第402話 幸せへの道は険しい

 吐く息が白い。


 氷山雪地。風まで白い。


 身も凍るような寒さの中、三千余騎の軍が忍びやかに下邳の城から立って行った。


「・・・物見。何事もないか?」


「はっ!ありまちぇん!」


「よし。・・・ではこのまま進むぞ。」


 薄氷を踏むように、一歩、一歩と進んで行く。


 少し進めば先を見て、少し進めば音を聞き、白雪舞って影動く。


 天より降る白雪に照らさるように、人馬の影が黒く黒く揺れている。


(このまま何事もなく終わってくれ・・・。)


 祈りと共に呂布は馬を早めた。

 赤兎馬は雪地を駆け、馬蹄の響きは荒野にこだました。


 最強の男と最高の馬。


 白雪の野を駆ける二傑は『雄姿』―――まさにそのモノであった。



「―――娘よ。恐くは無いぞ。」


 背にて震える娘に呂布は幾度も声をかけた。

 その度に娘はコクリと頷いた。力なく、静かにコクリと。


 恐い。恐いに決まっている。

 今まで接したことのない死が間近にいる。


 昨日までの、お風呂上りにバスローブを着て、温かいお茶を飲みながら家族と仲良く談笑していた安全な日々とは違うのだ。


 彼女の白い顔は氷化し、黒い睫毛は縫い合わせたかのように凍り付いていた。


(恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い!)


 口には出さなかったが、その身は恐怖で震えていた。


(これが花嫁の踏まなければならない途中の道なのか?)


 背より伝わる震えに、煩悩な父は、ただ励ますしかないのであった。

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