第78話
「話すことなんて無いわ。ましてや、酔っ払いとはね。」
拓真は少しだけ怖い顔をして、無言で荷物から小さな箱を取りだす。
「これ…」
明らかにさっき無理やり食べさせられたものと同じ匂いがする。箱を開くと個包装された、予想通りのものが出てくる。
しかし、数が合わない。減っているのは一つ、おそらく私が食べさせられた分だけだ。
「わかった?俺は食ってない。だから酔ってない。確かにお前のところに来るための理由にはしたが、本当に酔っていくほど、堕ちてはいないつもりだ。」
「つくづく性格が悪いのね。」
「しょうがないだろ。俺だって必死なんだ。」
「嘘つけ。お前に必死なんて似合わない。」
こいつは私にほんの少しの逃げ道も残す気はないのか。
「ここには来れないんじゃなかったの。」
これはもしかしたら墓穴なのかもしれない。わかってはいたが、言わずにもいられなかった。
「郁の香水と同じ匂いがするからな。景色は好きだが、郁のことを思い出すから。」
「千葉さんのこと、本当に好きね。あんた。」
嫌味でありながら、心からの本音だ。
「ああ、郁のことは好きだ。恋してたからな。」
人のことを好きだと言った口で、他の女を好きだという。なんと不誠実な男だろう。
少し不機嫌になったのに、気づいたのかは定かではないが、華麗に流し目をちらりとよこしてくる。
「なに?」
「確かに、俺は郁に恋してたよ。でも、今の俺はお前を愛してるんだよ。」
その言葉とともに、頭に伸ばしてくる手を私ははたく。
「どこの二股男のセリフよ、それ。」
呆れた。
「恋と愛は違う。そうきっとコータも言うと思うがな。俺は、妹も弟も愛してる。恋はしたことがない。それと同じだろう?」
「血のつながった人と一緒にしないでほしいな。」
「お前は、俺にとってそこまでの存在なんだよ。」
「ふざけないで。」
流石の私だって多少は怒る。たとえ好きな男でも。
「ここに、郁の薫りがあるのならちょうどいい。俺はこの香りに誓うよ。つぐのことを愛してると。」
「そんなものはいらないわ。嬉しくもない。」
嘘、半分は嘘だ。
「俺はお前が信じるまで言うぞ、諦めろ。」
「あんたそういうキャラじゃないでしょう?」
「キャラが壊れるほど惚れてる、って言ったら信じる?」
「信じない。」
「強情だな、お前も。」
相変わらず余裕そうな表情で、拓真は笑う。
「あんたは、そのうち私に愛想尽かすよ。私は…。」
「大丈夫。俺は、つぐのダメな部分をたくさん知ってるよ。」
奇しくも私と同じ言い分。もうだめだ。私は昔よりずっとずっと弱くなった。拓真という存在に頼ることを知って。自分一人で立つことすら、前よりずっとずっと、つらい。
「もっともっと、私は駄目になる。」
「大歓迎。もっと弱まって俺に頼りなよ。」
「ばか…。」
拓真はふわりと笑った。
「帰ろうか。」
「うん。」
イズミが残していった、ここに漂う微かな香りは安心する薫りのはずなのに、心のどこかがざわつく。逃げろ、逃げなくちゃ。
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