第79話 アディオス


 相変わらず、畳の匂いは最高だ。

 そして、この重いのも何時ものことだといえば、お分かりいただけるかも知らない。


 今日は誰だ?


 いまだ重たいまぶたを開けると、そこには女神が居た。

 女神のようなラティではない。天使のような我が子でもない。何を血迷ったのか、そのまんま女神が居た。


 なにやってんだ? エルソル……


 どうやら冷凍冬眠から復帰したみたいだ。

 少しばかり呆れる行動だが、このパターンも今更以て驚くことでもない。というか、呆れた気分で半眼を向けると、途端に彼女の瞼がパチリと開いた。

 多分、狸寝入りだったのだろう。


 まあ、黙っていれば、世界最強の美人なんだが、性格がどうにも残念だ。あ~残念だ。


「おはよ。朝から何やら言いたそうな顔をしてるわね。というか、何が残念なのかしら。簡潔に説明してくれる?」


 その美しい人差し指で胸を突いてくる。

 それはそうと、何を考えているのか、彼女は素っ裸だったりする。


「いや、な、何のことだ? 全く意味が分からん。それよりも、久しぶりだな。元気か? 相変わらず美人だな」


 心を読まれて焦りを感じるが、認めることなく挨拶代わりにご機嫌をとってみる。

 ただ、明らかに愚問だったみたいだ。


「ふふふっ。ありがとう。本心は知らないけど、素直に受け止めておくわ。それに、体調については、絶好調よ。あなたが早々に世界樹を復活させてくれたお蔭で、元気ハツラツよ。まるで、ユン○ルみたいな滋養強壮剤でも飲んだ後のようだわ」


 もしかして、未来の世界にもアレってあるのかな? まあ、どうでもいいか……


 未来といってもパラレルワールドなので、間違いなく自分が居た世界とは違うはずだ。

 それを思い出して、考えることが無意味だと肩を竦めた。

 そんなタイミングで、彼女は突きつけていた指を下半身に移動させる。


「ん? なにやってんだよ」


「いまなら五回はできるわよ? 試してみる? 死神さん」


 特に欲求不満が溜まっている訳ではないが、寝起きということもあって元気ハツラツだ。なにしろ、若いからな。仕方ないだろ?

 それに、挑発的な行動に出ているところからすると、エルソルの方はそうでもないようだ。まあ、暫くの間、一人で眠りに落ちていたのだ。人恋しくなって当然だろう。

 ここは、彼女の挑発に乗ってやるのが夫の務めだと思う。


「やったろうじゃね~か!」


 そんな訳で、朝から死神と女神の結合の儀が執り行われる。


 朝の事情――夫婦の情事はよいとして、精神体との戦いだが、ぶっちゃけ、特記するようなことはない。

 というのも、精神生命体は呆気なく滅んだからだ。

 もう、これまでの努力がアフォらしくなるくらいの呆気なさだった。

 多分、奴もかなり疲弊していたのだろう。いや、時間停止と空牙を食らって生き延びる方が不可能というべきかもしれない。


 奴を空牙で亜空間にぶち込むと、どういう訳か、世界樹からのマナ供給が自然と復帰した。

 多分、奴が世界樹の周りに何らかの結界を張っていたのだろう。

 それで、エルソルの復帰が確定したのだ。もう少し、寝ていてくれても良かったのだが……でも、柔らかな感触と安らぎを得ると、早々に起きてきたことも悪くないと感じてしまう。


 ああ、森の腐敗については、死にたいと言っていた召喚者の一人――千歳真紀の仕業だったので、直ぐに解除させた。

 奴が能力を停止したことで、森の腐敗は止まったのだが、腐りきって朽ちたものに関しては戻らなかった。

 これに関しては、エルソルが何とかすると言っていたので気にしていない。

 それと、似鳥と千歳――逆襲の召喚者は、ジパングで再出発することになっている。

 そう、彼女達も犠牲者なのだ。だから、出来るだけ手厚く保護してやることにしたのだ。

 異世界でリセットという言葉が良かったのか、本人達も新しい人生に向けて頑張る気になっているようだ。

 だから、少し悪いと思ったが、その二人の存在については、ロココと綾香に話してない。だが、薄々は気付いているのだろう。時々、それを匂わす嫌味を言われたりする。


 洗脳の件だが、呪詛をバラ撒く精神生命体が死滅したことで、世界樹の復帰と同様に、全ての人達が何事もなかったかのように洗脳状態から回復したようだ。

 ただ、実をいうと、これが大変だったのだ。

 というのも、俺を忘れていた妻達に泣かれてしまって、手の施しようがないほどだった。

 結局は、全員と夜を共にして、愛を語らうことで収めたのだが、もしかしたら、また子が増えるのかも知れない。


「ユウスケ、何時まで寝てるのですか。今日は大事な日で……はぁ~、エルソル様……」


「あっ……」


「いやん!」


 マルセルが態々起しに来たのだが、俺とエルソルが裸で抱き合っているのを見やり、深々と溜息を吐く。


「するなとは言いませんが、色々と忙しいので、手早く済ませてくださいね」


「す、すまん」


「というか、もう五回目だし、お腹いっぱいかな? 物理的に……」


「五回……もう、朝からやり過ぎです!」


 うぐっ、エルソルが要らんことを言うから、怒られたじゃね~か!


「今日は同盟調印だというのに、朝から五回も……羨ましい……」


 そう、今日はマーシャル王国との同盟締結の式があるのだが、それよりも、彼女はいまだに子供ができないことを気にしているようだ。


 マーシャルとの同盟なのだが、調印は天空城で行われる。

 これは既に慣習となっているので、誰も文句を言う者は居ない。

 だから、現在は天空城をマーシャル王国に向けて飛ばしている最中だ。


「そう言えば、麗華さんから話があったのですが、ロビエスト王が美麗をテルラン王子の嫁に欲しいと言ってましたよ」


 嫉妬の目を向けられながらも、あたふたと衣服を身につけていると、マルセルが序のようにとんでもない報告をしてきた。


 なんだと~~~~~~~~! 俺の天使を嫁にくれだと! 絶対に許さん!


「却下だ」


 即答で拒否する。すると、彼女は呆れた様子で肩を竦めながら溜息を吐く。


「そう言うと思いました」


 そんな遣り取りをしていると、当の本人が部屋に入って来た。


「パパ、おはよ」


 お~~~~~俺の天使よ!


「パパニャ、おはよニャ」


 おお~~~~~~~俺の天使たちよ!


「おあよ。ぱぱ」


 おう。クロトアもきちんと挨拶できたな。


「ぱぱ~~~!」


 最後はミルカが抱き付いてくる。

 美麗、ルルラ、クロトア、ミルカ、子供達を目にして、思わず顔を綻ばせてしまう。


 ほんとに子供は最高に可愛いぜ。男の子のクロトアも超絶に可愛い。これは親ばかじゃないからな。


 実際、嫁達が美人ばかりな所為か、子供達の容姿は在り得ないほどに整っている。

 もしかしたら、俺の血が薄いのかもしれない。

 美麗を除き、みんな日本人離れした可愛らしさを持っているし、どちらかというと、みんな母親似のような気がする。

 ああ、もちろん、美麗も麗華に似ていて、俺の子供とは思えないほどに可愛らしい。というか、将来は絶世の美女となるに違いない。


 でも、クロトアが大人しすぎないか? エルザの息子とは思えんぞ?


 まるで女の子のようなクロトアを心配する。

 なにしろ、姉三人の尻に敷かれそうで、少しばかり不安になる。これは、折を見て鍛えるしかない。


 最高に可愛い子供達を代わる代わる抱っこしていると、今度は妻達がゾロゾロとやってきた。

 その全員に朝の挨拶を交わしていくが、どうもエルザの時間が長いような気がするのは、周りの視線を見る限り、気のせいではなのだろう。


「ローデスのハルケルア王が見えられてますわ」


 朝の挨拶を交わしたところで、麗華が義経の到来を知らせてくれた。


「おっ、そうか。どこで待たせている? 直ぐにいこう」


 即座に返答し、ハルケルア王こと義経が待っている部屋に移動する。









 何とも居心地が悪い場面だった。

 ハルケルア王こと義経との面会を始めたのだが、彼は行き成り眼前で土下座を始めたのだ。

 どうやら、洗脳状態で俺を追い回したことを気にしているみたいだ。


「ユウスケ、本当にすまぬ」


「いや、義経、あれは仕方ないんだ。もう気にするな。それよりも良く来てくれた」


 話を逸らすべく、来城について礼を述べる。


「いや、いつの間にか、マリルア王国を手中に収めたかと思ったら、マーシャル王国と同盟というではないか。同じ同盟国として参加するのは当たり前のことだ」


 よし、上手い具合に乗ってきた。


 なんとか義経の思考を他に向けることに成功したところで、彼にソファーを勧め、向かいのソファーに腰を下ろす。

 そして、これまでの出来事をつまんで話してやった。


「悔しいものだ。私も是非とも参戦したかった」


 とても悔しがっている義経だが、そのことよりも、謝らなければならないことを思い出す。


「義経、勝手にダンジョンを討滅して悪かった」


 そう、再生の能力を使うまでは、ダンジョンコアを消滅させていたのだ。

 おそらく、ダンジョンが復活することはないだろう。

 しかし、義経は温和な表情で首を横に振る。


「構わぬよ。それくらいは何てことはない。ダンジョンなど、国を大きくするために利用してきたが、今となっては、もはや不要であろう」


 ファルゼンことトキシゲも討ったこともあって、国を大きくするつもりもないようだ。

 多分、国を維持するだけであれば、ダンジョンは不要だと考えているのだろう。

 義経の気持ちを察していると、そのタイミングで気配を感じた。


権蔵ごんぞうか、ここまで入り込むとはな」


 誰も居ない方向に視線を向ける義経を見て、すぐさま戦闘態勢を執ると、そこに人の姿が生まれ始めた。


「いやいや、ここは入り込むのに、かなり厄介だったぞ! いったい、どうやって作ったのだ?」


 未だ完全な姿とはなっていない存在が、疑問の声を投げかけてくる。


 この声……聞き覚えがあるぞ? てか、権蔵? 義経の知り合いなのか?


 聞き覚えのある声と義経の態度に疑問を持つが、その存在の姿が露わになるったところで、直ぐにもっくんを取り出す。

 そう、そこに立っていたのは、アルベルツ教国から逃げ出した黒服枢機卿トルセンアだったのだ。

 その姿を見た途端、すぐさまもっくんを振りかぶる。

 ところが、奴は首を左右に振った。


「今日は、戦いに来たのではないのだよ」


 奴はそう言うと、勝手にソファーに身を沈ませた。

 おまけに、とことん図々しい奴で、お茶を要求した挙句、呑気に茶菓子まで食べてから話を始めた。


「そう言えば、まだだったな、義経、ユウスケ。トキシゲ討伐、おめでとう。良くもあの怪物を倒せたものだ」


「ふふふっ、ユウスケにとっては赤子の手を捻るようなものだったよ」


 権蔵と呼ばれた男に向けて、なぜか、義経が自慢げに返した。

 ただ、俺としては、奴の言動を怪訝に思う。


 わざわざ祝辞にきた訳じゃないだろ?


 そんな俺の心を読んだかのように、奴は話を続ける。


「今日は、お前の目的を聞きに来たのだよ」


 そんなつまらない理由で来たのか……


 興醒きょうざめしたのが顔に出たのだろう。奴は少し顔をしかめている。


 まあいい。話してやるか。


「目的か? そんなもんはない。俺は平和に暮らせる世界になれば良いと思ってるだけだ。弱き者が理不尽な仕打ちを受けることのない世界。そんな世界になればいい。まあ、理想論だから、何をどこまで出来るか解らんが」


 奴がどう受け止めたのかは分からない。

 ただ、何を考えたのか、返事を聞いた途端、奴は笑い声を漏らした。


 ん? 何かおかしいことでも言ったか? まあ、おかしいと思われても別に構わんが……


「くくくっ……ああ、不快に感じたのなら申し訳ない。面白いと思っただけだ。で、お前はどうやってそれを成すんだ?」


 怪訝に思う気持ちが見て取れたのか、奴は詫びの言葉を口にするが、直ぐに手段について尋ねてきた。

 ただ、俺自身に、こうすれば良くなるという改革方針がある訳ではない。

 だが、少なからずなければならないモノの存在には気づいている。


「そうだな。方法なんてない。まあ、俺が死神として抑止力になればと考えている。別に粛清をする気はないが、恐れの対象は必要なんじゃないか?」


 権蔵は返事を聞くと、今度は呆気に取られていたが、問いかけを続けてくる。


「だが、お前は沢山の国を手中に収めたではないか。それを如何するつもりだ? 世界征服か?」


 これまた、くだらない問いかけだ。そろそろ、相手をするのも嫌になってきたな。だったら、全てぶちまけてやる。


「イケてない奴等を排除したら、偶々そうなっただけだ。別に国や世界を欲している訳じゃない。というか、俺自身はのんびりと暮らしたいんだよ。だから、我こそは平和な世界を作れるぞという奴がいれば、全てくれてやる。お前が統治したいなら、それでも構わんぞ? ただ、悪がのさばるようなら、遠慮なく叩き潰すけどな」


 思いっきり啖呵を切ると、権蔵が立ち上がった。


 おっ、やろうってのか? 構わんぜ!


 まるでアンジェの如く血気盛んになるのだが、奴は何をするかと思えば、手を叩いて笑い出した。

 そして、その笑いが収まると、奴はニヤケ顔で告げた。


「それなら良い。お前の好きにしろ。私は傍観者として、のんびりと拝見させてもらうとしようか。働くのはお前に任せるとしよう」


 ちょっとまて、のんびりしたいのは、俺だっての!


 何がどうなったかは解らないが、俺の啖呵は、奴の琴線に触れたようだ。やたらと楽しそうにしている。

 そんな権蔵に、義経が半眼を向けた。


「権蔵、お前の目的こそ、いったい何なんだ?」


 どうやら、知己である義経も奴の目的を知らないらしい。


「完全民主化だ。ユウスケ、貴族制はさっさと廃止した方が良かろう。いや、もう始めているのだったな。それでいい。というか、お前が悪に走ったら潰しに来るからな。あははははははは。では、頑張れよ」


 奴は自分の言いたいことだけ告げ終えると、霧の如く消えて行った。

 どうやら、俺を敵ではないと認識したようだ。


 まあ、現時点だけだろうけど……てか、それって、俺のやりたいことじゃないか! なにパクってんだよ! この野郎! つ~か、お前も働け!


 この後、憤りを抱きつつも、権蔵について義経から教えてもっているうちに、マーシャル王国に到着し、無事に同盟の調印を終わらせた。









 広いフロアには丸いテーブルがいくつも置かれ、その上に並べられた各国の料理が、この場の華やかさに彩りを添えている。

 ただ、その美しく、そして、食欲をそそる料理も、華やかさという意味では、彼女達に敵うはずもない。

 そう、各国の代表とにこやかに談笑している俺の妻達の美しさは、まさに、ここがミスユニバースの選考会であるかのように感じさせるほどだ。


 つい先ほど、マーシャル王国との同盟が締結され、堅苦しい雰囲気から脱出した。

 事も済んだし、さっさと帰りたかったのだが、裏で画策していたエルザの罠にまんまと嵌っていた。

 それが、このカシワギ連合と同盟国の親睦会だ。


 正直、堅苦しいことや面倒なことが大っ嫌いだ。

 だから、こういう気を遣う行事に近づかないようにしていたのだが、マルセルから世界の王たる者はその責務を果たして当然だと言われ、渋々と参加することになってしまったのだ。


 右手にちっとも減っていないお酒の入ったグラスを持ち、溜息を吐きながら周囲を見渡す。

 ああ、既にお酒を口にできる年齢となっているが、お酒がからっきしダメだ。無理に口にすると、途端に撃沈してしまうのだ。

 それはそうと、視線の先には、真っ赤なドレスを身に纏い、まさに美しきバラを思わすエルザ、透き通るような青いドレス姿のミレア、なぜかセーラー服姿の綾香、三人が笑顔で義経と話をしている。


あそこに行くと、間違いなく良からぬ話になるからな。近づかないようにしよう。あっ、バレたかも……拙い、視線を逸らすんだ……


 良からぬ企みに巻き込まれる前に、そこから視線を移すと、白と青のコントラストが美しい衣裳を身につけた麗華、品のある紫のドレスを纏ったアンジェ、薄いピンク色のドレスを着たマリア、白いドレスで清楚な雰囲気をかもし出すクリス、淡い緑色のドレスが可愛らしいエミリア、マーシャル王国の王であるロビエスト、その妻であるクレディアル、王妹のイーシャル、八人が料理の皿を片手に楽しそうにしていた。


 ふむ、クレディアルやイーシャルも美しいが、やっぱり、うちの嫁の方が美人だな。特に、麗華とアンジェが飛び抜けてるからな。ん? なんか、イーシャルから熱い視線が……なんか、嫌な予感がする。少し、場所を移動するか……


 なぜか、頭の中に求婚という言葉が浮かび、そそくさとその場から退散する。

 ああ、もしかしたら、マリアがそこに居ることが影響しているのかもしれない。

 というのも、マリアは未だに妻としていないのだが、やたらと恋文が届くのだ。


 少し場所を移動すると、そこには、和服姿の爺ちゃん、綺麗な花柄が映える振袖姿のサクラ、赤で縁取られた白い修道服を着たマルセル、ピンク色の可愛らしいドレスを着こなすルミア、真っ白なドレスとウサ耳が素晴らしいマッチングを見せているアレット、ラウラル王国のアーロン、妻の雅、王子のルーカス、八人が笑い声を上げている。


 そうだ。イーシャルとルーカスが結婚すればいいんじゃないか? そうすれば、同盟同士の絆も深くなるし……って、イーシャルが嫁だと、ルーカスが大変そうだな……


 少しばかり自分に都合の良いことを考えていると、後ろから声が掛かった。


「ユウスケ、何をしておるのじゃ? 一人でニヤニヤして、怪しいのじゃ」


 振り向くと、そこには魔国州の責任者であるクルシュが立っていた。


 う~ん、やっぱり、神の子だけあって、めっちゃ綺麗だな。


 胸を強調したえんじ色のドレスを纏うクルシュは、まさに美の象徴であるかのようだった。

 ただ、そんな彼女の姿に驚いていると、ラティとロココが現れた。


「どうしたん? みんなのところに行かんでええの?」


 オレンジ色のドレスを身につけたラティは、なぜか少し恥ずかしそうにしている。


「ああ、なんか、首を突っ込むと大変なことになりそうだからな。それよりも、良く似合ってるぞ」


「ほんと? よかったっちゃ。ほんとは、ドレスとか恥ずかしかったんちゃ」


 素直に褒めると、彼女は照れ臭そうに身をよじった。

 すると、黄色いドレス姿のロココが、呆れたように肩を竦めた。


「ラティは気にしすぎニャ。だから、可愛いって言ってるのに」


「でも、こんな服、普段は着らんけえ~ね。やっぱり恥ずかしいんちゃ」


 まあ、普段はビキニアーマーだしな……つ~か、普通はあっちの方が恥ずかしいだろ。


 照れるラティの心境が少しばかり理解できないのだが、それを口にしようとしたところで、突如としてエルソルが現れた。


 おいおい、普通に出て来いよ……


「何言ってるのよ。どうして、わたしを呼ばないのよ!?」


 どうやら、彼女はご立腹のようだ。というか、開催を計画したのは俺じゃないし、神様がほいほい出てくるのは拙いと思うんだが……


「そんなの、神様だなんて言わなきゃ分からないわよ」


 勝手に思考を読むなよな……


 相変わらず、俺のプライベートを無視する彼女に不満を抱くのだが、それを押し殺して反論する。


「てか、どちら様ですかって、聞かれたら、なんて答えるつもりだ?」


「そんなの決まってるじゃない。死神の妻のエルですって答えるわよ」


 うさんくせ~~~。つ~か、神が死神の嫁とか、どうよ……


「細かいことは気にしないの。それよりも、美味しい料理が沢山あるんでしょ?」


「そうじゃな。各国が料理人を連れてきて、腕を振るってるらしいから、さぞや美味じゃろうて、妾も他国の料理を味わってみたいのう」


「うん。うちも、お腹が空いたんちゃ」


「そうだニャ。お腹ペコペコニャ。ああ、勘違いしないでニャ。あっ、これはお腹の子供が欲しがってるだけだニャ。わたしが食いしん坊な訳じゃないニャ」


 はいはい。それよりも、子供たちは?


 視線を移すと、隅に置かれた一つのテーブルには、ルルラ、美麗、ミルカ、クロトアの四人が仲良くご飯を食べていた。

 ただ、なぜか、美麗の隣には、マーシャル王国の王子テルランが座っている。


 ぬぬぬ……由々しき事態だ!


「ほら、なにムキになってるよ。子供なんてこれから山のように生まれるのに!」


「そ、それはそれ、これはこれだ!」


 思考を読んだエルソルが呆れた様子で肩を竦める。

 そんな彼女に、そういう問題じゃないと告げると、ロココが溜息を吐いた。


「もう諦めるニャ。というか、いい加減、娘離れするニャ」


「うぐっ……」


 ロココに窘められて言葉に詰まってしまう。

 そんなタイミングで、目の前にマイクが飛んできた。


 マイクが飛んでくると言っても、誰かが投げてよこした訳ではない。

 物理的に羽が生えていて、自ら羽ばたいてくるのだ。

 もちろん、このイカレた発想で分かる通り、綾香の作品だ。


「ん? なんだ?」


 突然のことに驚いていると、エルザの声がスピーカーから放たれた。


「それでは、ここでカシワギ連合国の国主から挨拶を頂きましょう」


 なんじゃそれ! 聞いてないぞ!


 少しばかり挙動不審となりながらも、周囲に視線を巡らせると、誰もが俺に注目していた。


 やべっ……何か話さんと収まりがつきそうにないな……仕方ない……


 誰もが期待に瞳を輝かせているように見えて、沈黙で済ませることを断念する。

 ただ、思うところもあったので、この際、それをぶちまけることにした。


「あ~、死神、もとい、柏木ユウスケだ」


 まずは、当たり前のことだが自分の名前を告げると、一斉に拍手が起こる。


 沈黙も嫌だが、慣れてない所為か、拍手の渦ってのも気持ち悪いな……


 少しばかり引きながらも話を続ける。


「なんか、気が付けば、大国の主になっていたんだが、この世界って、本当にこれでいいのか?」


 俺が疑問の言葉を放つと、突然のことに誰もが怪訝な表情となる。

 だが、俺としては、一向に構わない。


「神が身近に居て、死神が身近に居て、そんな存在が世界を守って、そこで幸せに暮らす者達って、それで大丈夫なのか? 確かに、戦は良くないし、理不尽な死は許せない。それを死神が抑止するのはいいだろう。だが、世界を作り上げていくのは、神や死神ではなく、この世界に存在する人類なんじゃないのか? 神や死神がなんやかんやと口を挟むと、きっと、人類は衰退すると思う。だから、これからは、各州の代表と各国の代表が頑張って世界を作り上げてくれ」


 実をいうと、このところ悩んでいた。

 強大な力を持った者が先頭に立てば、世界は発展するだろう。

 だが、それは、逆に思考しない人間を育てることになるのではないだろうか。

 だって、安穏に暮らせる状況で、誰が危機感を抱くのだろうか。誰が努力するのだろうか。

 もちろん、戦争や犯罪を許してはいけない。だが、死神が口を挟むのはそこまでだ。

 それ以上は、この世界の人々が考えるべきなのだ。


 己が想いをぶちまけると、マイクを持ったエルザが厳しい視線を向けてきた。


「それで、ユウスケはどうするつもり?」


 そうなるよな? そう、俺がどうするかって……


「俺は陰から見守るさ! という訳で、俺は消えるぞ!」


 誰もが唖然とする中、黒い転移陣を作り出す。

 その途端、大きな声が上がった。


「オレも行く! オレも連ていけ!」


 間違いなく止められるものだと思っていたのだが、何を考えたのか、アンジェはドレスの裾が邪魔だと言わんばかりに引きちぎり、もの凄い勢いで転送陣の中に入っていった。


 彼女の行動を目にして、誰もが言葉を失うのだが、オレンジ色のドレスを着た天使が笑顔を見せた。


「うちも行くんちゃ!」


 ラティが物凄い速さで転送陣に入ると、何を考えたのかマルセルが脚を進めた。


「聖女は死神と共に! エルザさん、あとはお願いします」


 彼女は頭を下げ終わると、清々しい笑顔となっていた。


「ふふふ。そうね。神も口出しするべからずよね」


 ああ、お前は来ると思ってたよ……


 マルセルに続き、エルソルが転移陣に入るのを見て、俺は肩を竦めるが、残った者達に向けて手を振る。


「アディオス!」


 誰もが驚いたまま固まっている姿を目にして、込み上げてくる笑いを堪えながら、自分が作り出した転移陣に脚を踏み入れた。

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