第181話 狂狼の愛

 全ての事後処理は終わった。


 董卓の暴政が終わりを迎えたことで、長安の都は大いに賑わった。

 長安に住む皆が酒を飲み、歌い、舞い踊った。


「平和がやって来た!」


「新しい時代の幕開けだ!!」


「これで全てが変わる!王允様!!万歳!!!」


 皆は口々に喜びの声を上げていた。


 そして、董卓を暗殺した董卓暗殺チームもまた、宮廷内にて盛大な宴を開いていた。


王允

黄琬

士孫瑞

李粛

皇甫嵩

淳于瓊

etc・・・


 彼らは皆、宴の席で互いの功績をたたえあい、喜びを分かち合っていた。


 そんな中、その宴に顔を見せなかった1人の武将がいる。

 その武将は呂布であった。

 彼は今、自分の屋敷の一室にて、1人呆然と立ち尽くしていた。



 呂布が今いる場所は、屋敷の奥の小閣の一室である。

 その部屋は、彼が思い人のために用意した部屋であった。

 その部屋の中にて、彼は牀に横たわる1人の女性をジッと見つめていた。

 その女性は彼の最愛の人物、『貂蝉』であった。


「・・・貂蝉・・・何故だ? どうしてだ? どうしてこのようなことをしたのだ? 答えてくれ・・・頼む。」


「・・・」


「・・・貂蝉・・・頼む・・・答えてくれ。」


「・・・」


「・・・貂蝉。」


 呂布の問いに貂蝉は答えない。否。答えることが出来ないのだ。


 彼女は今、静かに眠っている。

 誰にも邪魔されること無く、冷たく、静かに眠っている。

 暗闇の奥底で、ただ1人、永遠に夢を見ない眠りについていた。



 貂蝉は呂布の手によって郿塢城から長安へと運ばれ、彼女は呂布の屋敷に隠された。

 彼女を隠した後、呂布は戦場へと戻り、董卓暗殺の後処理を行った。

 その間に貂蝉は小閣に入り、誰も居ない静かな部屋で、1人、詩をうたった。



男には男の武器がある。

女には女の武器がある。

男は力を。

女は愛を。

平等ではないが対等の武器を持っている。

私は愛をつるぎ荊棘けいきょくへと進み入る。

父の恩に報いる為に、剣を舞わせて2人をつ。

私は右へ左へ舞い踊り、最後にくんを倒しけり。

都の民は歓び歌い、私の心は満たされた。

天が私を呼んでいる。

私はそれを受け入れる。

それが私の選んだ道。

その道に後悔はない。

歩んだ道に影はない。



 そして貂蝉は刃を胸に当て、見事、自刃じじんしたのであった。



 貂蝉の死に顔には微笑ほほえみがあった。

 為すべきことを為し遂げた、1人の女性の美しい微笑であった。

 しかし、呂布にはそれが分からなかった。


 狂狼はただ愛を泣き叫ぶしかないのであった。


第八章 完

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