初節:二回目のお休み

「……なんですね」

「なるほど、それではまだまだ時間がかかるって事ですね」

「はは、そうですね。そうなります」

「……それは早急の解決して欲しいですね……。さて、次は高速道路での事故に関してです。昨夜、宮里市にある開通建設中の高速道路にて、人が落下する事故が発生しました。男女4人が死亡。どうやら施工者ではないらしく一般とのこと。どうやって侵入したのか? 何故、工事中の高速道路に侵入できたのか? 調べを進めるうち、そこには驚くべき事実が――」

 赤いボタンを押し、俺はテレビを消した。

 先程まで映っていたスーツを着た男の人が消え、真っ暗になる。

 今朝から何度も見ているニュース、朝から始まり、夕方になる今も流される。情報はどこのチャンネルも同じようなものばかりで、何一つ新展は見られない。さすがに見飽きてくる……。

 俺は背にあるベッドの側面を使い、腰を伸ばした。後ろに向かい、少しずつ手を伸ばせば伸ばすほど、骨は伸びる……そんな感じがする。

 一頻り伸ばし、大きな溜め息を吐いて態勢を戻し、机にある時計に目を向けた。

 針は四時前を刺す。そろそろ学校が終わり戻ってくる頃だ。

 小学校から始まり、今に至るまで、これで学校を休んだのは二回目になる。一回目は風邪だったから、何も出来ずにただ寝ているだけだったんだが、二回目の今日は病気もなく、「休め」と言われたから休んだだけに、何だか妙な気分だった。

 こう、後ろめたさというか、あまり落ち着いて過ごせるものじゃないな……。

 妙な静けさが漂うも、針の音がそれを拒む。そして、更にある音がそれを打ち破った。

 玄関から聞こえる鍵を開ける音。ドアを開き、立て続けに同じ音が鳴らし、今度は俺がいる部屋の引き戸が開けられた。――麻祁が帰ってきた。

「ただいま」

 視線を落とし、相変わらずの感情を持たないような冷たいような言い方をする。

「お、おかえり」

 突然の言葉に少し焦るも、俺は言葉を返した。

「ほら、忘れ物」

 手に持っていた手提げバッグを、麻祁が俺の胸元に放り投げた。座っているため、すぐに身動きがとれず、バッグが顔面に迫るも無意識に出した手がそれを掴む。

 背中のリュックを下ろし、麻祁その場に座る。その光景にふと違和感を覚える。確か今朝見た時にリュックは持ってなかったはずでは……?

「あの……麻祁、そのリュックは……?」

 問いかける言葉に、麻祁は机にあるリモコンを手に取り、赤のボタンを押した。

「学校に行く前に取ってきた。授業を受けるのに教材がないとかオカシイだろ? おかげで肩が痛くなるわで、いい事は無い」

「まあ、全教科になると確かにな……」

 俺の場合、教科書のほとんどは学校に置いてある。本来、学校側の言い分では、紛失などの恐れがある為、生徒全員には常に持ち帰るようにと聞かされたことがある。

 しかし、俺は麻祁の言う通り、持ち運びが面倒なのと、よく遅刻などをする為、慌てて用意が出来ない事もあり、ほとんど机の中に置いて帰っていた。持ち帰る場合は、たまに出される課題をこなす為に、最低限のものだけに限られてくる。だから、この鞄の中にはいつも物は入っておらず、ほとんどが空の状態で……。

「――ってなんだよこれッ!?」

 無意識に触れた底。まるで引きずられた様にボロボロとした感触が伝わってきた。俺はすぐさまその部分に目を向けた。が、それは底だけではなく、横の部分も所々が擦られ、土や傷が付いていた。麻祁にその場所を見せ、確認する。

「ああ、それ、重たいから肩に掛けれなくてさ、ごめん」

 謝罪の言葉。しかし、顔は俺には向かず、テレビの方を向き続けていた。

「中身ほとんど入ってないだろ! それに、引きずるにしてもトートだぞ! どうやって地面に擦らせるんだよ!?」

「え、いやさ、それはさ、こうやって、ずりずりって……」

 麻祁が手を握り、作った拳をやる気無さそうに床に擦りつける。

「なあ、擦れるだろ?」

「いや……それ今座ってるからだろ……?」

「…………」

 麻祁は何も言わず、ただチャンネルを変えるだけの作業に移る。

「……もういいよ。……そういえば、学校どうだったんだ?」

「学校? これといって変わった所は無い、強いて言うなら学食の金額が少し高い。授業は基本なのが多くて、退屈なものばかり、思わず三秒で逃げ出したかったよ。……ああ、思い出した」

 何を思い出したのか、麻祁が少しだけ表情をしかめる。

「あれは酷い、あの倉庫は酷い、本当にひどい!」

 少し憎しみを込めたような言い方に、どこの事かと一瞬悩んだが、ある単語により、それはすぐに浮かび上がった。

「体育館の倉庫?」

「ああ、そうだよ。帰りにそういう話を聞いてな、行ってみたら、なんだあれは? 置き場所が無いのか? あれではただのゴミ置き場だよ」

 麻祁がそう例えるのも納得の話だった。あの光景を見れば誰もがゾッとする、特に部活をしている人からすると尚更だろう。室内、野外、学校にある部活のほとんどの道具があそこに集められている。

 つまり、あの場所を見れば、ここの学校にどんな部活があるのかが、すぐに分かる。だが、あまりにもその量が多く、まず一見しただけでは判別が出来ない。それだけ量が多く、取り出すには、まず外側にあるものから一つずつ順番ずつ退け、そして出し終わったらまた順番通り戻さなければいけない。

 その為、部活をする人からすると、自分の活動する為の道具出しからが、まさに体力勝負となる。ほとんどの人はその手間を嫌い、道具の出す順番通りに開始の時間を調整している。

「手伝ったのか?」

「手伝ったよ。行ったら、運動服に着替えて困っている生徒がいたからからな、出すのに苦労して、帰るまでにかなり時間が掛かった。」

 ちなみに、道具を戻すのは簡単だ。空いている場所に埋め込んでいけばいい。順番があるのだから、当然それを記した紙もある、それはまるで……。

「――パズルとかもういいよ」

 見ていた番組が終わり、クイズ番組が始まる。色々な図形が映り出され、それをタレントが答え、楽しそうに笑っている。麻祁はすぐにボタンを押し、チャンネルを変える。

「そういえば、学校。一応伝えておいたからな、休んだ理由。それと他の生徒にも」

「え? なんて言ったんだ?」

「階段から落ちたことによる、顔面打撲」

「が、顔面打撲って……」

「それ以外に説明がつきようにないだろ、それ」

 麻祁は顔をテレビに向けたまま、チャンネルの先を俺に向ける。

「……まだ青い?」

 その問い掛けに麻祁は言葉では答えないが、態度で感じ取れる。

 今朝起きた後、鏡を見るとそこには、口元や目元辺りが薄青くなっている俺の顔が映っていた。触ってみるが、昨日の夜に比べて痛みが治まっていたので、今の今まで忘れていた。

「それで、皆にもそれで説明したんだ……」

「ああ、だが、皆といっても、極僅かなほんの数人ぐらいだぞ? ホームルームの後、担任にどうなったか聞いて、それから私の所に来たんだ。そこであらためて説明をしたんだ。聞いてきた人物は大体五人ぐらいか……」

 五人。二人までは誰なのかは分かるが、後の三人は誰だろうか? 一瞬聞こうとしたが、すぐに口を閉じた。名前を聞いた所で仕方ないし、何よりもしかすると興味本位で聞いたのかもしれないしな。

「まあ、明日行って、元気なその様子を見せてやれ。あ、ちなみに、私とお前が一緒に住んでいる事も伝えたから」

「ああ、一緒にね……って、まずいだろそれ!? 霧崎達に言ったのか!?」

「言ったよ」

 麻祁は変わらない態度、しかし、俺の内心は一人焦っていた。

 今こいつはさらっと言ったが、さすがにそれはマズいとしか思えない……。特に霧崎、僚、この二人には知られたくなかった、一人暮らしの俺が、変わり者とはいえ同じクラスの女子生徒と一緒に居るんだ。例えまだ一日だけだとしても、誰がどう見ても俺がどうかしてるとしか思えない。

「ちゃんと、ちゃんと説明はしてくれたんだろうな!」

「その点は心配するな。ちゃんと説明してるから、まぁ命が狙われているとか、そんな事言っても信じないだろうから、もっとそれらしい事を言っておいたよ」

「それらしいって一体!? なんて!?」

 必死に食い下がり聞こうとするも、麻祁の右手に軽くあしらわれた。

「何必死になんてるんだ? ……あれか? 周りから不純異性交遊と思われるのを期待してる?」

「――ッ!? い、いやそんなわけじゃ……」

 麻祁の一言に、俺の心が一気に落ち着きを取り戻した。

 確かに麻祁の言う通り、あれではこっちがそれを意識したように見える。少し気まずくなり俺はそれ以上、何も言えなくなった。

「心配するな。明日学校に行けば自然と流れは組まれているから、お前は頭をただ、ハイハイ! って下げてればいい。何の為に私が学校に一人行ったと思う? 私のおかげで、何一つ学校での立場、状況は変わっていないさ。明日キミは感謝するだろう、ああ、麻祁さん! 変わらない日常を、変化のない学校生活を、ありがとう……それより、何か飲み物はないのか?」

 麻祁が立ち上がり、台所にある冷蔵庫に向かい歩き出した。戻ってくるや、机の上にペットボトルを置き、蓋を開けて飲み始める。

「ちなみに、学校へ行った後は、少し用事があるから付いて来い」

「……用事ってのは?」

「なに簡単なものだよ。ちょっとした案内を、だな。軽い説明さ、夜までにはここに戻れる」

 麻祁がチャンネルを幾度も変える。そして、ある場所で止めた。

 フライパンの上に焼かれる肉。ジュウジュウと音が鳴り、聞いてるだけでその湧き出す油の量を想像させる。

 麻祁はチャンネルを持ったまま、その場面を見入っていた。

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