第5話 狩人の鉄則 その五
「GOAAAAAAAAAA!!!」
硬岩蜥蜴が大きな歯の並んだ口を開けて、雄叫びを上げる。
その恐ろしい咆哮に少年たちの頬が引きつった。
鉄分の多い岩などを好んで食べるこいつの歯は、石臼を並べたような平らな形をしている。
鋭さはないが、強靭な顎に囚えられたら、生きながらにしてすり潰される地獄を味わうだろう。
だが龍血によって心身ともに強化された彼らの足は止まらない。
砂丘を滑り降りながら、銃をしっかりと構える。
「尾に注意しろ! 間合いに入るな! 鉤縄銃!」
ルシアドが号令し、少年たちが銃を構え、発射する。
先行するニトの頭上を、縄の付いた鉤爪が飛んで行った。
狙いは落とし穴から這い出てきた左後ろ脚だ。
一つは弾かれたが、残り二つの縄が樹木のように太い足に絡みついた。
「フック!」
「かかってる」
「バギー!」
「いつでも行ける!」
「よし! 引けええええええええっ!!!」
ルシアドの合図で砂丘が盛り上がり、中から四輪駆動のバギーが出てくる。
ニトたちとは別に隠れていた少年がその座席に座り、アクセルを全開で踏み込んだ。
バギーの後部に備え付けられたフックと少年たちの鉤縄銃は接続されてある。
砂地でもしっかりつかめるようスパイクの付いたタイヤが高速回転し、硬岩蜥蜴の脚を引き倒した。
巨体が砂地に横倒しになり、大量の砂が宙を舞う。
「
反対側の砂丘を滑る少年たちが持っていたのは大型の機械弓だ。
すでに矢は装填済み。巻き上げ機によって張り詰めた弦が、発射の時を待っている。
大人でも抱えるのに苦労するであろうその武器も、龍血に酔った少年たちには大した荷物でもない。
支え棒を砂地に突き刺し、しっかりと狙いをつけて
強い反動を肩に残し、鉄板をたやすく貫く矢が放たれた。
拳ほどの大きさの鏃が付いた矢は風を切って、弱点である頚椎に直撃する。
が、そのほとんどが弾かれ、無残に折れた。一本は先端が埋まっているが、そこから血が出ている様子はない。
「くっそ! 自動大弓でも
ルシアドは舌打ちし、起き上がろうとする硬岩蜥蜴の邪魔をするため、さらなる指示を飛ばす。
戦いが始まれば、猟団の指揮はルシアドに一任される。
ニト、そしてナグロが戦闘に集中できるようにだ。
「バギー、もう一回ひっぱれ! やつを立たせるな──」
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
咆哮がルシアドの声をかき消した。
「う、うわああああああっ?!」
縄を引っ張っていたバギーが、逆に硬岩蜥蜴に引きずられ始める。
「る、ルシアド! どうすればいい!?」
「っ……フック、切り離せ! 立たせてもいい! 振り回されるぞ! 距離とれ距離!」
バギーにつながっていた縄を近くにいた少年が短剣で切り離す。バギーは勢い余って砂丘に突っ込み、硬岩蜥蜴はよろめきながらも立ち上がる。
完全に落とし穴から出てきてしまった。
今度はこちらの番だとばかりに、硬岩蜥蜴は鼻息を荒く鳴らし、長い尾を何度も地面に叩きつけた。
睥睨する小さな者ども、
そんな怒りを瞳に宿らせ、硬岩蜥蜴は少年たちを睥睨する。
「へっ、まだ終わりじゃ無いぞ……!」
硬岩蜥蜴の視線を真っ向から睨み返し、ルシアドは不敵に笑う。
「細工は流々、本命はここからだ。行け、ニト!」
少年たちが稼いだ時間は、ニトを硬岩蜥蜴の足元まで容易に接近させていた。
「ここまでは作戦通り……!」
腹の真下。ここならば、牙も尾も届かない。
ニトはその太い樹木のような足を蹴りつけ、同時に脚甲の引き金を引いた。
撃鉄が落ち、装薬が弾け、鉄の杭が分厚い鱗を貫き、硬岩蜥蜴の脚を砕く。
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAA!!??」
突然の激痛に、硬岩蜥蜴は悲鳴を上げ、長い尾をやたらめったらに振り回した。
先端が分銅のように丸く固まった尾は、鞭のようにしなって周囲を破壊したが、そこにはもう誰もいない。
ルシアドの指示にしたがって少年たちはすでに距離を空けていた。
地団駄を踏むように、足元にいるであろうニトを硬岩蜥蜴は何度も踏みつける。
だが、そこにニトの姿はもうない。
ニトはその体質上、龍血の恩恵に預かることが出来ない。
代わりに、身にまとう鎧の声を聞くことにかけては猟団随一だった。
砂兎が宿す加護は、その高い聴力と、そして脚力だ。
砂原を駆ける兎の姿を幻視し、鎧の下の太腿がはちきれんばかりに膨張する。
ニトは脚甲の鉄杭をスパイク代わりに硬岩蜥蜴の脚を駆け上り、大きな背中へと登頂した。
狩人の鉄則、その五。
『獲物は一方的に攻め、何もさせずに速やかに仕留めろ』だ。
激しく暴れる背中の上で膝を曲げ、ニトは脚甲の銃爪を両足とも引いた。
そのすさまじい衝撃と反動は、硬岩蜥蜴の背中をしたたかに打ちのめしながら、ニトの体を一気に首元へと跳躍させた。
空中で身をひねり、膝を曲げ、回転弾倉を回して次の弾薬を装填、撃鉄を起こす。
「
渾身のドロップキックが、真後ろから硬岩蜥蜴の脊椎に叩きこまれた。
二本の爆裂鉄杭は、分厚い鱗を砕き、内皮をむき出しにさせたが──
「っ、浅い……!」
骨の折れる感触がない。やつの頚椎は傷ついていない。
ニトの軽い体重では、鉄杭の威力を最大限に発揮させることが出来なかった。
衝撃で硬岩蜥蜴は前へとつんのめる。短い前腕では体重を支えきれず、大きな頭は落石のように砂地を削った。
硬岩蜥蜴はすぐさま体を起き上がらせ、背中にいるニトを振り落としてやろうと、衝撃に閉じていた目を開けた。
そこには──
「いや、充分だ」
外套をたなびかせる長駆の男が立っていた。
その両手で巨大な剣を構え、振り下ろす直前の体勢で静止している。
「ようやく頭を下げたな、デカブツ」
ナグロ。
飛び蹴りをかましたまま空中にいたニトが、口の中でその名を呼んだ。
長身の男──ナグロは両手大剣の銃爪を引いた。
ニトの爆裂鉄杭とは理念が違う、炸薬加速式機巧剣。
その名の通り、炸薬の爆発力を剣の加速に用いるという、馬鹿げた発想の武器だ。
片刃の大剣の背に開いた排気口から、一気に爆熱が吹き出し、巨大な鉄の塊を急加速させた。
炸薬の加速力は、常の握力では
だが、ナグロは暴れまわる大剣を流水の如き精緻さで操り、鱗の剥げた首筋へ一直線に刃を通した。
その巨大な剣からは考えられないほどの、静かな斬撃音だった。
振りきった大剣の切っ先が砂地に触れ、余波が砂を吹き飛ばす。
それが収まった頃、巨木が倒れるように、ゆっくりと硬岩蜥蜴の大きな頭が落ちた。
青い鮮血が首から勢い良く噴き出す。
堅い首の骨も、分厚い肉も、反対側の鱗さえも、一太刀のもとに切断する達人の一撃だった。
「ニト、よくやった。お前の手柄だ」
「どこがさ……。全部ナグロが持ってっちゃったじゃないか……」
青い血にまみれながら、拳を掲げて労う我らが団長に、ニトは深くため息をついた。
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