2 駐車場(1)

「まーちゃん、なかなか来ないねー」


 そろそろ待ちくたびれてきた美奈が、助手席の頭部を後ろから抱えたまま言った。髪型や服装はすでに普段のものに戻っている。

 窓の外はもうすっかり闇に沈みこんでしまっていて、その中で明るく浮かび上がっている空港は、まるで蝋燭に火を灯されたクリスマスケーキのように見えた。

 きっとあの光も、ちょっと何かが起こったら、たちまち消えてしまうのだ。


「もしかして」


 美奈の退屈しきった顔に、ふと悪戯っぽい笑みが浮かんだ。


「やっぱりウォーンライトがよくて、一緒に飛行機乗っちゃってたりして!」

「美奈ー」


 その隣にいた夕夜が冷ややかにたしなめる。彼も美奈と同様、普段の服装に戻っていた。


「だってー、わざわざ見送りにいくなんて、やっぱり怪しいじゃなーい。若ちゃんにとっては大迷惑だったのにさー。……若ちゃんも! 何で止めなかったのよ!」


 美奈は今度は運転席にいる若林にからみはじめた。


「止めるって……そんな権限、俺にはないし……」


 いきなり水を向けられて、若林はしどろもどろになった。彼ももう普段着である。うちに帰ってから真っ先に着替えた。


「若ちゃん以外に誰がそんな権限持ってるのよ! 若ちゃん、まーちゃんのダンナさんでしょッ!」


 若林の相変わらずの弱腰に、美奈はいい退屈しのぎが見つかったとばかりに彼を責め立てる。


「いや、まだ結婚してないけど」


 一応そう断ってから、若林は穏やかに言葉を継いだ。


「でも、俺は正木を縛るために結婚するんじゃないよ。正木を自由にしてやりたいから結婚するんだ。おまえの言うとおり、俺が何も言わなければ、誰にもあいつを止める権限はないからな」


 美奈はきょとんとした顔をして若林を見つめていたが、不満そうに眉をひそめた。


「何か、若ちゃんだけが損してるみたい」

「そうか?」


 若林は思わず笑った。確かに外から見たらそう思えるかもしれない。


「でも、自由じゃない正木なんて、正木じゃないじゃないか。俺は自由な正木が好きだから正木を自由にしてやりたい。ただそれだけだよ」

「だからって、まーちゃんがウォーンライトんとこに行っちゃったりしてもいいの? 止めたりしないの?」


 化粧を落としてもなお赤い唇をとがらせて美奈が言う。

 若林は少し考え、口を開いた。


「それが正木の意志なら。でも、正木は行かないよ。ちゃんと戻ってくるよ」

「どーしてそう言いきれるのよ? そんなに自分に自信があるわけ?」


 これには若林も苦笑するしかなかった。


「いや、自信はないけど……でも、戻ってくる」


 自信はないと言いつつ、若林は断固たる口調で言いきった。


「矛盾してる」


 美奈が鋭くその点を突いたときだった。

 それまで黙って二人のやりとりを聞いていた夕夜が、ふと気がついて顔を上げた。だが、ほぼ同時に二人も気がついたようだ。

 駐車している車の間を縫って、白い人影が一人、寒そうに肩をすくめてこちらに向かって歩いてきていた。

 やがて、その人影はあの美しい男の形をとり、白い息を吐きながら、助手席の窓を照れくさそうにノックしてきた。


「ほら、戻ってきたろ?」


 得意げに若林が夕夜たちを振り返る。

 夕夜たちは互いの顔を見合わせると、当てられたような苦笑を漏らしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る