決勝戦1
「準決勝の勝者――カラム・デジェル及びシオン・イグナスによる決勝戦を開始する!」
開始の所定位置につくと、審判が開始を告げた。
だが、向かい合ったまま両者ともに武器を構えることすらせずに時間が流れる。
「何をしている! 殺してしまえ!!」
「随分と物騒な応援だな」
神経質な金切り声で叫ぶ我が主を、イグナス家の当主が手を焼いているという末子が見上げて薄く笑った。
「……すまない」
今朝のことだ。
ヴィオール様は彼を事故に見せかけて殺してしまえと私に命じた。
おそらく彼が準決勝で対戦した騎士達にも同じ命令が下されていただろう。
もはや消えてしまったはずの右腕の傷が疼いたように思えて押さえた途端、「応じられません」と答えていた。
主の顔が困惑と苦渋と怒りに歪むのに耐えられず、背を向けた。
そうして主の不興を買ったまま、この場に立っている。
それだけのことで、まるで断崖絶壁で強風に吹き付けられているような気分になる。
対して、対峙している相手が視線を投げた先にはイグナス家の末席に名を連ねる予定の娘がいる。守護すべきもののためには命を擲つことも厭わない気概を持ち、なおかつ慈愛に満ちた――まるで
実力ならば片手間に訓練した程度の文官など相手ではないというのに、あの不敵な態度は戦乙女の威光だろうか。
――命令に逆らえない気持ちはわかります。
あの娘はそう言って私を赦した。
自身は命を賭けてヴィオール様に反抗しておいて、だ。
――けれどシオンは、自分も私も同じ人だと。あなたはそれを愚かだと笑いますか?
あの強靱な信念を思い出すと、真の騎士、忠誠、正義……それがなんなのか、暗闇に放り込まれたような不安に、足下が揺らいだ。
けれども、この男を殺せと言う主命を応じられないと拒否したことには、不思議と後悔は湧かなかった。
去年、恋慕から民に爵位を与えたいと言った男を愚かしいと思い、にべもなく切り捨てることに躊躇はなかった。殺せと命じられたのが去年ならば素直に主命に従っただろう。
しかし――今なら、彼の望みが少し理解できる気がした。
惜しい、と思うのだ。
あの気概を市井に埋もれさせておくのが。
かつての英雄の国の誉れは失われつつある。
昨年は文官がこの競技会で準優勝を飾るという失態を晒したにも拘わらず、奮い立つわけでもなく奸計を弄すほどに怠惰に落ちた騎士達もそのひとつ。
現王であるゴーシュ様は名君とまでは言わずとも武道も嗜む堅実な人柄で政治を敷くお方だった。ヴィオール様も私生活において癖が悪いという一点を除くと、兄王を立派に補佐してきた。
それが、王子が不治の病に伏してからというもの、ゴーシュ様は政治を省みなくなった。病が進行するにつれてそれは顕著になり、今はもう王子のことしか考えてはくださらない。
ヴィオール様がゴーシュ様に代わり実権を執ったのも、最初は私欲ではなく国を憂えたからだった。それが時が経つにつれ、身に余る力とはかくも人を歪ませるものかとそら恐ろしくなるほど、あの方は歪んでいった――。
誰一人として、それらを止めることができなかった。
――何が忠臣だ。主の行いを正すのも忠義ではないのか!
空をふり仰ぐ。
目を差すほどに眩しいのは、あのふたりの強い意志と正義感、純粋でまっすぐな信念に対する畏敬……それとも、羨望だろうか。
それらが今の王宮や騎士にあれば、と――。
――サラは人並み以上に苦労し、それを打開すべく努力してきた。
(……人に頼るとは、情けない)
他人にそれを期待することが、間違いだったのだ。
本当に、止めることができなかったのだろうか。
止めようとしてこなかっただけではないのか。
ヒース殿は敬遠され、笑われても苦言を呈し続けてきた。
私も、そうしてあの方々を諫める声を上げていれば。
その声を集めて奏上していれば、あるいは――。
再び右腕の傷が疼いたように思えて、使い込んだ銀の籠手をさする。
(この剣と右腕に誓って、もはや忠義を盲信すまい)
私もまた、自分の正しいと思うものを信じ、貫く。
衰弱しつつあるこの国の弱みを、近隣諸国に晒すわけにはいかない。
この国を、王家を――守り抜く。
それこそが、私のただ一つの望みだ。
籠手から離した左手で改めて盾を構え、ずしりとした剣の重みを噛みしめるようにゆっくりと対峙する相手に向ける。
「――だが、騎士団長の名に賭けて手加減などする気はない」
「望むところだ」
彼もまた、不敵な笑みを深めて剣を構えた。
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