第265話 罪悪感はつきまとう

 狼が牙をむいた。

 飼い主の手を咬んで、徐州の城を乗っ取ったのである。

 実に三度目となる裏切り。

 そして、それらの裏切りには、どれも彼の特性が如実に表れていた。

 その特性とは、『計画性のなさ』である。


 欲望に忠実で、発作のように人を裏切る。


 それが呂布と言う男なのだろう。

 そんな彼だが・・・彼は今、小さき良心に咎められていた。


 呂布は徐州の城を占領すると、すぐに城下に高札こうさつ(=立て札)を立て、自身の心の言い訳をしていた。



公布

私は玄徳の恩を久しく受けている。

今回の件はその恩を忘れた行為ではない。

城中では派閥争いが起きており、私はそれを治めるために動いたにすぎぬ。

決して私利私欲のためではないことをここに誓う。

・・・本当だよ?これ偽高札じゃないよ?

僕は裏切り者なんかじゃない!信じてくれよぉぉぉ!!

というわけで、軍民たちは何も心配することなく、今まで通り生活を続けるがよい。

新徐州の太守 呂布奉先



 日頃の行いは大事である。

 この高札を信じる者は少数であった。

 民たちは口には出さなかったが、心の中では、「言い訳はなはだしいな。」と、彼の行為に呆れかえっていた。



 ――――徐州の城の後閣こうかくには逃げ遅れた女性たちが大勢いた。

 呂布は、自ら後閣に赴くと、


「女には手を出すな!!」


 と、兵たちに、捕虜となった女性たちに手を出すことを堅く禁じた。


 また、捕虜となった女性たちの中には、二人の気品ある女性がいた。


 一人は劉備の妻、もう一人は劉備の母である。


 二人の存在に気付いた呂布は、彼女たちの前へ赴き、


「夫人。ご母堂。・・・ご安心めされよ。これには深い訳があるのです。決して私利私欲で事を行ったわけではござらぬ。もちろん御二人にも危害は加えませぬ。・・・だから・・・その・・・そうご心配されるな。」


 と、下手も下手に出て、劉備の妻と母の二人に優しく接した。

 しかし、彼の媚も空しく、二人の表情は暗く淀んだままである。

 二人の一切表情を変えない姿を見た呂布は、


「・・・これだから女は苦手だ。」


 と、呟いて、そそくさとその場を後にしたのであった。

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