒も進みましょうぞ。」


「・・・・・・」


「??? 将軍、どうかなさいましたか?」


 悪びれなく酒を勧めてくる侯成の態度に、呂布は勃然ぼつぜんと怒りを発した。


「貴様・・・ふざけるな!!」


 呂布は侯成の胸倉を掴むと、そのまま彼を酒瓶へと投げつけた。


ガシャン!!


 割れた酒瓶より強烈な香気こうきが立ち込める。

 侯成は酒を浴び、割れた瓶の破片により体の至る所を切っていた。


「しょ、将軍?」


 傷つき、倒れた彼に呂布は罵声を浴びせる。


「侯成!俺が禁酒の法を出したのを忘れたのか!俺自身、酒を断ち、我慢しておるというのに、大将たるお前が酒宴を開くとは何事か!」


「将軍が禁酒の法を出されたのを忘れたわけではございませぬ。しかし、家来たちは城に引籠り、一歩も外に出られぬ身。時には彼らに何か楽しみを与えてやりませぬと・・・」


「黙れ!言い訳見苦しいぞ!禁を破っただけでもおこがましいのに、自分が酒を飲みたいがために家来を口実に使うとは、最低、最悪、くそったれ野郎だ!―――見せしめだ!こやつを斬れ!!」


 呂布は迷いなく、左右の武士に向かい侯成を斬るように命じた。

 この言に、周囲にいた侍臣じしんの一人が、慌てて部屋を飛び出し、他の大将を呼んで来た。

 そして、事の次第を知った諸将は、呂布の前で哀訴あいそ百拝して


「殿!侯成殿も悪気があってこのような事を起こしたわけではありませぬ!何とぞ慈悲を!」


 と、侯成の命を助けるよう懇願したが、彼は容易に顔色を収めなかったのであった。

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