第403話 子供の命は重い

 ジャーン!ジャーン!ジャーーーン!!


 突として、鼓声鉦雷こせいしょうらいの響きが鳴り渡った。


「しまった!見つかったか!!」


 白夜に震撼する鼓の音に、将兵たちは浮き立った。


「誰だ!誰だ!誰だ!!誰の部隊か!!!」


 軍の護衛を務めていた張遼は、寒林を横切って迫りくる人馬の影に目をやった。


「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!関羽の部隊だッ!!」


 張遼は絶叫した。

 よりにもよって関羽の部隊である。

 関羽との一騎打ちでその恐ろしさを体感したしていた彼は、


「将軍!ご用心あれ!!」


 と、即座に呂布に注意を促した。

 彼の言に、呂布は間をおかずに、「それッ!」と、馬に鞭打ち、脚速を上げて荒野を駆け走った。


「痛い!」


「やられた!」


「死にました~~~!」


 あっちらほっちらどちらやこっちらと、其処彼処(そこらかしこ)で喚き、呻き声が上がる。

 矢風は舞い、兵たちは倒れ、血しぶきが白雪を紅く染めていく。


「――――怖いッ!」


 娘はついに叫んだ。

 父の体に爪を立てんばかりにしがみつき、恐怖の音色を上げた。

 この音に、呂布は冷や汗をかいた。


一矢でも背に当たれば―――

一太刀でも背に受けたなら―――


『娘は死ぬ』


 その重圧が彼に襲いかかる。


もし関羽に出会ってしまったら―――

もし張飛が増援に来てしまったら―――


 そう思うだけで、呂布は身がすくんで動けなくなってしまった。


「―――だめだ。これ以上、娘を危険な目には遭わせられぬ。」


 彼は手綱を強く引き、赤兎馬を下邳かひの城へと向け直すと、空しく・・・ただただ空しく、もと来た道を引き返し始めた。


「待て!呂布!逃げるな!!」


 逃げる呂布を視界に捉えた関羽は、馬に鞭打ち、彼を必死に追いかけた。

 しかし、呂布が乗っている馬は、天下に名だたる赤兎馬である。

 関羽の乗っている、ただの名馬では追いつけるはずが無かった。


「・・・逃がしたか。しかし、これで袁術と手を組ませることは、一時防ぐことが出来るだろう。」


 戦果としては最上である。

 関羽は無理に追撃することはせず、残党兵の処理をしながら、警備をより強めたのであった。

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