第四章:ようこそ、新入生

第四章:ようこそ、新入生

 目。ドアに付けられたガラスから誰かが覗かせた。左右にキョロキョロと動かした後、今度はそのドアが開き、一つの小さな頭が現れた。

 頭は左右に伸びる廊下に向かいキョロキョロと動かした後、引っ込める。

「もう少しだ、もう少しで来るぞ……」

 少し興奮しているのか、黒の長い髪を揺らし、鼻息を荒げながら教室内にある円形の椅子に飛び乗り、座った。

 しかし、椅子の位置が低かったらしく、視界には机の台しか入ってこない。すぐに、椅子にあるレバーを押し、高さを上げる。

 机から現れる姿。それはまだ幼い少女だった。歳にしては十代前半。白の白衣を着る姿はまるで遊びでの変装に見える。

 少女は小さな手で机を軽く叩き、少し高めの声で言葉を発する。

「各自準備は出来てるか?」

 少女の前には、何人かの白衣を着た男女が立っていた。全員神妙な面持ちで少女を囲み、ジッと立っている。

「田中、採血の準備は?」

「はい、整備全て完璧です」

 田中と呼ばれた右端の白衣の男が、体を少しずらし、右隣にある装置に手先を向ける。そこには、肘置きが付けられた椅子がいた。

 椅子の周りにはチューブや色々な器具などで取り囲まれている。

「よし」

 少女はそれを確認した後、声を出し正面を向いた。それに合わせ他の男女も少女の方に向きなおす。

「各自捕獲態勢は整ってるか?」

「はい!!」

 その言葉に、前に居た全員が声を張る。

「よし、佐藤! もし暴れた時は?」

「――これで対処を……」

 佐藤と呼ばれた右から二番目の女が片手を胸元まで上げる。そこには長方形のスタンガンが握られていた。女が横のボタンを押すと、バチバチと音を一瞬立たせる。

「レベルは?」

「3ぐらいです。その場に崩れてしばらくは動けないはずです」

「横にいる吉田に試してみろ」

「はい」

「――あぁあっ!!」

 佐藤が左に居た男の腰元にスタンガンを当てた。その瞬間、吉田の体が一瞬跳ね、その場に崩れる。

「吉田どうだ?」

「い、痛くて動けません!!」

「……1~2ぐらいに落とした方が良いな。運ぶのに手間が掛かるし、ある程度歩行能力を失わない程度が……」

「はい、分かりました」

 佐藤がスタンガンの中央にあるレバーを捻る。

「もう少しで奴が来る。準備は万全だ。後は行動を迅速に、一応無能とは言え、相手は一人の男だ。もし暴れたら相当手こずる。意識が本能へと切り替わる前に押えるぞ」

「はい!!」

「よしよし……」

 流れる間。少女が黙り、他も待つ。そして鳴る――腹の音。

「お腹がすいた……」

「食べますか? スルメ」

「うん」

 男の言葉に、少女は頷いた。

 周りの男女が忙しく動き、壁際にあった戸棚から袋に入ったスルメを取り出し、少女の前に、アルコールランプが設置される。

 網を置きスルメを寝かせ、火を点け、しばらく待つ。何かが弾ける音と共に広がる香ばしい匂い。少女が両手を胸元で重ねては小刻みに動かし、今か今かとその時を待つ――その時だ。

 少女の前に置かれた小型の無線機から雑音が入った。少女がすぐさまそれを手に取り声を出す。

「来たか!? どうぞ」

「はい、今階段を上がってます!! どうぞ」

「そのまま追跡、教室近くに来たら報告を、どうぞ」

「はい、今階段を……三階に着きました、教室まではあと少しです。時間合わせ、どうぞ」

「各自配置へ! 目標が来るぞ!」

 少女が声を張り上げ、小さな腕を大きく振るった。その瞬間、緊張の空気が走る。

 前に居た男女は忙しくその場を離れ、左側にある廊下へと出るドアに張り付いた。

 再び聞こえる無線からの雑音。

「目標接近、カウント、5、4、3、2、どうぞ!」

「イケぇええー!!!」

 少女の号令と共に、扉が開かれ、白衣の男女が一斉に廊下に飛び出た。それはまるで戦国での突撃命令のような勢い。

 少女もすぐに向かうため、急ぎ椅子のレバーを押し、高さを落とし飛び跳ね走る。

「な、なんだ!! おい、誰なんだよ!!?」

 廊下で響く男の声。そこへ少女の声が混じる。

「両手両足を押えろ!! 運べー! 運べー!」

「うわわ!! やめっ、麻祁ー!! なんなんだ!!」

「うるさい黙れ!! 佐藤貸せ! 食らえ!!」

「――いてっ!!!」

 廊下で争う男女の声。それとは違い、部屋の中に流れる静けさ。

 存在を強調するようにパチパチと響く音が強さを増す。

 机から現れる震えた右手、干からびたイカが反り返った。

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