第5話 正義の御霊ここにあり。

『クロスオン!!ナ・ガ・マ・サ!エンプレスオブジャスティス!』

 SCCの発声とともに俺は淡い青い光に包まれた。

 信長さんの時とは違って、上半身はさらしと両腕についた籠手のみ、下半身は袴と短い足袋のような感じになった。

 そして頭には鉢金といういかにも修行中の浪人のような格好だ。

 そして恐らくこの背中に背負っている大太刀が長政さんの武器『大正義』なのだろう。

 この武器も信長さんの『天下布武』と同じで見た目のわりに軽い……当時の精練技術はどうなってやがるんだ。

「さて、ひとつやってみるとしますか……って……ん?あれ、抜けない!?」

 いくら引き抜こうとしても背中の大太刀はびくともしない。

「どうなってるんだよこれ!?」

『悪用防止の為に封印が施されてるんです、口上を述べれば解除できるようになっています。今私と一つになっているあなたならわかるはずです』

「お、おうわかった」

 俺は意識を集中させ、自分の意識と長政さんの意識をリンクさせた。

 リンクさせると、長政さんの記憶や思いなども一気に流れ込んできた。

 その中には確かに家族との温かい記憶、その家族が奪われた凄惨な記憶、辱しめられたことによる屈辱と恐怖の記憶……それらが存在していた。

 俺はその記憶の中から、大正義を引き抜くための言霊を手繰り寄せた。

「これか……『勧善懲悪の証たる、浅井の名の元に、抜刀せしは大正義!』」

 俺の発声と同時に背中の大太刀を拘束していたベルト状の拘束具が外れた。

 その刀身は鏡のごとく光を反射し、何ものにも染まることのない、純粋なる意志を映しているようだった。

 その刀身の輝きを見た影夜叉も、流石にたじろいだ。

「これなら、いける!」

『油断だけはしないでくださいね』

 長政さんに警告されつつ、俺はいわゆる袈裟斬りの要領で斬りかかった。

「ヴォアァァァァ!!」

 その太刀筋を影夜叉の斧が防ぐ、あちらの武器も大正義と同様軽い素材で造られているようだ。

 鍔迫り合いになり、俺はあえて一旦バックステップで距離を取った。

 信長さんの時もそうだったけど、SCCで変身するとどう動けば良いのか良くわかる。

『当然です、私達の戦いの記憶が蓄積されているんですから』

 なるほど、そういうことか。

 つまり、基本的には俺の潜在能力が開花したとかでは無いわけか。

『もちろんあなたの霊力との相乗効果という部分もあるんですが』

 少し悲観してたら直ぐ様フォローが入った、その優しさが心に染みるぜ……。

「よし、じゃあ長政さんに胸を借りるつもりでやらせてもらいますか!」

 先程とは違い下段に構え、にじり寄って下から切り上げた。

 すると、驚いた事に影夜叉は左腕で攻撃を受け止めて、そのまま俺の体を投げ飛ばした。

 俺は受け身を取って、その勢いのまま影夜叉の後頭部に蹴りを入れた。

 これはたまらなかったようで、影夜叉の巨体がよろめいた。

 その隙を見逃さず、落としてしまった大正義を蹴りあげて掴み、背後から斬りかかった。

「グボガァァァァ!」

 致命傷には至らなかったものの、相手の動きを鈍らせるには十分な一撃だったようだ。

「これで……終わりだ!」

 俺は、傷のせいで鈍重な動きになった影夜叉を横一文字に斬り抜いた。

「グ……ガァッ……」

 どうやら、これで本当に最後の一撃になったようだ。

「良くやったわね、亮輔」

 本当に戦闘の事には口を出さず、回避することだけに徹していた信長さんがようやく口を開いた。

「ほとんど長政さんのおかげみたいなもんだけどな」

「とりあえずクロスアウトしなさいよ」

「おぉ、そう言えば」

『クロスアウト』の発声とともに、俺の体内から長政さんが出てきた。

 光の粒子で再構築されていく姿はさながら、ソリッドビジョンだ。

 例によってSCCの紅に染まった部分の横が、水色に染まった。

 そのあと俺はとてもマズイことに気が付いてしまった、そう、二人とも先ほど買った水着のままなのだ。

「これは……詰んだな」

 案の定、激昂した二人にたっぷり二時間ほど説教された。……水着のままで。


 ***


 二時間の説教から解放された俺は、疲れきった体で軽めの夕飯を作った。

「何で俺がとばっちり食らってるんだか……」

「りょーちゃんが節操無しだからじゃない?」

「うぉ、突然ムスッとした顔で出てくるなよ」

 今までどこかに隠れていたのか、怒った様子で香菜が現れた。

 前回の雑魚い影夜叉の時もそうだった気がしないでも無いが、まあそんなに気にすることでも無いだろう。

 昔から香菜は臆病なところがあった。

 近所の犬が吠えれば俺の後ろに隠れ、若干漏らし、雷が鳴れば布団に潜り泣きじゃくる。

 そんな香菜だからこそ、怖がって震えてどこかに隠れていたんだろう。

「そっか……怖かったんだろ?悪いな、怖い思いさせて」

「気づくのが遅いのがりょーちゃんの悪いところだと、私は何回も言った気がするんだけど?」

「悪かったって」

 やっぱり、こいつは俺が守ってやらないと……。

 俺は、幼なじみの幽霊少女に対する、その決意を今までより強くしていた。

 まるで、自分の中に正義の心が芽生えたような瞬間だった。


 ◆◆◆


「見つけた……、ついに見付けたわよぉ」

 漆黒の闇の中に、獰猛な笑みを浮かべる女がいた。

 ……否、それはもはや女のカタチをした何者か、そう例えた方が正しい言い方だろう。

 その、紅蓮のごとき双眸は爛々と輝き、どこを見据えているのかわからない、怪しい輝きを放っている。

 そして、大きく裂けた口にはいびつに並んだ牙のような歯が覗く。

 影色の長髪は、夜の闇に溶け込み、意思を持っているかのように不気味に蠢いていた。

 服はズタボロに裂けたようなドレス風の服だった。

「フフフ……とーーっても美味しそうな、かんなぎじゃない?」

 狂気めいた言葉とともに、女の横に漆黒の暴風が巻き上がった。

「そうね、あなたの趣味には合いそうね、久秀」

 久秀、と呼ばれた女の横に、白銀のセミロングの髪をボサボサにした眼鏡の女が現れた。

「あらぁ?珍しいじゃない?孫市ちゃん」

 久秀の横に現れた、孫市という女は久秀の醜悪とも言える顔立ちと並ぶと整いすぎているくらいに、端正な顔立ちだった。

 琥珀の瞳は、確固たる意思を表すかのように、鋭い眼光を放っている。

 通った鼻筋に、軽く結ばれた淡い紅色の薄い唇は見るものに怜悧な印象を与えるには十分だろう。

 ただ、そんな整った顔立ちもボサボサになった髪とは大分ミスマッチで、彼女の魅力を陰らせている要因の一つだ。

 久秀と違い、着ている服も青いダメージジーンズと半袖のカットソーというとても現代的で、ラフな格好だ。

 孫市は、久秀が見つめていた方を見つめて呟くように声を発した。

「へえ……面白そうな少年がいるじゃない」

「ふぅん、孫市ちゃんはあのボウヤがお気にめしたのねぇ」

「そうかもしれない、でも、ボクが目をつけたからには他の誰にも殺らせない」

「ふふ、怖い、怖いわぁ」

 戦国一の謀将と謳われた松永久秀、そして戦国一の傭兵集団雑賀衆、その頭目・雑賀孫市……なぜこの二人が一緒にいるのか、そしてなぜ亮輔と香菜を狙うのか、それはまだ夜の闇が覆い隠すかのように謎のままだった。


 ***


 夜が明け、巡って来た憂鬱の象徴月曜日。

 俺は、新たな問題に直面していた。

「ヤバい……二人の食事とかどうしよう……」

 そう、俺は別に就職しているわけでも、浪人しているわけでもなく普通に学生だ。

 月曜日になれば学校に行かなければならない。

 そして、この生活能力皆無のニート武将二人組に、飯を作っておかなければならない。

 だがしかし、そのことを失念していた俺は、前日に買い出しに行くのを忘れ、冷蔵庫の中身はギリギリ朝飯と弁当のおかずくらいしか残っていなかった。

「仕方無いわね、幽体化すればいいんでしょ?そうすればお腹空かないし」

「その手があったか!」

「その場合、学校についていかせて貰うけどね」

「どっちにしろ地獄か!?」

 自分の飯が減るか、自分の普段見せない姿を見られるか、究極の二択を迫られた俺は……。

「仕方ない……幽体化で頼む」

 やっぱり空腹には抗えなかったのだった。

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