竜王の誕生祭1




 王都の目抜き通りは、光を浴びて白く光るような石煉瓦の壁、煉瓦が敷き詰められた道と赤い屋根が軒を連ねていて普段から目を見張らずにいられないほど壮麗だ。しかも今は窓から窓に渡された綱に無数の国旗が翻り、飾れる限りの場所に花が飾られ、紙吹雪が舞い踊り、行き交う人々もまた一張羅を着て出歩いているから尚更華やかだった。

 翻る旗を見るに、王都は竜王が祝福を受けて百年目を祝う祭りの真っ最中ということらしい。


 森羅はその祭り特有の喧騒に気圧され、半歩後ずさりそうな気分だった。双樹は街に入る時はいつもひどく緊張するが、こんな喧噪に立ち入っても大丈夫だろうかとちらりとみやれば、当人はそんな心配を余所にキラキラと目を輝かせていた。


「ねぇ森羅、ちょっとあそこ見てきていいかな?」


 返事が待ちきれないのか足踏みしながら聞いてくるから森羅は苦笑するしかない。


「双樹、遊びにきたんじゃないだろう?」


 竜王の暴走を止める。

 その使命のために王都に足を向けたのだから。


「わかってるって! ちょっとだけ、ね?」


 ふぅ、とため息をひとつつくと、森羅は双樹のフードをくいっと引き下げ、全身を覆い隠すマントの合わせを深くしてから留め金を付けなおした。

 森羅と違って真正の竜である双樹は完全に人の姿になっても、耳は少し尖り、目は爬虫類のままで、咄嗟の出来事には一部竜に戻ることもある。だから、基本的にはこうやって頭から足まですっぽりと隠している。


「……ちょっとだけだよ」


 不安げに見上げていた双樹の顔がぱぁっと明るく輝いた。

 うんっ!と、無邪気な笑顔で元気いっぱいに返事をした双樹は、次の瞬間には賑やかな喧噪の中に消えていった。


「双樹、手をつながないとはぐれるよ」

「うん」


 ちょろちょろと出店を覗いては戻ってくる双樹を窘めてみるけれど、返事は上の空だ。

 いつのまにか出店のひとつでもらったらしいお菓子を片手に戻ってきた双樹は、本当にかわいらしい無邪気な子供そのもので、もはや緊張感がないと怒る気にもなれずに頬を緩めた。


「わ、甘い! ね、ね、森羅も食べてみる?」


 ふわふわした雲みたいなお菓子を頬張り、感嘆の声を漏らした双樹が無邪気に味見を勧めるが、森羅はただ苦笑する。


「いらないよ。食べる必要がないくせにもう――」


 双樹は人が嫌いだというわりに、人の作ったものだとか生活にはとても興味があるらしい。


「あ、あっちはなんだろう」

「双樹、待って」


 また別の出店に興味をひかれたらしい双樹の手首を掴んでひきとめる。森羅は首を傾げる双樹のフードを外し、長い横髪で耳を隠した。


「仮装してる人がたくさんいるから、これでも大丈夫だと思う」


 顔を隠すような風体で、あんな無邪気に駆け回られたら不自然過ぎて、かえって目立つ。折しも竜王の生誕祭で、作り物の尖耳をつけて仮装をした子供達も駆け回っている。あとは、興奮しすぎて竜に戻らないように気をつけておけばいい。


「うん、ありがとう」


 双樹は視界が晴れたおかげで全開の笑顔を浮かべると、飛び跳ねそうな勢いで返事もそこそこに走って行き、森羅は苦笑いで歩いて追いかける。




 双樹はこどもたちが嬉しそうに声を上げ、人垣を作っている一角に顔を覗かせた。


 それは紙芝居だった。


 おじさんがこどもたちにお菓子を配り、もうすぐはじまるよと呼びかける。

 鮮やかな赤いフレームの中には〈竜王の生誕〉というタイトルが書かれていた。


 おじさんは絵を一枚めくり、よく通る声で語り始める。


「百年の昔、森には悪い魔女が住んでいました。魔女はリュイナールの街に潜み、人を惑わせたりして王を脅かしていました」


 絵は、黒いローブを羽織った老婆がにたにた笑いながら怪しい紫色の鍋をかき混ぜ、王冠を被った人間が頭を悩ませている様子が描かれている。

 怖がる小さな女の子を満足げに眺めながら、おじさんが絵をめくり、おどろおどろした声を一転、朗らかにする。


「――困った王の前に、ある日、神様が使わした白い竜が現れたのです!」


 キラキラした白い竜が空から舞い降り、王に祝福を与える絵。子供達の間に安堵の空気が流れると、おじさんは再び怖い顔をして絵をめくる。


「しかし魔女は竜をも惑わせ、街を襲わせました。――これが後にリュイナールの悲劇と呼ばれる大事件だ」


 小太鼓がとことんっと軽快な音を慣らす。


 暴れる竜にたくさんの人々が襲われる様子が描かれた残酷な絵は、おじさんが一言だけ解説を加えて、さっとすばやく次の絵を繰る。次の絵では、魔女は縄を掛けられて王の前に膝をつき、王が白い竜を従えていた。


「たくさんの犠牲をはらいましたが、王は竜を救い、魔女を捕まえて処刑しました」


 ゆっくりと穏やかに繰られた最後の絵は、王が竜から血を与えられており、半分だけ竜の姿になっている。


「竜はお礼にと竜王に自らの血を分け与え、竜の命を得たのです――」


 朗々と読み上げられた物語が終わり、おじさんは額の中を再びタイトルに戻す。


「さぁ、最後までお利口に聞いてくれた子供達に、竜王から御褒美のお菓子だよ!」

 にこやかな笑顔を浮かべて、両手いっぱいにお菓子の袋を抱えたおじさんに、子供達はわぁっと歓声を上げて走り寄った。

 お菓子をもらいに行くのかなと思っていた森羅の予想に反して、双樹は子供たちの仲間には入らず、そのままじっと立ちつくし、紙芝居のタイトルを睨みつけていた。


「――嘘ばっかり」


 さっきまではしゃいでいたのが夢だったかのように、双樹は冷やかに呟いた。


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銀のユリに誓う 葵生りん @aiorin

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