第一章 Meeting Beside the Lotus Pond 蓮華亭会談
第一章 1 ワガハイは自由人である……はず
竹刀を打ち合う稽古の音がうるさくて眼が醒めると、二階の自分の布団の中にいた。
しかたなく起き出したが、小春日和に誘われて土蔵の高い屋根に登ってひなたぼっこしているうちに、寝不足のせいでまたウトウトしてきた。
そこにワガハイがのそのそと上がってきた。
ワガハイは昨夜、
ワガハイに問われるままに、おいらは澄田川での実験の後の出来事のことを話した。
「ふーん。いよいよ戦いが始まるのかなあ。平和な
となりに腰をおろしたワガハイが、うららかな秋空を見上げながらいった。
ワガハイにいったのは、警官隊に追われてヒジカタとカイシュウ先生に救われたこと。
そして、大警視カワジにつきまとわれたが、
リョウマは、政府軍や
本気……いや、正気の沙汰とは思えなかったからだ。
しかも帰る途中で刺客に襲われたなんて、口が裂けてもいえない。
リョウマが今も命を狙われていることもそうだが、犯人が死んだはずの
「平和でもないぞ。目立つ事件が起こってないってだけだ。新政府の手先の警察隊が眼を光らせて見張っているから、だれもがうかつに動けずにいるんじゃ」
おいらにはそんないい方しかできなかった。
「おまえ、矛盾したことをいってるぞ。
たしかにそのとおりだ。
政府軍とサムライとの衝突はたぶん避けられない。
みんな起こってほしくないことばかりだ。
だけど、リョウマたちはそれを防ぐつもりだという。
そんなことがもし可能ならとは思うが、あまりにも非現実的な話でとても想像がつかない。
「おいらにはようわからん。おまえにはわかるのか?」
「簡単なことさ。サムライが勝って武士の特権を取りもどそうが、政府がそれを抑えこんで独裁政治を堅固にしようが、
「大人たちの問題だと知らんぷりしてるわけにはいかないんだな。おまえは、どうしたらいいと思う? 何を望んでる?」
ワガハイは生意気にも腕組みなんかして、しばらく考えこんだ。
「……わが輩が生まれたのは
「おいらもそうじゃ。リョウマが
何をいいだすつもりなのかといぶかしみながら、おいらは応じた。
「そうだったな。おまえは欧米をさまよいながら大きくなったが、わが輩が育ってきたのは、
「そうか、それはみんな、おいらたちが生まれてからたった一〇年の間に起こったことだったんだな」
「大人たちは最初こそ新しい時代の到来に、文明開化だ、ご維新だと浮かれ騒いでいたが、その実態がわかってくるにつれ、不安になってきた。『おまえは自由に生きられる時代に生まれてよかったな』ときまっていうくせに、大半は新時代に対応できず、古い価値観にしがみつくか、若い世代の者に『なんとかしてくれ』とすがりつくばかりだ」
ワガハイの口調から、だんだんと皮肉っぽい一種の余裕が消えていった。
「わが輩の生家は先祖代々の名主だったが、時代の波に押し流されるままに没落しつつある。それで、使用人夫婦を独立させて、わが輩をその養子に出した。義理の親たちはわが輩をずいぶんちやほやして育てた。だけど、それはみんな、わが輩に恩を着せて、自分たちを安楽に養ってもらおうという魂胆でしていたことだったんだ。それがあまりにも露骨になってきたんで、実の親はやむなくわが輩を取りもどした」
「じゃあ、親元に帰ってこられてよかったじゃないか」
「そんなことはない。育てるのが負担だったから養子に出したんだ。もどってきたからといって、今さら愛情がわくわけじゃない。やっぱりわが輩はよけい者なのさ」
ワガハイは口の端をゆがめていった。
「そうか、複雑な事情があるんじゃな……」
「わが輩はたしかに、自由に生きられる時代に生まれ合わせたと思っている。だが、そういう当の大人たちは、だれ一人自由に生きようとしていない。そして、こっちを自由にしてくれようともしない」
「うーん。だったら、もう少し年齢がいけばできるんじゃないか?」
「現実はそんなに単純にはいかないさ。浮き世のしがらみってものにがんじがらめにされてる。大人になればなるほどよけいひどくなっていくだろう。気持ちだけは自由にってのは、いうのはたやすいがどうしたって顔や行動に出る。出れば当然叩かれる」
「そうか……」
「まあ、他人に理解されなくてもかまわないし、自分の理想といえるほど明確なものはまだ見えてきてないが、せめて希望だけでも持っていたいんだよ」
「そうだな。希望を持つくらいなら、だれにも文句はいわれないだろう」
「それが、近ごろなんとなくわかってきた。……というのは、おまえのオヤジと出会ったからなんだ」
「リョウマとだって?」
おいらは驚いてワガハイのほうをふり返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます