決勝戦3



「なんと愚かな。無駄死にするつもりか……!」


 なんの捻りもない直線的な攻撃に、カラムは小雨のようにパラパラと降り注ぐ火花に目を細めることもなく交差した2本の剣の奥で眉根を寄せた。

 私の長剣ロングソードを受け止めているのは深紅の剣の、刃ではなく……腹だ。

 もしカラムが普通に刃で受け止めていたら私の剣も体も今頃真っ二つだったかもと想像すると背筋に薄ら寒いものが張り付くから、今は折れそうな剣のほうに意識を集中させる。


「夫婦揃って――」

「あの無鉄砲と一緒にされるのは少々不服だな。私はようやく掴みかけた夢の新婚生活を目前にして、自ら死に急ぐつもりはない」


 呻くカラムに、口の端だけ笑みを浮かべてみせる。

 盾に乗って全体重をかけている私の剣は、鍔迫り合いに耐えきれずにギシリと悲鳴を上げているし、一方のドラゴンキラーは全く動じていないが。


「ならばなぜこんな、無謀な」

「無策無謀に飛び込んだわけじゃない。お前がこうして腹で受けるという確信があったからこそだ」

「バカな。大会規定など――」

「規定ではなく、お前の為人ひととなりを」


 たじろぐ気配に、すかさず笑みを添えて付け加える。


「――正確には、お前は性根が真面目で善良だと言ったサラの言葉を信じた」


 サラの姿を思い出すと、背中に張り付いた薄ら寒いものがはらはらと剥がれ落ちていくような気がした。


「そんな――……」


 狼狽なのか、力が、かすかに緩んだ。

 均衡が、崩れる。






(善良、だと……?)


 悲痛な悲鳴に耳を閉ざし、涙に目を背け――痣が残るほど強く押さえつけた相手を、善良と評するのか。

 あの娘は、いったいどこまで人がいい――。






 動揺した隙をついて鍔迫り合いに勝機を狙ったのだが、さすがグラドの盾というべきか、それほどの隙は与えてくれなかった。

 一瞬押し負けそうになった剣をあしらうと同時に、風を切るように盾を振るって頭上の敵を揺さぶり落とし、長剣はジャリィィン……ッと音を立ててドラゴンキラーの表面を滑っただけだった。


「………チッ!」


 全力を賭けた一撃だったのに、うまく受け流された。

 さすがに、手強い。

 ――けれど、ここで退くわけには、いかない!!


 壁のように聳える騎士の足下で、全身全霊を込めるために剣を強く握った。






「お前は、お前が仕える王は――その武具を作る職人が、身につける衣装を作る職人が、日々口にするものを作る料理人が、さらにその材料を作る農民がいなくても、生きていけるか?」


 反射的に剣は振り払ったものの――完全に停止したまま思考に、彼の言葉は鋭く突き刺さった。


「国を思うなら、守るべきは王ではなく民だ。それを忘れ去った国に、安寧などありえない!!」


 突き刺さる言葉に、ふわりと意識が浮くような感覚がした。






 騎士の目に宿る自信がわずかに揺らいだのを見、鉄板入りのブーツの靴底で力の限り剣の腹を蹴り上げる。

 誇りだと言ったそれは普段なら揺らぐことはないだろうが、今は違った。

 深紅の剣は弾かれ、屈強な《グラドの盾》がわずかに体勢を崩した。

 蹴った勢いを乗せて体を反転させ、さらに回転の勢いを乗せ、全身全霊を込めて斬り上げる。






 手中で浮いていた誇りを握りしめ、吹き上げてくる風を見た。


――今年、優勝した暁には、私たちの言葉に耳を傾けていただけるよう王弟に願い出る。

 騎士団を再編し、国を、騎士を、立て直して――。






「私は――この国を、守る!!」




















 パリィィィ……ン…ッ













 金属質な残響が会場を包み、観衆は息を呑む。


 深紅の光の帯をリボンのようにひらひらさせたドラゴンキラーが宙を舞い、石畳の床の上にさくっと軽い音を立てて突き刺さる。

 対して銀色の長剣は柄を残して刃は粉々に砕け散っていた。


 にらみ合って動かない両者のまわりに、天気雨のようにキラキラと光を反射して舞い落ちる破片――その奥で、審判が息を飲んでいた。


「……引き分け……でしょうか?」


 手には、じっとりと汗が滲んでいた。

 震える右手で左手の薬指を握り込んで、ヒース様に問いかけた。

 だが、ヒース様は苦い表情で答えない。それは、とても肯定の空気ではなかった。


「だって、武器を失えば失格なのでしょう? 同時ならば……」


 顎をしゃくったヒース様は、苦々しくぽつりと呟いた。


「審判にヴィオール様の息がかかってなければ、それもあり得るだろうが」






 審判がちらりと王弟を仰ぎ見た、その瞬間。


「――私の負けだ」


 そう宣言したのは、カラムだった。







 敗北を宣言した私を、勝利を手にした男が眉を寄せて凝視していた。


「所詮文官と侮っていたが、誇りを手放すほど気迫に呑まれたのだから」


 口元が綻ぶのを、止めようがなかった。

 敗北をこれほど清々しく、心地よいと思った経験はない。

 背中に殺気にも近い怒りの視線が刺さるが、まったく気にならなかった。


「……それに、国を守ると言う貴殿の望みを聞いてみたくなった」


 付け加えると、つり上がっていた眉がぴくりとふるえ、柄だけの剣を苦々しく見つめる。


「次こそ問答ではなく剣技だけの真っ向勝負でお前に勝ってみせるからな!」


 柄だけの剣の見えない切っ先をまっすぐに向ける男は、まるで毛を逆立てて威嚇する猫のようで、思わず破顔してしまった。


「貴殿の申し出があれば、いつでも手合わせに応じよう」


 今は猫でも、正式な師を仰いで鍛錬を積めば虎や獅子になる可能性もあるだろう。文官として埋めておくにはもったいないほどの才だ。

 その成長を、彼が守る国の行く末を、見届けたいとも思うが――きっと、それは叶うまい。


「私の首がそれまでつながっていれば、の話だがな」


 ぽつりとこぼしてしまった言葉に、彼は勝ち誇った笑みを浮かべる。


「そのままそこで私の願いを聞くといい」


 意味深な含みを持った台詞の意図が掴めず、ただ呆然と立ち尽くした。



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