第260話 自分を見失わない

 酒は合法であるが、人にとっては麻薬である。


 酒と女に溺れて身を亡ぼした英雄は多くいる。

 張飛もその類に分類される英雄だったのだろう。


 彼は屈した!酒の魔力に屈したのだ!!


 兵たちが勧めた酒を一杯飲み干すと、もう辛抱堪らなくなっていた。


「もう一杯!もう一杯!」


 兵たちのアンコールも相まって、張飛は酒を口から胃へと次々に運んでいく。


 喉が潤い、昂揚感に包まれる。


 酒瓶の中身が尋常じゃない速度で減っていく。

 これには酒を勧めた兵たちも慌てて、


「しょ、将軍!勧めておいてアレですが、さすがに飲み過ぎです!ここいら辺でお開きに」


「あああああああーーーーん!飲み過ぎだと!何を不埒なことを言いやがる!こんな量でこの張飛様が満足するわけないだろうが!もっとだ!もっと酒を持って来い!これは命令だ!!」


 張飛は早くも酔っていた。

 弓にかけておいた弦が切れてしまったのだ。それも超強力な弦が、である。

 緩んだだけならば張り直せば済む話であるが、切れてしまったとならば一筋縄ではいかない。


「うわっははははは!愉快愉快!よっしゃあ!こうなりゃ歌うぞーーー!リサイタル開始だ!!!」


 俺は張飛~♪大将軍~♪天下無双の男だぜ♪

 曹操、袁紹は目じゃないよ♪

 気は優し~くて~力持ち~♪

 顔も~体型も、偉丈夫さ~♪


 ジャイ〇ン真っ青のリサイタルが始まり、どんちゃん騒ぎが巻き起こる。

 この事態に、酒蔵役人の注進ちゅうしん(=事件を急いで目上の人に報告する人)である『曹豹そうひょう』が、びっくりして駆けつけてきた。


「しょ、将軍!何をなさっているのです!禁酒の約束はどうしたのですか!!」


 曹豹は呆れて張飛に問いかけたが、彼は笑って、


「おう、曹豹!お前も一杯どうだ!美味いぞ~!!」


 と、酒の入った杯を突き付けて来た。

 しかし、曹豹はこれを振り払って、


「馬鹿なっ!主君との約束を忘れるなど言語道断ですぞ!この件はみっちりと報告させて頂きます!!」


 この曹豹の言葉は、酔った張飛の逆鱗に触れた。


「なに~っ!曹豹のくせに生意気だぞ!この野郎!!」


 ボカッ!バキッ!!


 いきなり張飛は曹豹を殴りつけ、足を上げて蹴倒して、曹豹を地面に這いつくばらせたのであった。

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