第52話

拓真に想いを告げてから、何度も二人で歩いているけれど、なぜだろう。今日はあの日のことを思い出して、少しだけセンチメンタルな気分に襲われる。

「ここでいいわ。ありがとう。」

私の家は拓真の定期圏内にあるので、最寄りまで送ってくれた。拓真と私の家は、距離にして二駅、と言ったところだ。そして我が家は駅から近い。それ以上送ってもらう理由はないはずだ。

「家まで送る。」

「誤解されるわよ?娘がいい男連れてきた。って。」

拓真がぐっ、という表情をする。

「げ。」

拓真の表情で、胸がすっとしたのもつかぬま。思わず変な声が出た。

「亜哉。」

「誰?」

目の合った亜哉が質問を投げかけてくる。拓真は名前で勘づいたように、手を合わせて

「弟君?」

「正解。優里に惚れてる。」

「姉ちゃん、余計なこと言わないで。」

優里の名前を出せば、亜哉の意識はそっちに向く。亜哉の意識を拓真からそらすのは、さほど難しくはない。

「拓真、ありがとう。ちょうど亜哉いたし。本当に大丈夫。」

「誰か知らないけれど、良かったら上がってってもらったら?ご飯は食べちゃったけど。」

誰かわからないながらも、野生の勘なのか何なのか拓真を亜哉は受け入れた。

「ね?言った通りでしょう?」

そう言って拓真に向きなおる。拓真は亜哉のほうに、いつもの笑顔を浮かべて

「亜哉君、初めまして。つぐとは仲良くさせてもらってます。…今日は遠慮しておくよ。またな、つぐ。」

その”今日は”という言葉に期待して、部屋を掃除しようなんて一瞬でも考えた自分が嫌になる。

「姉ちゃん、つぐって呼ばれてるんだ。」

立ち去る拓真の後ろ姿を見送りながら亜哉が揶揄う。

「うるさい。」

一つ理不尽な拳骨を無礼な弟に落として、そう長くはない家への道をともに歩きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る