四節:無線待機

 満月が照らす夜。静まり返る住宅街の中にある一つの街頭に、一台の黒の車が現れては、すぐに姿を消した。数メートル先にある街頭へと再び姿を現せたのは数秒足らずの事である。

 オレンジ色に光る街頭に一瞬だけ照らされる山瀬の顔。額から汗を浮かばせながら、フロントガラスへとのめり込む勢いで、両手でハンドルを握り締めていた。

 目線を少しだけ、ラジオに付けられているデジタル時計へと移す。

――十一時二十六分。

「おいおい、大丈夫なのか!?」

「私に聞かれても走ってるのは私じゃない。この車に問い掛けるんだな」

「んな人事みたいに言うなよ! 一緒に乗ってんだろ!? 大体、早めに行こうって言ったのに、余裕で間に合う、とか訳の分からないこと言うから――ああ、もう少しなんだ、走ってくれよ!」

 返事を求める足元は、言葉と祈りを届けるようにアクセルをさらに強く踏み込んだ。

 大きな道から狭い道へと、まるで迷路のように入り組んだ場所を山瀬は悩むことなく、目的地への最短の道を走り続け、そして車は大きな道へと再び出る。

 点々と街頭の続く誰もいない二車線を走った先、道先を照らすヘッドライトに一台の黒い車が現れた。

 山瀬は急ぎ車を端へと止め、ハザードランプを付ける。

 ハイビームに照らされる一台と一人。巨大な岩を持ち上げそうな図体にスーツ姿、おでこ辺りに手を付け、睨むようにしてこちらを見てくる。

 山瀬はすぐにライトを下げた。

 カチ、カチ、カチ。ハザードが忙しく一人点灯音を鳴らす車内で、山瀬はハンドルを両手で握り締めたまま、口を開く。

「あれが……そうなのか?」

「そうだよ、間違いない」

 その言葉に、自然と山瀬の手に力がこもる。

「……こ、このあとどうするんだ?」

「とりあえず面通しだな」

「面通し? 面通しって……」

「資料を読んでなかったのか? ……まあいい、もう時間も無い。宵に免許証みたいなカードを渡しただろ?」

「カード……これか?」

 山瀬がポケットから紐の付いたカードキーを出す。そこには、山瀬和峰の名前と顔写真が貼られていた。

「それを首に掛けて相手に提示を。そうすれば相手は納得して車に戻る」

「提示って……見せるだけでいいのか?」

「ああ、こうやって見せるだけでいいはずだ」

 麻祁が首元に手を寄せ、摘むような形にしてから前へと突き出す動作をする。

「あーあ、なんかヤダなこういうの……」

「別に撃たれりするわけじゃないんだ、すぐに済むよ」

「言うだけなら勝手だっての……」

 悪態をつきながらも、山瀬は車から出た後、眩いライトに照らされる男に向かい、カードを向けた。

 男がカードに気付き、手を上げる。

 同時に、向かいの車のライトが点される。更に強さの増した明かりの中で胸元にあったカードを見せ合った後、男が山瀬に向かい何かを伝え始めた。

 数十秒も経たない一方的な会話を終え、男が自身の車へと戻る。それを機に山瀬も車へと戻る。

 誰も居ない道路を照らすライトの明かり。片方が消すのを合図に、もう片方も消え、そして暗闇と静寂が二台を包みこんだ。

「はあ……」

 深いため息をつき、山瀬が椅子を少しだけ倒す。

「相手の様子は?」

「体格のがっしりした男がいた。いかにも何かを守る! って感じの男が」

「民間とは言えど、そういう仕事をしてきた人達だ。それなりの体勢に自然となってくる。……で、数字は?」

「数字? ああ、ええーっと……」

 山瀬は先ほど男から聞かされた数字を麻祁に伝えた。

 麻祁は足元に置いてあるザックの中から小さな箱のようなものを取り出し、そこに付けられているスイッチを数回押し、ダイヤルを回し始める。

「何をしているんだ? それがさっきの数字に?」

 山瀬の言葉を無視し、頻りにダイヤルを回した後、突然麻祁がイヤホンを差し出した。

「なんだよこれ」

「無線、向こうと繋がっているはずだから適当に話しかけて」

「て、適当って、ちょっ、おい!!」

 押し込まれる形で無理矢理へと山瀬の耳に入るイヤホン。

 少しの間無言を保つも、耳元からは何も聞こえては来ない。

「何か喋って、喋って」

 横から小声で指示する麻祁に、山瀬は目をしかめながらも軽く咳をし、正面にいるはずの車を見据え口を開いた。

「あ、あの……もしもし……」

 たどたどしい言葉に対し、向こう側からは何も反応が返ってこない。

「こちら二号車って」

 再び横から聞こえる麻祁の小言。

「こ、こちら二号車。……ど、どうぞー……」

『……こちら一号車、確認した。以後何か有り次第報告する』

「りょ、了解!」

 少しばかり高くなる声。音が無くなった後、山瀬はイヤホンを外し麻祁へと渡した。

「あーなんだよ、あんなの初めてだったから何言っていいのか分からず困ったぞ! こういうのはお前の役割じゃないのか!?」

「私は人見知りの気があるから、あまり喋れないんだよ。むしろ、そういう職業をしている方にこそ手慣れとしているものじゃないのか?」

「個人でやってる所は無線なんて使わないの! 協同組合とかそういうのに入っているなら別だが……俺は一人でやっているからな」

「よくそんな面倒な事をやるつもりになったな。事務的な書き物も全部自分でしなければいけないんだろ? 相当な物好きだよ」

「いいだろ別に? そういうのはやり方を教えてくれる人がいるから苦労はしないんだよ。大体、俺は誰かと一緒にやるのが好きじゃないんだ。そりゃ、協会とかに入っておけば、客とか回してくれるし色々得な部分はあるけどよ……もし何か事故とか起こした時には自己責任の問題で済ませれるし、人間関係でギスギスしなくて済む。更には、休みも自由に取れるから気が楽でいいんだ」

「気が楽ね……。まあ、経済的困窮と恨みだけは買わなければ素晴らしい人生なんだがな」

「……それなんだよなあー」

 山瀬が深いため息を吐き、ハンドルに体を倒す。

「一人暮らしなら気にならないが、あまりに稼ぎが少ないと家に帰った時に目が怖くってさ……」

「怒ってるの?」

「あー、怒ってはないが、そういう雰囲気になりそうで怖いんだよ。もうすぐ生まれるっていうのに、そっちにもお金が掛かるし……っても、客の多い所に止めて、他よりも動いていたら、周りの同業者もあまりいい目はしないしな……はあ……そう考えてくると窮屈だよな」

「まあ、仕事に困ったら私に連絡すればいい、仕事なんて腐るほどある。それこそモノ運びから、ヒト運びまでも」

 麻祁が椅子を大きく倒し、背を伸ばしては、両手を後頭部へと回す。

「なんか引っかかる言い方だな。俺の仕事は客を運ぶのが仕事だ。怪しい奴や不気味なモノを運ぶ仕事は絶対に受け付けない!」

「へえ……それはそれは」

 流すように麻祁が話を区切った後、車内はハザードの点灯する音が埋め尽くした。ハンドルにもたれ、暗闇の奥にいるはずのもう一台を山瀬がじっと見つめる。

 しばらくし、カーラジオにあるデジタル時計に目を向け、口を開く。

「もうすぐか……確かトラックが出てきたら、一号車の方から連絡があるんだよな?」

「そういう段取りのはずだ。それまで私達はゆっくりと待てばいい」

「ゆっくりって……よく落ち着いていられるな」

「待つしかない時は待つしかない。動いた所で何も出来はしないんだから」

「……それはそうだけどよ……それにしてもやっぱ変わってるよな。向こうもこういう計画を聞いて変わってるとは思わないのか? 俺なら不審に思って断るんだが……」

「仕事は仕事。それに個人でやってるならまだしも、それを請ける請けないかはその会社が決める事で、前の車に乗っている人達にその意思は関係ない」

「……そうだとしても、やっぱ違和感は感じるだろうな。そもそも護送する仕事だってのに、一緒に組まされる相手が身しらずの相手とか……」

「所詮はコレだよコレ」

 麻祁が親指と人差し指の先を合わせて作った丸の形を山瀬に見せる。

「金は人の目を曇らせる。ましてや、それを自分達の力で行なうことなく、人に任せ、頼るものなら尚いっそうにな。しかも今回は、裏で行う仕事ゆえに、何かの不祥事や事故を起こしても、会社側は問われる事は無い。一応、事前に打ち合わせは済ませてある。向こう側は万全の状態のつもりだが、所詮は穴だらけ。捨て駒状態だよ」

「……やっぱり一人でやるのがいい!! 俺の選択は間違ってはなかった!!」

 山瀬が椅子を大きく倒し、両手を上げては喉の奥から声を絞り出した。

 暗い車内で二人が天井を見つめる。

 耳元に響くハザード音に、山瀬は腰を上げ、ハザードを切り、再び椅子へと倒れた。

 包む静寂に、今度は虫達のチリチリという声とその音に合わせ盛大になるカエルの合唱が車を取り囲んだ。

「……向こうからは何も聞こえてこないな……」

「無線を切っているからな」

「……大丈夫なのか?」

「向こうが喋り出したら勝手に繋がるさ」

 麻祁の言葉を最後に、車の周りで演奏会が始まる。

 デジタル時計の数字が増えるたび、山瀬のまぶたは徐々に重さを増し、そして……。

『こちら一号車。護衛対象を確認した、これより追走に入る』

 聞こえる男の声、同時に照らされるヘッドランプ。

 暗闇を切り裂くような明かりに、山瀬はすぐさま体を起こした。

 車の横を通り過ぎていく大型のトラック。その後に続くようにして、前の車が後を走り出した。

 山瀬もすぐに追いかけるように車のエンジンを掛け走り出す。

「おい、行くぞ!」

「…………」

 その言葉に、麻祁は体を起こすことなく、立たせた人差し指を口元へと当てた。

「何がシィーだよ! ったく……」

 二車線の道を二台の黒い車は並走し、点々と照らされる街頭の中、トラックの後に続く。

 疎らに散る車の間を走りぬけ、そして三台は高速道路の入り口へとたどり着いた。

 上に備え付けられた電光板には通行止めの文字、そしてその下の料金所の全てには道を塞ぐ車止めとその横に一人の男の姿があった。

 トラックが車止めの前に止まると、横にいた男がそれをどかせ、三台の道を開ける。

 ぐるりと大きく渦巻く道を上がり、そして三台は直線を進む。

 暗闇の中、唯一前を照らすヘッドライトの明かり。反対車線からの光は一切見えない。

「……本当に誰もいないな。高速道路の貸しきりなんて初めてだよ」

「これなら何が起きても誰も知らないままで済まされるな」

「……怖い事言うなよ」

 山瀬がふと左側へと目を向ける。そこにはトラックの荷台をライトで照らし続ける、もう一台の黒い車が走っていた。

「誰も居ないとはいえ、一応カメラとかで監視している人がいるんだろ? ほら何かが起きたときの為にとか……」

「事前に一部区間が通行止めが決まっているのに、誰が何を見るんだ? 今日ばかりは区間が再開通されるまでここの見回りはお休みさ。もちろん、警察に電話しようがすぐには助けに来てくれない。まさに、何かが起きても誰も知りえることはない」

「……マジで何も起きないでくれよ」

 山瀬は祈るようにハンドルを強く握りしめ、アクセルを一定のまま踏み続けた。

 暗闇の中をライトの灯りだけを頼りに走り続けること数キロの地点、麻祁が体を起こし、口を開いた。

「もうすぐでパーキングに着く、そこへ入って」

 その言葉に山瀬の表情が曇る。

「……本当にいいのか?」

「心配するのは勝手だが、そうしなければ私達も面倒事に巻き込まれる。――危険が無い方がいいんだろ?」

「ああ、まあそりゃ……」

 山瀬の小さな返事の後、麻祁は無線を取り出す。

 並走していた車は速度を落とし、左側を走る一号車との距離を徐々に開けていく。

 麻祁が無線のイヤホンを耳にし、スイッチを押す……前より早く、男の声が耳元に響いた。

『二号車、速度が落ちているがどうした?』

「こちら二号車。原因は不明だが、どうやらエンジンの不調らしく速度が上がらなくなっている。一度パーキングによって状態を調べてから、再び合流する」

『……了解』

 男の言葉を最後に、麻祁が無線を切り、イヤホンを無線から外した。

「ああ……なんか悪いコトしたな……」

「気にする必要はない。向こうは何も知らないんだ、何かが起きてもそれは事故の一つ。こちらが咎められる謂われはない」

「……そう言われてもな……」

 ぶつぶつと一人呟く山瀬を余所に、車は次第とパーキングへと近づき、そして左へとハンドルをきった。

 明かりの付いてない建物に、広がる殺風景な駐車場。車は建物の近くで走り、止まった。

「少し休憩しよう」

 麻祁が運転席にある室内灯を付け、足元にあるザックの中身を探り始める。

「休憩って……本当に追いつくのか? さっきまでの速度で走っているなら、到底追いつきそうになさそうなんだが……」

「一号車とトラックは無線で繋がっている。もし何かあったなら一号車からトラックへと連絡がいっているはずだから、私達に合わせて速度を落としているかもしれない。……到着予定時刻にもまだ余裕がある。それに、もし速度を落とさないとしても、この車はそれ以上の速度が出せるはずだ。その為に無駄に大きめのエンジンが付いている」

 麻祁の言葉に、山瀬の目が自然とボンネットへと向けられた。黒い広々としたボディがそうだと! と物語るように長く伸びている。

「更に、襲撃での手間を考えると一度車を止める必要もあるから、それまでに走っておけば、距離も十分詰めれるはずだ。トラック自身どれだけ走ろうが、この車には速度では敵わない。――はい、お金」

「金?」

 突然の行動に、山瀬の目が自然と細まる。差し出される右手の上には硬貨が三枚置かれていた。

「これでそこにある自販機から水を買ってきて」

「水? 水って何をするんだよ、飲むの?」

「飲む飲む、私が飲むから買ってきて、時間がない、ほらほら!」

 急かすように、硬貨を握りしめた右手を麻祁が激しく上下させる。

「なんだよ急に、ったく……」

 山瀬はそれを掴み、硬貨を受け取った後、建物の近くにある自販機へと向かった。

 首を傾げたまま、透明のペットボトルを持ち、助手席へと近づく。

「ほら、買ってきたぞ」

「ありがとう」

 山瀬が差し出して来た水を受け取り、自身の背と座席に挟むようにして置いた。

「水なんてどうするんだ今更……って、おいそれ……」

 ふと目に入ったものに対し、山瀬は唖然とした。麻祁の手には銃が握りしめられていた。

「モデルガンだよな、それ……」

「モデルガンでどうやってタイヤを撃つ? 本物だよコレは」

 スライドを引き、カチっと音を鳴らした後、安全装置を上げる。

「なんでそんなもの持ってんだよ!? おかしいだろ普通!?」

「あるものはあるんだ、これが無ければどうやって走る車を止めるつもりだ? わざわざ正面に回ってブレーキでも掛けるか?」

「そ、そんな事はしないが……でもそんなものって……」

 山瀬の疑心に満ちた目が、銃をまじまじと見続ける。

「あ、これモデルガン」

「なんだよそれ……今更そんなわざとらしいウソ――!!?」

 突然激しい衝撃音が無線から響いた。

 二人の視線が手に持つ無線へと集まる。

『クソッ!! なんだコイツらは!! こちら一号車! 襲撃を受けた! 二号車何をしている!!』

 一方的に聞こえてくる男の怒号と音。

「行こう」

「……あ、ああ」

 麻祁の言葉に、事態が飲み込めず呆然としてた山瀬は、眠りから起こされたかのように軽く肩を上げては返事をし、すぐに運転席へと戻った。

 キーを回し、エンジンを吹かせた後、アクセルを踏み込みすぐにその場を後にする。

 ヒシヒシとした空気が包む車内で二人の耳が麻祁の太ももに置かれた無線へと傾く。だが、先ほどまで聞こえていた声と音は聞こえず、激しい衝撃音を最後に、雑音のみしか流さなくなっていた。

「ど、どうなったんだよ!? 声が聞こえなくなったぞ!?」

「無線が壊れたか、車が壊れたか、だな」

「そ、それって……」

 麻祁がラジオにあるデジタル時計に目を向ける。

「十分ぐらいは耐えたか……私達がパーキングから入った後、後続からの車は無かった。トラックを襲撃するなら、必ず高速に乗る必要がある。地形からしても、脇道から徒歩で襲撃するのは無理に近い。ここから十五キロ先にインターチェンジがあるはずだ、そこから入ったとしても、襲撃された場所を考えると距離にそれほど離れてはないだろう」

「どうやってインターチェンジから入って来れるんだ、封鎖中のはずなんだろ!? 俺達以外に入れるのか?」

「忘れたのか? 全ては計画の内さ」

「――クソッ!」

 山瀬が更にアクセルを踏み込む。しかし、上がる速度に対し、前から流れてくる景色は変わりを見せない。

「……あ、あった、標識」

 ハンドルを両手で握る山瀬が突然声を出す。

 走る車の上を緑の標識が一つ通り過ぎていく。

「アイシーだ」

「ここから襲撃する車が乗り込んできたとすると、もう少しで見えてくるはずだ。襲撃するにもわざわざ距離を開けては走らないはずだ。やるなら相手が油断しているすぐ」

「……無事ならいいんだが」

 緑の標識から、数分も立たないうちにインターチェンジへとたどり着く。

 左へと枝分かれする道を曲がることなく、三車線を真っ直ぐと進み、更に暗闇の中を切り裂くように突き進んだ。

「この先をもう少し進めば二車線になる。護衛車を潰すならこのあた――」

「ッ――!? あぶねぇッ!!」

 咄嗟に山瀬がハンドルを右へと動かした。

 軽く回ったハンドルに釣られ、車体は右へと揺さぶると同時に麻祁の体も瞬時に流される。

 すぐさま麻祁は体勢を戻し、窓を開けては顔を出し、後方を確認した。

 暗い闇が後を引く。何もそこにはない。

 麻祁はすぐに顔を下げ、窓を閉める。

「人か?」

「ああ、そうだよ! くそッ!! なんであんな所に人が――あれか!?」

 山瀬が声を上げ、先を指さす。

 そこには、うっすらと赤く光る車のブレーキランプが映されていた。

 長く伸ばしたヘッドライトにより、その光は小さくながらも走って来る車を止める様に輝いている。

 車は速度を落とす事なく、左側の壁に頭から突っ込んで止まる一号車の後ろを通り過ぎた。

 麻祁は窓越しでじっと車の方へと顔を向けたまま動かさない。しばらくし、正面へと顔を向け、手にしていた銃の安全装置を下した。

「何か見えたのか? 無事なのか!?」

「分からない。車は頭から突っ込んでいる運転席まで見えない」

「ッチ! 一体どうなんてんだよ……それじゃさっきの人が……」

「あれはトラックの運転手だ。一瞬だが照らされた姿はスーツではない」

「トラックの? なんでトラックの運転手が歩いてるんだよ、こんな場所を……」

「降ろされたしかないだろ? 一号車から数メートル先に別の車があった。目的はトラックの荷台にある物。運転手は邪魔だからな」

「車って……乗ってきた車に積んで逃げないのか? なんで乗り捨てなんて?」

「止める手間を考えると、その後でわざわざ積み荷を降ろして、乗ってきた車に乗せ換えるなんて更に手が掛かる。そもそも運用する際はケースに保護されて運ばれているはずだ。耐震用にしっかりと固定もされているはずだから、容易には運び出せない。それなら車は乗り捨てて走り去った方が早い。それに相手は襲撃する為にいくつもの情報を持っている。本来二台いるはずの護衛車が一台しかいなかったらさすがに疑問に感じるだろ? もう一台の行方が分からない以上は、私ならすぐにその場を去りたい」

「だが、それだと後で警察に言われたりしないのか? それだと余計に面倒な事になりそうだが」

「目撃者が居たところで何一つ問題にはならない。それよりも大事なのは、どこまで公にせずに出来るか、だ。もし事故処理で片付けるなら目撃者は不要だから消さなければならない。今の状況なら消すのはトラックの運転手になる。消すのは容易だが、その後の遺族などが居た場合を考えると多くの一目に触れやすくなる。事故で運転手が死んで、更に中の荷物がそっくり無くなっていたら、誰がどう考えてもおかしな話だろ?」

「それはそうだが……」

「護衛付きの運搬での盗難なら消すのは護衛のみで構わない。そういう仕事に付いているのだから、それなりの契約は最初からあるはず。あの衝突は人為的でも事故とでもどちらでも処理ができる。どっちに転んでも、そういう仕事だったからと済まされる。わざわざ運転手を消すよりいいし、なにより盗難の影響は自己負担が大きいだけで、他に対しての負担と影響はかなり下げられる。人によってはかなり都合よく済ませる事件って話だ。……まあ、契約次第では保険屋だけが泣くだろうけどな」

「全ては計画通りってことか……」

「ああ、私達を除いてはな」

 まるで車を導くかのように道幅は狭まり、そして二車線へと変わった。

 辺りの風景も山道から水田へと場所を変え、次第に暗闇の奥からはポツポツと白い明かりを覗かせる。

 本線車道には薄いオレンジの光を照らす照明灯が現れ、まるでスポットライトのように点々とどこまでも続いている。

「あれから走っているが、まだ見えないか……」

「…………」

 麻祁がデジタル時計に目を向ける。

「私たちが降りるはずのインターまではまだ数十キロはある。速度からも相手はそれほど出せないはずだから、ニトロでも使わない限りは離されない。もう少しで見えてくるはずだ」

「大型トラックならリミッターは出せても九十ぐらいだからな……って、いたぞ!!」

 山瀬が前を指さす。そこにはオレンジの灯りに照らされては消えてを繰り返す一台のトラックが走っていた。

「やっと追いついたぞ!」

 右を走る車を左へと移動させ、徐々に距離を詰めていく。

「この後はどうするんだ?」

「車をパンクさせて止める」

 麻祁が手にしている銃を握りしめ、シートベルトを外す。

「止めるって、いいのか!? この速度でパンクさせたら横転するかもしれないぞ!?」

「別に構わない。そもそもこの作戦自体、向こうが裏で勝手にやっている事だ。公になろうが勝手に処理してくれる」

「おいおいマジかよ……俺達が悪者なのか」

 まるで合鴨の親子のように、車はトラックとの速度を合わせ、一定の間隔を保ちながら後方に続く。

「車を側面に。横からタイヤを撃ち抜く」

「分かった!」

 ハンドルを右へと切ろうとしたその瞬間、

「……ッ!? な、なんだよあれ……」

山瀬の目が自然と見開く。

 開かれた荷台の扉。そこから一人の女が姿を現した。

 黒のスーツ姿で腰まである長髪をなびかせ、ジッとトラックを見下ろす。その片手には身の丈ほどもある刀。

「葉切か」

「何ッ!?」

 麻祁の言葉に山瀬が声を上げる。

 今も車道の上で追いかけっこをする二台。その間を裂くかのように、女が車に向かい刀を構えた。

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