第2話 びっくりした?

 団長から電話があったその日のうちに、エリナ、つまり俺の姉貴である『里奈』には、団長宅での食事会の事を伝えた。もちろんグラマンの事もね。


 里奈とはつい先日、恋人宣言を行ったばかりだ。まあでも、それをしたからって何か変わるわけでもなかったけどな。当たり前だけど。


「ええええええ!グラマンも来るの?ホントに?」


 グラマンの事を聞いた里奈は、好奇心で目をキラキラと輝かせながら、前のめりで聞いてきた。あれ?もっと嫌がるかと思ってたけど、割と好印象な感じか?


「いや、姉貴はもしかしたら嫌がるかな~とか思ってたんだけど」


「あ、ああ・・・。まあ確かにグラマンは苦手だけど、中の人が一体どんな人なのかは気になるじゃない?」


 ふむ、やはり好奇心が勝ってしまった感じか。そういう俺も、めっちゃ気になってるからな。あのロールプレイ野郎が、リアルでは一体どんな奴なのか。


「どうする?あのまんまだったらさ」


「あんたに会った途端『黒を征する者よ!』とか叫んだりしてw」


「まじで勘弁してくれ・・・」

 

 ゲーム内で賑やかな人が、オフ会では大人しかったって話はよく聞くけど、意外とすっげえ大人しかったりしてな。いや、無いな、うん。



 次の日、俺は学校の昼休みにいつものように燈色ひいろと昼食を食べていた。昼飯を食べながらブラックアース談義に花を咲かせる。


 実は一度だけ、俺の友人で、ブラックアースに最近復帰してきた『火雷利久からいりく』も、俺と燈色の昼食に混じった事がある。と言うより、以前から一緒に食べている俺たちを見て、『お前だけずるい!俺も燈色ちゃんとの食事に混ぜろ!』とうるさかったんだ。


 なので燈色に無理を言って、一緒に飯を食う事になったんだ。利久の奴そりゃあご機嫌で屋上まで来たよ。『燈色ちゃんて休みの日とか何してるのかな?』とか『燈色ちゃん彼氏いないよな?』とか完全に浮かれモードだった。


 だが、そんな利久の浮かれモードも飯を食いだしたところで終了した。だって会話の内容がさ、『深淵しんえんの森B3ゾーンにおける、マジックポイントの管理方法』とか『魔法攻撃が激しくなるであろう今後の狩場での装備の選択』についてだとか、あいつが考えていたような『浮かれた』話は全く無かったわけで・・・。


 それでもあいつは頑張ってはいたんだ。『燈色ちゃんは休みの日は何やってるの?』とか質問してた。燈色はもちろん『ブラックアースです』って答えてたけどな。


 でもあいつは諦めなかった。『燈色ちゃんて趣味とかあるの?』と、果敢に質問していたんだ。燈色の答えはもちろん『ブラックアース』です。いや、さすがの利久も意気消沈してたと思う。しかしそこは鋼の心臓を持つ男、こんな事ぐらいでは引き下がらなかった。


「えっと、ブラックアース以外での趣味は?」


「それは何かブラックアースに関係あるんですか?」


「燈色ちゃんの服のセンスって凄く良いよね!」


「・・・?」


 しかしこの流れで一気に轟沈ごうちんしてしまった。燈色は最後には「この人なんで関係ない話してくるの?」みたいな不思議そうな顔で利久を見ていたなあ。俺もすっかり忘れてたけど、燈色はこういう奴だったよな。うん。そして次の日から利久は、燈色と一緒に昼ご飯を食べたいとは言わなくなった。


 利久、かわいそうな子><


 おっと話が逸れてしまった。


「そういうわけで、お前も誘われてるんだけど、都合つきそうか?」


 俺は団長から食事会に燈色や里奈も誘われていること燈色に告げた。あと、グラマンも参加する予定って事もね。こいつも里奈と一緒で、グラマンの事苦手にしてるからなあ。


「大丈夫です。あのナル男も参加ですか・・・。少し楽しみです」


 とか思ってたら、里奈と同じで意外な返事が返ってきた。


「お前、グラマンの事苦手じゃなかったっけ?」


 姉貴にしてみたのと同じような質問を燈色にしてみる。


「まあそうですけど、中の人がどうなのかは興味があるじゃないですか」


 なるほどなあ。みんな結局考えてる事は一緒なわけだ。『一体リアルグラマンはどういう奴なんだ?』ってね。若干食事会の趣旨しゅしが変わってきている気がしないでもないが、問題はないでだろう。そういう俺だって、何が一番楽しみか?って聞かれたら、そりゃあ「グラマンとの対面だ」って答えるね。


 あ、利久の奴も参加する事になった。千隼さんが参加する事を聞くや否や、速攻で「行く!」って返事が返ってきて、ちょっと苦笑いしそうになった。千隼さんに迷惑かけなきゃいいけどなあ。


 そして食事会当日。


 玄関のチャイムが鳴り、応対に出た里奈と一緒に燈色がリビングへと入ってきた。


「こんにちは、お邪魔します」


「よ、いらっしゃい」


 俺はリビングに入ってきた後輩女子に軽く挨拶した。


 何故燈色が来ているかと言うと、俺と里奈と二人で団長の家へ行くと色々とあれなんで、燈色も一緒に3人で、って事になってたんだ。さっきまでは。


 なんで「さっきまで」なのかって言うと、ちょっと前に団長から俺に電話があったんだ。電話の内容は『俺だけ2時間前に来てくれないか?』との事だった。


「えっと、俺だけ?何でです?」


「えっと、詳しい事はこっちで話そうと思うんだけど、どう?これそう?」


「ええまあ、大丈夫だと思います」


「ホント?じゃあ、よろしく頼むね!」


 団長からは、何故か「俺だけ先に呼ばれたのは内緒で」と言われたので、里奈と燈色には、ちょっと用事があるから、俺だけ早めに出ると言った。


「なんの用事があるのよ?」


って当然のように突っ込まれたので、俺は予め考えていた言い訳を話し始めた。


「実は友達とさ、AMG社の新しいグラフィックボードRG-480とMVIDIAのCTXシリーズを下見に行くんだ。RG-480は、単体ではCTXのパフォーマンスには及ばないけど、2枚差しすることで、パフォーマンスはもちろん、コストの面でもかなりCTXに比べて有利なわけで・・・」


「はいストーップ!」


「何?」


「わかったからもういい」


 そう言って、ココアのおかわりを作り始める。


「集まりには時間通り来なさいよ」


「へいへい」


 よっしゃ作戦成功だぜ!里奈の奴、自分がわからない難しい話になると、途中で話を打ち切ると言うスキルを持ってるからな。今回はそれを利用させてもらった。けれど、もうちょっとしゃべらせてくれても良かったんじゃないかな・・・。


 それにしても、「くれぐれも一人で来るんだよ?頼むよ?」等と、念を押されてしまったのが非常に気になる所だ。一体俺に何をさせようというんだろうか?それとも何か見せたいものでもあるの?うーむわからん。


 団長の家は隣駅周辺なので、電車で10分もかからない。駅を降りるとそれなりに賑やかな通りに出た。確か近所には、自由同盟初のオフ会を行ったカラオケハウスがあったはずだ。思えば、ここで燈色や千隼さんと初めて会ったんだよなあ。


 そしてもう少し歩くと、ネットカフェが見えて来た。このネットカフェで、俺は初めて団長夫妻と出会い、そしてブラックアースを始めたんだ。懐かしいな。


 そして俺は、ネットカフェ前にあるバスの停留所から、団長に教えられた通りのバスに乗車し、そして言われたとおりの停留所で下車した。徒歩でも良かったんだけど、迷ったりしたら洒落にならないしな。そしてこれまた指定された通りに歩いていくと、「桐原」と書かれた表札を発見。


 家自体は決してでかくは無いけど、むしろ庭のほうに比重がおかれてるような設計思想を感じるな。門から玄関まで、きれいな色とりどりの花が植えられていて、住んでる人のセンスの良さを感じてしまう。


 その綺麗な花の間を抜け、玄関まで来た俺はチャイムを押そうとした。


「ガチャッ」


 押そうとしたが、急に玄関のドアが開いたため押すのを中止した。もしかしたら団長か明海さんあたりが窓からみていて、出迎えに出てくれたのかもしれないな。そう思いながら、ドアの向こうにいる人物を確認した。


 お嬢様がそこに立っていました。


 お前は何を言ってるんだ?と思うかもしれんが実際そうなんだから仕方ない。


 ゆるふわのセミロング、って言うの?肩くらいまで伸ばした毛先がふわふわの髪の毛に、ちょっと下がり気味のぱっちりまつ毛の目。たぶん、俺と同じ高校生くらいの上品そうな佇まいの女の子がそこには立っていたんだ。


 一瞬家を間違えたかと思って表札を見直してみたが、そこには「桐原」って書いてある。どうやら間違いではなさそうだ。って事は、この子どなたなんでしょう?


「あの、桐原礼二さんのお宅で間違いなかったでしょうか・・・?」


 恐る恐る聞いてみた。こくん、と頷く彼女。そして次の瞬間信じられないセリフが彼女から出て来た。


「あの・・・、ダークさん・・・でしょうか?」


「・・・え!?」


 な、なんで俺のこと知ってるのこの子!?しかもキャラクターネームを言ってきたって事は、ブラックアースプレイヤーって事だよね?でも俺、こんな子と面識なんかねーぞ?


「あー、ダーク君来てたの?」


 俺が軽く混乱してると団長こと、桐原さんがやってきた。


「あ、こんにちは。たった今着いたところです」


「ごめんね、急に無理言って」


「いやいや、大丈夫ですよ。あの、ところで・・・」


 と、言って、俺は彼女の方を向いた。


「ああ、えっとねえ、今日早めに来てもらったのは彼女の事でちょっと話があってね。びっくりした?」


「えっと、ブラックアースのプレイヤーの人・・ですよね?いや、俺のキャラクターネーム知ってたんで」


「あれ?まだ自己紹介してなかったの?」


 団長が彼女に訪ねると、女の子は「こくん」と頷く。


「ごめんね、この子かなりの恥ずかしがりやでさ、男の子と話すのなんか凄い大変なんだよ」


 ああ、まあそれは見てればわかる。だってさっきから、まともに俺の顔を見ようとしないもん。だから最初は嫌われでもしてるのかとおもたんだけど、考えてみりゃ初対面だしな。しかし、さっきはよく俺に話しかけて来たな~と変な感心をしているとこだった。今も半分くらい、団長の後ろに隠れている。


「えっとじゃあ、僕の方から紹介しようかな」


 そういうと、団長は俺の方に腕を向けて話し始める


「こちらは、黒部真司君高校2年生だよ。自由同盟のメンバーで、キャラクターは『ダークマスター』、職業は剣士だよ、ってそれは知ってるか」


 と、軽く笑う団長とうなずく女の子。いや、俺の方は全く知らないわけだが、とりあえず挨拶しとくか。


「あ、黒部真司です。よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 俺が頭を下げると、彼女は深々とお辞儀をしてきた。こんなお辞儀、私生活で見たことないよ俺。どっかのお嬢様か何かなのか?


「そして、こちらが『桜菜実明さくらなみはる』さん、こちらも高校2年生、真司君と一緒の学年になるね」


 そして、団長の次の言葉で、俺の思考回路はしばらく麻痺してしまう事になる。


「ブラックアースのキャラクター名は『グランドマスター』だよ」


 そして最後にこう言った。


「びっくりした?」

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