萌芽4
ソウジュは少し真剣な顔をして自分の手足を眺め、外を眺め、室内を眺め、考え込む。
「んー…それの、もっと小さいものってある?」
そう言って指さしたのは、水を汲んであるガラスの瓶だった。意外な注文に思わず頭を捻る。
「小さい、瓶……?」
「うん。掌に収まるくらいがいいな」
こくんと神妙に頷かれ、条件に合いそうなものがなにかあったかと思考を巡らせた後に、ポケットを探って親指くらいの大きさの小瓶を取り出した。先程ソウジュに使った傷薬を入れていた瓶だ。新しく薬を入れるために既に洗ってある。
「これでいいかしら?」
手渡すと、ソウジュは曇りのないキレイな硝子の瓶を光に翳してじっと凝視し、うっとりと虹彩を細める。
「……朝日を浴びる水面みたいですごく綺麗」
(何に使うのかと思ったけれど、人の作った物が珍しくて単純に興味を引かれたのかしら?)
不思議に思いつつ眺めていると、ソウジュは瓶をローブの中に片づけてから鱗に覆われた足に視線を向けた。
「あと、靴がダメになってしまったからあると助かるかな。傷が治るまでしばらくは人の姿で隠れているつもりだから」
「靴……足のサイズはどのくらい?」
その竜の足をいくら眺めても、どんなサイズの靴を用意していいのか見当がつかない。
「んと、このくらいだけど、サラの靴でも大丈夫だと思うよ」
ソウジュは一瞬だけ二十センチほどの間隔を両手で示してみせたが、すぐに私の靴を指し示した。
足は小さいほうだが、それでもソウジュには大きすぎる気がする。
瓶といい、靴といい、奇妙な要求に思えた。
だが、にこにこと笑うソウジュに悪意は窺えないし、なにか必要なものがあるかと聞いた手前、できるだけ応じてやりたいと思った。
「靴は街に戻らないとないの。街の門は日暮れには閉ざされるから、明日でよければ届けに来るけど、それでいい?」
「うん、いいよ。一晩休息すれば、ちゃんとした人になれるくらい回復するだろうしね」
ソウジュが満足そうに笑みを浮かべた。
日暮れまでもうあまり時間がないから、急いで立ち上がる。
「じゃあ明日、靴を届けに来るわね」
「うん、待ってる」
窓に張り付き、蜂蜜色の髪がふわふわと揺れて木立の中に消えていくのが見えなくなるまで見送ってから、溜息とともに足に視線を落とす。
嘘をついた罪悪感が、胸の中にじわじわと沁みていくのを感じて、居心地の悪さを噛みしめる。
本当は、靴なんてどうでもよかった。
この服にしても、鱗を変化させて作り出したもので、サンダル程度なら必要に応じて同じように具現化できるのだから。
(会ったばかりなのに、なんで彼女にこんなに心を許し――求めてしまうのだろう……)
もらった小瓶と、自分の傷口を眺め、肌にほのかに残るサラの体温を逃がすまいと寝床にもぐりこみ、小さく体を丸める。
サラの柔らかい腕の感触も、伝わるあたたかい体温も、優しく気遣う声も、とても心地よかった。凍えた体を火に翳した時のように、心がじんわりとあたたかくなるような感覚で満たされた。だから。
――だから、今ここにない物をねだり、彼女にもう一度会う口実が欲しかった。
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