四節:一問一答

「あらためて、初めましてクリュウタツマ君」

 眼帯をした男が横に来て、手を差し出して来た。俺は表情を変えることなく、その手を握った。ザラザラとして硬い皮膚の感触が伝わる。

 俺の瞳をまるで捕らえるかのように、男が真っ直ぐと見つめてくる。身体の大きさ、引き締まった見た目とは違い、握られ数回振るわれる手の力は優しいものだった。

 男が一瞬だけ穏やかな表情を見せ、そして自分の椅子へと戻った。

 顔を正面に戻すと、麻祁が前に座っていた。この光景、それは以前見たことある。それは昨日の夜、そう、あの時初めて眼帯の男と会った、あの部屋だ。部屋の内装は違えど、その雰囲気は全くそのものだった。ドアが閉まったその時から、空気が一変し、まるで外の世界と隔離された気分になる。

「ここの校長兼理事長をしている椚正義。正義と書いて、マサヨシだ」

 男がまた表情を緩める。それは笑顔というわけではなく、少し微笑んでる感じだ。その表情とあの手の力だけで優しい人なんだと俺は思った。

「で、そこにいるのは……もうそれは知ってるかな?」

 男の言葉に麻祁が立ち上がり、手を伸ばしてきた。

「麻祁式だ。麻袋のアサに、示すとこざとへんを組み合わせたギ、それと数式のシキ」

 わざとらしく、すでに知っている名前をこと細かく説明する。俺を見下ろす目が、どこか嘲笑う感じに見えた。

 俺は伸びる麻祁の手を握った。

「名前は知ってるあ痛いいぃッ!!」

 骨をも砕くような力が右指を襲った。痛みに耐えれず、すぐに離そうとするも、掴んでる手の方が離さない。

 無理矢理上下に揺さぶられた後、投げ捨てるように右手が飛ばされた。

「そう、ならよろしく」

 人を見捨てるかのように冷たく言い放った後、胸に両腕を重ねては足を組み、ソファーにもたれた。

 その行動に俺は衝撃を受け、放心する中、少し呆れたような表情をした椚さんが話を始める。

「……麻祁、あまりイジメるなよ? せっかく来てくれたってのに……麻祁が失礼な事をした、俺から謝るよ。すまないな」

 椚さんが立ち上がり、頭を下げる。その行動に俺の心が妙な罪悪感に満たされた。なんだかこっちが悪いことをした気分だ……。

「いえ、大丈夫です。大丈夫ですから」

 妙な空気を早く変える為に、俺は必死に言葉を返す。椚さんは最後に謝りの言葉を言った後、話を続けた。

「一昨日の夜はあまり話せなかったから、今日はゆっくり話そうと思ってわざわざ来てもらったんだ」

「話? 話というのは……」

「君も知りたがってる俺達の事に関してだよ」

 その言葉に、俺の中での緊張が一気に高まった。今まであやふやだったものがこの瞬間に判明するとなると、少しばかり余裕がもてない。一体何を教えてくれるのだろうか。

「さて、どこから話せばいいか……そうだな、まず君が聞きたい事を聞こう、それに答えるのが一番早いかな? 何か聞きたいことはあるかい?」

 突然の問い掛けに俺は一瞬焦った。まさか、聞きたいことを言ってくれなんて。

 聞きたい事なんてのは山ほどあった。でも、それは道中での出来事から湧くもので、いざ前にして「聞きたいことを言ってくれ」と言われても、何から聞いていいのか分からなくなる。

――あなた達は何? 誰?

 直接そう聞いてもいいけど、もしその返しが「超能力者」「宇宙人」なんて言われたら、それこそ何が本当なのかが分からなくなってくる。少しずつでもいい、情報を集めながらパズルの様に組み合わせて整理をしていく。

 俺は遠まわしながら少しずつ攻めていくことにした。まずは俺自身の周囲に起きた事からだ。

「初めて麻祁とあったあの夜……あの公園では何があったのですが?」

 俺は椚さんに向かって質問をした。横目で麻祁をチラっと見たが、相変わらず胸元に手を当てたまま顔を落とし、ソファーにもたれて動かない。

「あの日俺達はある依頼を受けて、その目的を遂行していたんだ。夜出会ったモノは、本当にただのカマキリだ。人ではないただの大きな虫だ」

「虫……でも、あんな大きい虫が実態にいるなんて……俺は今までそんなの見たことがないです。実際に存在するのですか?」

「その点に関しては、麻祁が詳しい。説明を頼む」

 椚さんの言葉に、麻祁は腰を起こす。

「昆虫に関して言えば、私達が普段そこら辺で目にするように小さいものばかりだ。それは進化の過程から、その方が都合がいい為、そうなっている。歩行、飛行、そして――捕食。どれを取っても体積が大きい事で有益なものはない。それは人も同じだ」

「それじゃどうしてあのカマキリは……」

「――突然変異。ただしそれは自然での影響じゃない、人為的なものだ」

「誰かにそうさせられたと?」

「そうだ、都合のいい話だろうが、誰かが根本的な中身を弄ってそうなったとしか言い様がない。あの坑道にいた蜘蛛を見ただろ?」

 頭の中にいくつもの映像が浮かび上がる。俺の上半身ぐらいはある巨大な蜘蛛。そしてあの少女の姿。

「蜘蛛そのものにあのような力や本能はない。ましてや学習されてなるものでもない。昆虫は人間と違い、思いつきや教育で理解し覚えて動くものではないからな。生まれた時からの本能で生きる。つまり、中を弄られ、その生き方、本能そのものを組み替えられ放されたんだ」

「その仕組んだ人の目的は?」

「当然――分かるわけがない。何かしらの実験なのか、それともただの娯楽での趣味なのか。そいつそのものが理由を知っているから捕まえない限り理解はし難いな」

「……その人物が誰かなのかとかは……もう……」

「それも分からない。それを特定する為の情報がほぼない。気付いた時には本当に虫の如く既に湧いていた、という話だ。まだ人が起こした事件の方がマシだよ。処理した後もそこに居た痕跡は残っていて、そして辿り着いた原因すら残してくれるからな。後、特定できない理由としては、色々な事がケースとして出てくるからキリがないから。人や獣に寄生して他の人を襲うケースもある、故に生物だからと同じ人物の趣味の一つとは限らないからな。面倒な話だよ」

「あのカマキリと蜘蛛の関連性は?」

「今調査中だ。同じ虫だが中の弄られ方が似ているならそうかもな。まあ、構造そのものが違うから一緒のはずはありえない話だけど……どっちにしろ、たまたまあの場所に放たれたという感じだ」

 カマキリとクモ。麻祁の説明で大体の事は分かった。……ただ、今だにその話にはどうも現実性が湧かない。そんな事が有り得るのだろうか?

 しかし、現に俺はこの目でそれを見ているし、何より体験もしている。もし、それ自体が幻なのでは? と思い込みだすと、俺自身そのものを信用出来なくなってしまう。……まあ、それこそ麻祁が嘘をついているかもしれないが、椚さんが何も反応しない所を見ると嘘を言ってるとは思えない。本当の事なのだろう。俺は心の中で納得するように言い聞かせ、次の質問をすることにした。

「次の質問何ですが……あの灰色の男は一体?」

「灰色?」

 椚さんが声を出し聞き返す。それはまるで聞いてなかったような言い方だった。

「それに関しては調査中だ。分かり次第話す」

 間を入れず麻祁が言葉を入れてきた。一瞬違和感を感じたが、俺はそれ以上聞いてもそれに対しての答えはないと思い、次の質問をした。

「どうして俺が選ばれた……というか、どうして俺をここへ? 確かあのカマキリとかそういうのを見た人は、誰かに話されたら困るから記憶を消すんじゃないのか? 俺以外にもそんな風になった人がいるのか?」

 これは一番聞きたい事の一つだった。一昨日の夜、今と同じような場所で、確かに麻祁はこう言った『たまたま出会い、餌として利用させてもらった』と。

 それなら、すでに役目を終えた俺は用無しの一つ。あの後、何も言わずに消せば済む話だ。それをわざわざ選択肢まで用意したというからには、何か訳があるように思えた。そう、それはとてつもない重大な何かが――。

「たまたまだよ」

 さらりと吐かれた言葉。俺はもう一度聞き直したが、

「たまたまだよ」

同じトーンの同じ言葉を聞かされるだけだった。それにフォローするように椚さんが口を開く。

「それに関しては本当にそうなんだ、巻き込んですまなかった龍麻君」

「それじゃもし俺が記憶を消すを選んでいたら……」

「さあ、どうだろうな? それはこっちの気まぐれ一つ。あの日の夜、足を撃たれたのに次の日には痛くなかったように、暗示を掛けて一時的に消せたのだから嘘じゃないだろ? しかし、消す消さないどちらにしても、結局は誰かに消される運命になった。せっかく助かった命も、たまたま運が悪くあの男に目をつけられたおかげで、今じゃ狙われる命。まったくつくづく運が良いのか悪いのかよく分からないやつだな」

「そんな……」

 思わず頭が落ちる。

――絶望、まさしく絶望でしかない。……こうなったのは誰のせいだ?

――遅くまで掃除を手伝わせた僚のせい?

――あの夜に出会い、その日に俺を撃って、その後坑道まで連れて行った麻祁のせい?

――それとも、公園であった灰色の男?

――ただ、気まぐれで掃除を手伝い、ただ、いつも通りに公園を歩き、ただ、麻祁について行くことを選んだ……全部俺のせい?

「全部俺の……」

 深いため息が自然と溢れ、落ちる頭を両手で掴んだ。今頭の中では『あの時に』という後悔の場面が頻りに浮かんでいる。

「そう、うな垂れるな。お前みたいに運の悪い人間はこの世の中に何人もいる。たまたまその場に出会い、そしてたまたま巻き込まれて、何も知らずにこの世を去る奴だって。生きてるだけ自分の運に感謝すべきだ、いや、命を救ってくれた麻祁様に感謝して拝むべきだな」

 言葉の後に聞こえる、ふっ、という鼻で笑ったような音が耳に入る。

 顔を上げ正面を見る。そこには足を組み、両腕を胸元で合わせ、まるで優越感に満たされたような表情をした麻祁が居た。

「ちなみに、私達に関った中で記憶を消した人物も少なからずいる。それは色々な理由があっての事だよ。本来ならまず消さない、手間が掛かるからな。……さあ、いくぞ!」

 その言葉と共に麻祁が立ち上がり、ドアを開けた。

「……ど、どこへ!?」

 俺の問いに麻祁は振り向かず、背中を向けたまま言葉を返す。

「もう質問はないだろ? どうせ聞きたい事なんて、後は『私達が何者なのか?』それだけだろ? それに関しては歩きながら説明してやる。付いてこないなら永遠に謎のままだぞ?」

 部屋を出る背中。俺はすぐに立ち上がり、

「ちょ、ちょっと待って!!」

椚さんの方に顔を向け。

 椚さんは何も言わず、ただじっと俺を見ていた。

 俺は戸惑いながらも、椚さんに頭を下げ、急ぎ麻祁の後を追うことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る