第365話 時を見極めること

 明くる日。

 曹操は丞相府へ赴くと、荀彧を閣に呼び寄せた。


「殿、お呼びでしょうか?」


「おお、よく来てくれた。お前を呼んだのは他でもない。重大な意見を問いたいがためだ。・・・と、その前にコレを一見するがよい。」


 そう言って曹操は、荀彧に袁紹からの書簡を一読させた。


「・・・随分と無礼な内容ですね。」


「お前もそう思うか。」


「『自分勝手で手前勝手。所詮は名門に囚われた愚者の文か・・・。』というのが私の感想です。」


「そうだろう。・・・私は少年の頃よりあやつの事を知っておるが、奴は昔からそう言う男だ。友として怒りを忍んできたつもりだが、ここまで無礼をされては、堪忍袋がいつ切れるかわからん。」


「ごもっともです。」


「うむ。というか、もう切れた。今すぐ袁紹の奴をぶっ殺したいのだが、お前はどう思う?」


「それは・・・いささか早計かと思われます。」


「お前も反対か・・・。」


もということは、他にも誰かに相談されたのですか?」


「うむ。この書簡を届けてくれた郭嘉にも問うてみた。お前と同じように今は戦うべきではないと申したよ。」


「なるほど。・・・私も袁紹は討つべきだと思いますが、今は彼よりも先に片づけるべき相手がございます。」


「・・・呂布のことか?」


「左様です。前門の虎にばかりに目を向けていると、後門の狼に噛みつかれてしまいます。そこで、まずは呂布を片づけることに専念すべきです。」


「それまでは我慢せよと言うのか?」


「急いては事を仕損じます。それに、その時は一瞬の内に訪れるでしょう。―――時勢の歩みは目に見えず、恐ろしく迅く動いております。その時勢に殿は乗ることができ、古い人間の袁紹は取り残される。――――彼を討つのもまた、一瞬の内といえるでしょう。」


 郭嘉と荀彧。

 二人の賢人の答えを聞いた曹操は、ついに迷いを捨てた。


「・・・よし。お前たちの言葉を信じよう。袁紹の要求をのみ、その間に呂布を叩くことにする。」

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