第五章 2 女道場主サナコさん
「ほんとに生きていらっしゃったんですね!」
土蔵の中に招き入れ、茶などをいれてようやく落ち着くと、サナコさんはあらためてリョウマの顔をまじまじと見つめた。
そうするとこんどはみるみる涙が眼にこみ上げてきて、わっと顔をつっぷして泣きだしてしまった。
リョウマはせっかちだといったが、おいらには実にはっきりしてわかりやすい、さっぱりとした性格の女性に思えた。
歳はリョウマのいくつか下だろう。
中年にさしかかる年齢のはずだが、身のこなしは薙刀を自在にあやつるくらいキビキビしているし、小さくて整った顔立ちに大きな眼をしていて、結婚もしていないらしく、まだ娘のような初々しさが感じられた。
リョウマがこれまでのいきさつをひととおり語り終えると、サナコさんはもう涙もなく、興味深そうにうなずいた。
「……そうでしたか、暗殺を生き延びたことを隠すために、長い間ずっと異国にいらっしゃっていたわけですね。生まれたばかりの娘さんまで連れて……」
サナコさんはそういっておいらのほうをチラリと横眼で見たが、その表情にはかすかな敵意のようなものが感じられた。
おいらがおリョウさんの子どもだということが、きっと気持ちの上で引っかかっているにちがいない。
サナコさんがずっとリョウマに想いを寄せていたらしいことは、おいらにはすぐにわかった。
「さな子さんはどうしちょったんです?」
おいらもそれが気になった。
道場の看板は、いちおう出ているといえなくもないが、道場といえば練習場のことだろう。
それらしい建物はどこにも見えない。
それに、剣を引っさげてサナコさんの助太刀に現れたのは、明らかにおいらより歳下の二、三人をふくめて、いちばん年長でも十代半ばに達していないような子どもばかり一〇人ほど。
中に女の子さえ二人もまじっていて、だれもが着古した粗末な着物姿だった。
おいらがこっそり探るように周りに座った子どもたちを見まわすと、むこうも同じような眼でこっちを見ているのがわかった。
「維新のころまでは、これからはだれでもサムライになれる時代になるからと、町人のお弟子さんもどんどん増えて景気がよかったんですけれどね。戦火がおさまったとたんに道場も空っぽですよ。兄は
「しかし、このように……」
「ええ。ひどい大火があって、その後の
サナコさんはくったくなく笑った。
「それはひと安心じゃ。しかし、この子らは……」
リョウマは聞きにくそうにそのことを切り出した。
おいらも気になっていた。
見るからに、謝礼を払って剣術を習わせられるような家の子どもたちとは思えなかったのだ。
「維新の最大の犠牲者は、実はこの子たちかもしれません」
サナコさんは背筋をピンと伸ばし、神妙な表情で子どもたちの顔をひとつひとつ見つめながらいった。
「戦災で家族を失ったというのか?」
「いいえ。龍馬さまのお師匠さんの
リョウマもおいらも首をかしげた。
「聞けば、江渡は世界有数の人口を誇る巨大都市だったのだそうですね。でも、その中身は、驚いたことに半数がサムライだったのですわ」
「そうか。わしだって、剣術見習いでやって来ちょっただけじゃった。サムライは用がなくなれば国もとへ帰る。藩ばかりかサムライの身分も消滅してしまった今となっては、やつらが新首都となった東亰にいる意味はまったくなくなったんじゃな」
「そのとおりです。サムライは江渡ではお金を使うだけで、まったく働いていませんでした。残された町人の多くこそ、サムライの生活をささえていたのです。サムライが去ってしまい、とたんに彼らには仕事がなくなりました。維新後、急速に東亰から人がいなくなり、どうすることもできなくて餓死する者も多数出ました」
リョウマは、黙りこくってこちらを見ている子どもたちをあらためて見つめた。
「では、この子らは、親兄弟から見放された者や、やっと生き残った者なのか……」
「そうなのです。わたしはある日、街角に捨てられていた赤ん坊をあわれに思って拾いました。すると、その噂を聞いた人が、連れていけない子どもを預けに来ました。黙って土蔵の前に置き去りにされた子もいます。女手ひとつのわたしには限界がありますから、知り合いに頼んで引き取ってもらったり、お店の小間使いなどに紹介したりもしましたが、多いときにはこの倍近くの子どもたちを養っていましたね」
サナコさんが東亰を離れることができなかった理由のひとつがそれだったのだ。
「それで、さな子さん自身の生活は、ちゃんと成り立っちょるのか?」
「一時はかなり苦しい思いもしましたけど、たいがいの問題は時間が解決してくれるものですわ。子どもはすぐに大きくなって手がかからなくなるし、たがいに助け合うようにもなります。そのうち、働きに行ったり、自立してくれる子も出てきました。その点、やはりここはなんといっても
そういって、サナコさんが明るい声をたてて笑うと、何人かの子どもたちも白い歯を見せて笑顔になった。
「そうか。いやあ、それはよかった。わしも、どうしたものかと迷っちょったんじゃ」
リョウマはボサボサ頭をかきながらいった。
「何を迷っていらっしゃったんです?」
「わしは死んだことになっとる身じゃ。へたなところに泊まったりしたら、怪しまれたり身分を追及されたりする恐れもある。今はもうかくまってくれる
そのとたん、サナコさんの小ぶりの顔は、日の出の最初の光を浴びたようにみるみる輝きだした。
「ええ、ええ、もちろんかまいませんわ。さな子が一身に代えて龍馬さまをお守りいたします。どうぞ、いつまでもここにいらっしゃってくださいませ!」
「ありがたい。娘ともどもやっかいになる。みんなもよろしく頼むぜよ」
リョウマが例によってニヤニヤしながら子どもたちにも気安く頭を下げると、こんどこそほとんどの子どもたちがワッと声をそろえて笑った。
おいらもリョウマにならっておじぎしたが、顔を上げたとき、ほかの子どもたちから一人離れて二階につづく階段に腰かけていたあばたヅラの男の子と、バッタリ眼が合った。
そいつは、フンと生意気そうな表情をして横を向いてしまった。
不思議な少年、
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