第5話 ラウラの誘い


 俊は美術室で仕上げていた、草花を描いた水彩画を。


 数日前に美術部の写生会で訪れた霧降高原の草花をモチーフにした絵。霧降高原は日光市の市街地の北側に位置しハイキングコースやスキー場が整備され、自然を満喫できるリゾート地であり、高原植物の宝庫としても名高い。

 

 俊たちが足を運んだキスゲ平は100種類を越す花が春から秋にかけて咲き乱れる。特に初夏に黄色い花をつけるニッコウキスゲは二十数万株存在するとされ、その光景は圧巻でもある。俊たちが訪れたときはまだニッコウキスゲは咲き始めだったけれどもそれでも美術部員たちは高原の草花が織り成す佳景にその日、目を奪われたのであった。


「藤原君はいつもながら、色使いがうまいわね~。ニッコウキスゲが生き生きしている!」


 先輩の戦場ヶ原が感心していた。


「ウチモソウ思ウデ!」


 ラウラも同意する。俊の画用紙のニッコウキスゲは花の可憐さと優しい色彩が表現されていた。 

 

 一方、ラウラは霧降高原に多い滝の光景を描いていたが、俊の絵と対照的に力強い。水しぶきがほとばしるような絵になりつつあった。


「霧降高原よかったなぁ~。」


 俊が思い出したように言うとラウラが


「ウン、ホンマニ良カッタ!景色、キレイダッタ。ソフトクリームモメチャ美味シカッタ」

「美味しかったですね!本当に~」


 1年生の光徳こうとく美奈みなも頷く。


「おいしかったなぁ~。近くの牧場の牛乳を使ってるそうだよ、あそこのソフトクリームは」


こう俊が付け加えるとラウラは


「地産地消ヤネ~」

「ラウラさんはいろんな言葉を知ってるわ~」


と戦場ヶ原が妙に感心する。美術部にはアットホームな雰囲気があった。


部長の戦場ヶ原がほんわりした人だったこともあるが、他の部員たちもどこかのんびりしていた。部員は全部で10人ほど。よく部室に顔を出すのは今日いる4人。残りの部員はたまに活動したり、幽霊部員的な存在になっていた。


 俊は幼いころから絵を描くのが好きだった。勉強や体育は苦手だったが、図画工作は得意だった。中学からは美術部に入り、イラストや水彩画を描いていた。美術は俊にとって数少ない自信を持てる分野である。


 高校も美術部を選んだ。顧問の教師も部長の戦場ヶ原も技法を教えた上で、自由に描かせてくれるから美術部は俊にとって大切な「居場所」の一つと言えた。

高校生になって油絵も描くようになったが、水彩画の透明な質感と優しい色合いが好きだった。


 4人が時々おしゃべりをしてそれぞれの作品に向き合っているうちに、部活動終了時間を知らせる校内放送が聞こえた。


「今日の部活はこれにて終了!」


 部長の戦場ヶ原が宣言し、おのおの帰り支度に取り掛かった。するとラウラが小声で


「俊、帰リニ少シ話アルネン。一緒ニ途中マデ帰ロウ」


 俊は珍しいことがあるなぁと思いつつすぐに頷いた。


 校門を出て、俊とラウラは歩いていた。ラウラは少しソワソワしているようだった。


「ラウラ、話って何だ?」


 ラウラはしばしためらった後、俊の顔を見て


「今度、ウチヲ俊ノオ気二入リノ場所ニ連レテ行ッテ欲シイネン」

「どうしたんだ、急に?」


 俊は驚いた。美術部のメンバーを交えて写生会に行ったり、お茶したり、カラオケに行ったりしたことはあるけれども一対一は初めてだったからだ。 

 ラウラは少し赤くなって


「理由ハソノ時、話ス。来週ノ土曜日カ日曜日、大丈夫?」

「土曜日なら、大丈夫だよ」

「ソウ?ソシタラ待チ合ワセ場所ト時間ハ俊ガ決メテ。決マッタラ、ウチニ知ラセテ」

「分かった。今日か明日中、メールで知らせるよ」

「ホナ、サイナラ」


 ラウラは早足で最寄りの駅の方向へ去っていった。今日は母親が駅のロータリーに車で迎えに来るとのことだった。


(これはデートの誘いなんだろうか?それとも何か別の?)


 真琴のことで落ち込んでいた俊には、気分が明るくなることではあった。

 

 ラウラは去年の秋に転校してきた。父親が日光市内の外資系ホテルに数年前に赴任し単身で暮らしていたが、家族でしばらく日本に住みたいという父の希望でラウラは母とともに来日したのだった。ラウラも日本のポップカルチャーに興味があったからドイツの友人と離れるのはさびしかったが、日本に住むのが嫌ではなかったという。


 クラスメートたちは転校してきたラウラの西洋人形のような可愛らしさに目を見張るともに独特の関西弁?にいっそうびっくりした。ラウラは日本のアニメやお笑いが好きで来日前から日本のコンテンツに親しんでいた。それでいつの間にかお笑い風の日本語が身についたらしかった。


 ラウラは俊と同じく絵やイラストを描くのが好きだったから、座席が近かった俊とは自然に話題が合い、彼女も美術部に入るようになったのである。


ラウラに接して話を聞いていると、同年齢の女子高生よりもずっと大人な考えを持っていた。将来の進路のこと、芸術の世界のこと、地球環境のこと、国際政治のこと、ラウラと交流することで俊の視野は格段に広がったように感じられる。


 高校卒業後に進路として、美大・芸大を目指すようになったのもラウラとの出会いが大きかったかもしれない。


 ラウラは2年のクラス替えで1番仲が良かった友人、大笹おおささ千佳ちえと別のクラスになり、千佳がいる隣のクラスにしょっちゅう行っていた。同じクラスの女子とは悪くない関係であったが、千佳ほど親しい友人はなく、クラスでは部活を同じくする俊と一番親しく話しているのであった。


(お気に入りの場所に連れて行ってか……。 どこにしよう?)


 そんなことを思いながら彼はそこから程遠くない場所にある書店に向かった。この日発売のアニメ雑誌が見るためである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る