第68話 子供達


 エルソルから聞かされた話は、自分が全てを片付ける嵌めになることを考えれば、全力で耳を塞ぎたくはあったが、少なからず有益なものだった。

 敵対している存在が明確化され、奴等の目的もなんとなく見えてきたように思う。

 そう、あの時、第二王女は、その綺麗な顔を歪ませて言い捨てた。この大陸の人類を消滅させると。

 奴の言動とエルソルの話からすると、人間同士で争わせることが狙いだと、容易に推測することができた。

 なにしろ、奴等にはそれほど多くの戦力がないはずだ。間違いなく人類同士の戦いを誘ってくるに違いない。

 おそらく、人間を洗脳することで戦争を起こさせるつもりなのだろう。地脈を使った攻撃は、その手始めだと思えた。

 実際、戦争が起こったとしても、俺を覚えている面子だけで、強引に終わらせることは可能だろう。しかし、戦争が始まってしまえば、沢山の人々が死ぬことになる。それでは駄目だ。

 そうなると、取るべき行動は一つだ。そう、戦争を回避しつつ、奴を討つのだ。

 そして、考え出した作戦は簡単だ。奴等が地脈を使って洗脳を企むのなら、各国の人々が洗脳されて戦争となる前に、地脈に仕掛けられた何かを排除すればいい。

 その為には、急いで地脈のあるダンジョン最下層を目指さなければならないのだが、そこで問題が発生した。


「ルルラと美麗は、爺ちゃんと一緒に待ってるよな?」


 猫なで声で二人に話し掛けたのだが……


「パパといっしょにいるニャ」


「あたちもパパといっしょ」


 二人は頑として聞き入れない。どちらも、抱っこちゃんの如く、俺の腕に抱き着いたままだ。

 時間はあまりない。だが、直ぐに動ける状況ではないのも確かだ。

 天空城をエルソルに貸す約束をした結果、全員が地上に降りる必要がある。

 それを実行するには、綾香にお願いした洗脳防御のアイテムが完成しなければならない。それもあって、動き出せない状態だ。

 クルシュは問題ないとしても、爺ちゃんやサクラに関しては、ジパングの面倒をみてもらいたい。しかし、このまま帰すと、洗脳される可能性がある。

 だから、行動を起こすまでには、暫く時間が掛かるはずだ。その間に娘達を納得させる必要がある。

 ロココか綾香が子供達と一緒にジパングへ行くことも考えたが、それは二人から却下されてしまった。ただ、さすがに、子供達をダンジョン最下層まで連れて行く訳にもいかない。

 そんな時だった。エルソルが欠伸を噛み殺しながら無責任な発言をする。


「そんなの、連れて行けばいいじゃない」


 おいおい、他人事だと思って、簡単に言い捨てやがって!

 そう内心で恨み言を募らせるのだが、エルソルは気にした様子もなく、二つのアイテムを掌に乗せて差し出した。


「ん? それは何だ?」


 それは銀色に輝く二つの指輪だった。装飾は質素だが、真ん中に赤い宝石らしきもが取り付けられている。

 二つの指を凝視していると、彼女は大きな欠伸をしながら説明をはじめた。

 その大欠伸の所為で、女神のイメージが台無しだ。


 ほら見ろ、マルセルが残念な顔をしているぞ?


「失礼ね。女神だって欠伸くらいするわよ。それより、これは成長の指輪よ。昔、子供達を育てた時に、訓練用に作ったのよ。これを身に着けると、肉体だけじゃなくて精神や知能も成長するのよ」


 成長の指輪……嫌な臭いしかせんぞ……


「大丈夫よ。人体に影響あるモノではないし、外すと元に戻るわ」


 そう言って、エルソルはお菓子でも与えるように、ルルラと美麗にその指輪を与えてしまった。


 こ~ら! 親の目を盗んで何をしてんだ!


「ルルラ、美麗、知らない人から物をもらっちゃいけません!」


「失礼ね! 一応は、わたしも二人の母親なのよ! 知らない人はないでしょ!」


 不満を露わにするエルソルだが、それを無視して、すぐさま二人から指輪を取り上げようとするが、ルルラの尻尾に阻止されてしまう。


 くそっ、我が娘ながら、なんと強かなんだ。


 二人の娘は、お互いの顔を見詰め合ったまま頷き、同時に指輪を左の中指に填めた。

 すると、二人の娘は、あっという間に光に包まれてしまった。

 しかし、直ぐにその光は収束した。そして、そこに現れたのは十二歳くらいの少女だった。

 オドオドするパパを余所に、二人はお互いの状態を確かめ合っている。


「ミレイ、すごく大きくなってるニャ」


「ルルラの方こそ、もう大人だわ」


 いやいや、ぜんぜん大人じゃね~よ。どう見ても幼児が小学生くらいになっただけじゃんか。


 ルルラに関して言うと、出合った頃のロココにそっくりだ。美麗は、麗華を少女化したような感じで、将来が楽しみだ。いやいや、そんな話ではないんだ。


「ダメだ! ちょっと、大きくなったからって、危な過ぎる。連れてはいけない」


 そんなパパの発言に、ロココが異を唱えてくる。


「わたしがこのくらいの時は、ダンジョンでバリバリ戦ってたニャ」


 それを聞いた麗華が、負けじと言い放つ。


「美麗、あなたが頑張れるというなら、ママは賛成ですわ。でも、挫けたらお仕置きですわ」


 二人の母親を味方に付けたルルラと美麗は、元気に頑張ると声を上げる。


「お前等、何を言ってるんだ! 俺は反対だ! 見た目は大きくなっても、中身はまだ幼女だぞ! 魔物と戦うなんて早過ぎる」


 母親を味方につけてもダメだ。なにがあっても賛成できない。

 相手が魔物とはいえ、生き物を倒す光景は、刺激が強すぎるはずだ。間違いなくトラウマになるはずだ。


 絶対に賛成できないと首を横に振ると、俺の肩に誰かの手が乗せられた。

 振り返ってその人物を確認すると、ゴージャスな胸を押し付けてくるアンジェだった。


「まあ、死神も唯の親ということか。いいじゃね~か。可愛い子供には試練を与えるもんだ」


「馬鹿言ってんじゃね~。それはある程度、成長してからの話だ。二人ともまだ二歳なんだぞ。冗談も休み休み言え」


「確かに、私もユウスケの意見が尤もだと思えます。いくら指輪で成長しているとはいえ、二歳の幼女が魔物と戦う光景を見せるのは、少しばかり酷な気がします」


 さすがはマルセル。彼女は俺に賛同してくれた。

 アンジェとは違って、真面な神経を持っているようだ。


「そうじゃな。いくら何でも、少し早いじゃろうな」


 クルシュも頷きながら同調してきた。

 よしよし、流れはこっちに傾いたぞ。なんて、心中で歓喜の声をあげていると、子供達からブーイングがあがる。


「クルシュおばあちゃん、もうきらいニャ」


「おばあちゃんのケチ!」


「あう……おばあちゃん……何たることじゃ、妾はまだ二十代だというのに……」


「クルシュ、ごめんニャ。ルルラ、ちゃんと謝るニャ」


「本当に申し訳ありませんわ。ほら、美麗もクルシュに謝るのですわ」


 おばあちゃんと呼ばれてガックリと項垂れるクルシュに、ロココと麗華が謝りつつも、我が子にも頭を下げさせた。

 そんなやり取りを見かねたのか、サクラが割って入る。


「ねえ、ルルラ、美麗。戦うというのは、そんなに生易しいことではないのよ。だから、暫くはわたくしと修行しましょ?」


「しゅぎょうかニャ?」


「それ、たのしい?」


 成長したとはいえ、元が二歳だけあって、さすがに戦いの何たるかもしらない。

 だいたい、楽しい訳がない。


「そうですわね。まずは、本当に戦えるかを確認するものよいでしょう」


「確かにそうニャ。わたし達が強いと言っても、遊びに行くわけじゃないんだからニャ」


 この後、幼女二人に戦いとは何たるかを教えるために、俺達は鍛錬場に脚を向けた。









 広い敷地は、土の地面に覆われ、並大抵の魔法ではビクともしない障壁が取り囲んでいる。

 ここは、天空城内に造られた鍛錬場だ。

 その鍛錬場の真ん中に、鬼が立っていた。

 足元には、愛娘二人が転がっている。


 おいおい、やり過ぎだろ! 初めての鍛錬だってのに……少女に見えても中身は二歳だぞ。わかってんのか!?


「そんなことで戦えると思ってるかしら」


 戦えると思ってるのかしらって、それ以前に、二歳の幼女に戦いを強いる方がおかしいだろ……


 転がるルルラと美麗を叱咤しったしているのは、鬼の形相を張り付けて仁王立ちする麗華だった。

 勇者としての風格を見せる彼女を前にして、ルルラと美麗の二人は、息絶え絶えといった様子で首を項垂れている。


「れいかママ、つよすぎるニャ。うちら、このままじゃ、しんじゃうニャ」


「だって、ママ、ゆうしゃだし……」


 麗華を相手にしていること自体が異常なのだが……いったい何を考えてるんだ!?


 彼女に勝てる人間なんて、この世界に数えるほどしか居ない。

 もちろん、実力の欠片すら出していないだろう。

 そもそも、二歳の娘に戦いを教える方がどうかしている。仮に、十二歳の姿になっていたとしても、それは変わらない。

 だが、母親というのは娘に厳しいものなのか、ロココが二人に追い打ちをかける。


「ルルラも美麗も、こんなんじゃ、ダンジョンどころじゃないニャ」


 う~ん。この仕打ちには反対だが、その意見には大賛成だ。さっさと諦めてもらおう。


『できました~~~~~~~~~~!』


 コテンパンにやられる娘二人を助けるべく脚を踏み出したところで、綾香の声が頭の中でとどろいた。

 どうやら、洗脳防止のアイテムが完成したようだ。

 踏み出した足を止め、向き先を会議室に向ける。

 ほどほどにしろよと伝え、ロココ、麗華、サクラ、ルルラ、美麗の五人を残し、ラティとマルセルを連れて、その場を後にした。


 会議室に入ると、そこには、綾香、クルシュ、爺ちゃんが既に座っていた。

 ただ、綾香はよほどの自信作なのか、早くお披露目をしたいらしい。そわそわとしている。


「ユウスケ、早く、早く! 早くしてください」


「はいはい」


 肩を竦めながら返事をすると、我慢できないとばかりに、彼女はできたてほやほやのアイテムをテーブルの上に乗せた。


「じゃじゃ~~~ん! これです」


「ただのブレスレットじゃん」


「はぁ? 私が造ったものが、ただのであるはずがないじゃないですか! この愚か者!」


 率直な感想を述べると、思いっきり罵声を浴びせかけられた。

 しかし、目の前にあるのは、どう見ても唯のストーンブレスレットだ。

 その石の正体は水晶なのか、やや透明度は低いもののテーブルの色を透かせている。確かに、綺麗なブレスレットではあるものの、特別な代物には見えない。


 ん~、今回は俺を忘れさせないようにするというか、奴等が使っている邪悪な波動を遮るのが目的だよな? ブレスレットで、どうやって自分を守るんだ?


「ユウスケ。これにマナを注入して下さい」


 怪訝に思っていると、彼女は山積みされたブレスレットの中から、無造作に一つだけを取りあげて放り投げてきた。


 これにマナを注げばいいのか? まあ、やれと言われたらやるけどさ。


 受け取ったブレスレットを掌に乗せて、特に考えることなくマナを注入する。

 すると、水晶のように透明だった石が、ハート型が似合いそうなピンク色になる。

 その途端、顔を真っ赤にした綾香が慌てて駆け寄ってくると、俺の掌に乗る赤いブレスレットをぶんどってポケットに仕舞った。


「す、すみません。いまのは、間違いです」


 おいおい、何の間違いなんだよ……てか、今のブレスレットはいったい何だったんだ? めちゃめちゃ気になるんだが……


 異様に気になるのだが、彼女は別のブレスレットを渡してきた。


「も、もう一度お願いします。今度は大丈夫です」


 なんか、めっちゃ怪しいんだが……


 胡散臭いと思いながらも、受け取ったブレスレットにマナを込める。すると、今度は紫色に変わり始めた。

 チラリと綾香を見やると、今回は満足そうな表情で眺めていた。


 今度は間違いじゃなさそうだな……


 完全に色が変わり切ったところで、綾香がもう十分だと頷いた。

 彼女は、その色の代わったブレスレットを自分の腕に填める。


「では、鍛錬場に行きましょう」


 何を考えたのか、綾香はそのままスタスタと会議室を後にする。


「鍛錬場で、なにをやる気なんだ? 確か、奴等の洗脳を遮るアイテムのはずだが」


「取り敢えず、行くしかなかろうな」


 どうやら、彼女の行動が理解できないのは、俺だけではないようだ。クルシュが眉を顰めて肩を竦めた。ただ、その言葉を尤もだと感じ、後を追うことにした。

 鍛錬場へ到着すると、そこには完全に伸びている愛娘と、溜息を吐く二人の母親がいた。


「どうしたんだ? 溜息なんて吐いて」


 二人の母親であるロココと麗華は、首を横に振りながら、自分達の感じたことを口にする。


「わたし達って、ユウスケの足をどれだけ引っ張ってたニャ?」


「娘達を見て思いましたの。わたくし達もこんな口先だけの小娘だったのだろうかと……」


 どうやら、弱々しい娘達の姿を目にして、自分達の過去を振り返ってしまったのだろう。


 おいおい、肉体と精神が成長しているとはいえ、二歳だからな? 何を期待してるんだ? どんだけ教育ママなんだ?


「お前達には、沢山助けてもらったぞ。何も心配することはないさ。それに、二人とも指輪でこんな姿だが、本当は二歳だからな。勘違いするなよ」


 正直な気持ちを伝えながら、落ち込む妻達を抱き寄せる。

 だが、綾香の咳払いによって、夫婦の抱擁タイムが妨げられる。


「おほんっ、抱き合うのも良いですが、時と場所を選んでください」


「す、すまん」


「ご、ごめんニャ」


「ご、ごめんなさい」


 確かに、綾香の言う通りなので素直に謝る。

 ロココと麗華も慌てて頭をさげた。

 すると、何を考えたのか、嘆息しつつも綾香はとんでもない要望を投げつけてきた。


「ユウスケ、私に向けて魔法を撃ってください。ああ、強力なのは駄目です。失敗だったら、私が死んじゃいますから」


「大丈夫なのか? 怪我しても知らないぞ?」


「マルセルが居るから大丈夫です。というか、どれだけ強力な魔法を撃つ気ですか! なにか、私に恨みでも?」


 恨みね~。特に、恨みはないが、言いたいことなら沢山あるぞ。

 まずは、娘達に二次元が最高だと刷り込むのはやめろ。お前は、二次元の宣教師か? まあいい、とにかく魔法をぶち込めばいいんだな。


 綾香の意図するところは理解できないのだが、撃てと言うのだから大丈夫なのだろう。言われた通り、魔法を彼女に向けて放つ。


「ファイアーボール!」


 それは、かなり手加減した魔法だ。というか、俺が持つ魔法の内、最低級の攻撃魔法だ。

 そのはずなのだが、少しばかり塩梅を間違えたかもしれない。

 最低級の魔法でも、俺が撃つことで恐ろしいほどの威力になるからだ。

 間違いなく、受ける者が常人であるのなら、ヤバいことになるはずだ。


 思ったよりも威力の高そうなファイアーボールは、綾香に向かって高速で飛来する。

 綾香といえば、もの凄い速さで回避する。


「ちょっ、ユウスケ、何やってるのですか! 私を殺す気ですか! はぁ、はぁ」


 何をするかと思えば、奴は一目散に逃げ出して罵声を浴びせてきた。

 どうやら、これでも魔法が強すぎたみたいだ。小さな胸を押さえて何度も息を吐き出している。


「す、すまん。もうちょっと手加減する」


「待ってください。やっぱり、ユウスケはダメです。ダメダメです。所詮、ダンプカーはどれだけスピードを落としてもダンプカーですね……そうですね~、麗華、お願いします」


 誠心誠意で謝ってみたのだが、思いっきりこき下ろされた。

 多分、俺が放てば、最小の魔法でも命の危険を感じるのだろう。


「良いですわよ。それでは――参れ、神剣」


 麗華はにこやかな表情でコクリと頷くと、何を血迷ったのか神剣を呼び出した。


「ちょっと、麗華。それで何をする気なんですか?」


「えっ!? 烈風乱舞ではダメですか?」


「あほですか、この天然女! それで私を細切れにするきなのですか!?」


 綾香は慌て蓋めいて距離を取ると、まったく状況を理解していない麗華を罵る。


「えっ!? 攻撃して欲しいのでは?」


「違います! 大怪我をしない程度の魔法を撃って欲しいだけです」


「それなら、そうと言ってくだされば――」


「はぁ~、とにかく、最小の魔法でお願いします」


「では、ファイアーボール!」


 綾香が疲れた様子で溜息を吐くと、神剣を仕舞った麗華が魔法を発動させた。

 すると、かなり加減したのか、今度は小さな火の玉が綾香に向かって放たれた。

 どうやら、今度の魔法攻撃なら問題ないみたいだ。

 今度は逃げることなく手を突き出した。そして、魔法が当たると思った瞬間、麗華が放ったファイアーボールは、綾香の寸前で弾け散ってしまった。

 見た目だけで言うと、シールドのようなもので防いだ感じだ。


「ただの魔法シールドじゃないのか?」


 シールドに何の意味があるか解らず、思わず疑問が零れる。

 その途端だった。綾香は自慢げに笑い始めた。


「ふふふっ、いまのがシールド? そう見えましたか、愚か者」


 くそっ、なんかすげ~ムカつく。もう一回、ファイアーボールをぶち込んでやろうか!


「いいから、さっさと説明しろ」


 ドヤ顔で暴言を吐く綾香にムカつくが、相手にしてやると調子に乗るので、とにかく話を続けさせる。


「おほんっ。いまのは、○Tフィールドで魔法を弾いたのです。現在の私は、○Tフィールドを展開しているので、魔法や攻撃を防ぐことができます」


 こいつ、またか、またパクりやがった……まあいい。亜空間フィールドと呼ぼう。だが……


「てか、障壁はいいんだが、それで奴等の思念が防げるのか?」


 素朴な疑問を口にすると、パクラーがさげすみの視線を向けてきた。


 なんだよ。その冷たい眼差しは……もしかして、俺をバカにしてるのか?


「ユウスケは、馬鹿ですね」


 ぐあっ、思いっきりバカにしやがった。くそっ、めっちゃムカつく……あとで見てろよ。


「いいから、続けろ」


「相手は地脈を使っていて、何らかの魔法攻撃を仕掛けてきているのです。そう、思念も魔法を使っているはずです。おそらく、呪いとかと同じ原理だと思います。ですから、シールドで防御すれば、奴等の洗脳は届かないはずです」


 そのドヤっぷりが鼻につくが、そう言われると、そんな気がする。ただ、無性にムカつく。


 なんとなく説得力のある説明に納得していると、今度は麗華がパクラーにツッコミを入れた。


「でも、それって障壁ができたら、周りと接触できないのでは?」


 麗華が尤もとも思える疑問を投げかけると、奴はしたり顔で首を横に振る。おまけに人差し指を横に振っていて、その態度がとても鬱陶しい。


「チチチッ、それこそが素人の浅はかなところです。私の造った物は神器です。そんな問題は克服しています」


 いやいや、唯のチートだよな。このパクラー野郎!


「なにか言いたいことでも?」


 どうやら、俺が放つ負の感情に感づいたのか、綾香が鋭い視線を飛ばしてくるが、知らん振りを装う。


「まあいいです。全員このアイテムを装着してください。そうすれば、敵の思念が私達に届くことはないと思います。あと、すでに汚染されている仲間達にも装着させてください。そうすることで、現状が改善されることはなくても、これ以上の影響を防ぐことができるはずです」


 さすがは、チート嫁。ネタはパクリだが、効果は抜群だな。というか、汚染っていうな。バカちん!


 心中でこっそりと綾香のことを褒めつつも、罵倒することも忘れていない。

 そんな俺の側に、彼女がこっそりとやって来たかと思うと、コソコソとささやく。


「ご褒美を所望します」


 はぁ~。どうやら、今夜は綾香を満足させる必要がありそうだ。









 あの後、綾香が造ったブレスレット全てにマナを注入して、各方面へ配ることになった。

 そして、一番初めにアルベルツへとやってきた。

 なんてったって、筆頭嫁をないがしろにはできないからな。


「これを着けて下さい。絶対に外さないように」


 マルセルが、エルザとミレアに真剣な顔で言い聞かせている。

 さすがに、彼女のことは忘れていないので、二人とも真面目な顔で頷いて装着した。

 やはり、綾香の言う通り、それで洗脳が解けることはなく、何も起きないと知って、二人は首を傾げていた。

 ただ、そんなことよりも、俺の中は悲しい気持ちでいっぱいだった。

 俺はというと、以前に作成してもらった変身の指輪で姿を変えていて、マルセルの護衛だと伝えてある。

 しかし、その時だった。エルザの後ろから一歳半になるクロトアが飛び出してくる。そして、何を考えたのか、俺に飛びついてきた。


「ぱ~ぱ……ぱ~ぱ!」


 指輪の能力で変装しているはずなのだが、どうやら、クロトアには俺のことが解るらしい。


 頬に熱い感触が伝わる。

 自分の息子が洗脳されずに、俺のことを覚えていたのだ。涙が零れても当然だろう。

 あまりの感激に、思わずクロトアを抱きあげてしまう。

 すると、今度はミレアとの間に生まれたミルカが、走ってきたかと思うと、脚に抱きついてきた。


「パパ、どしたの? どして、ないてるの?」


 ミルカは三女だが、生まれた時期は美麗と殆ど変わらない。だから、簡単な言葉なら話すことができる。


 子供達が自分のことを覚えている。それが最高に嬉しくて、外聞もなく涙を流し続けた。

 すると、エルザが慌てて近寄ってくる。首を横に振りながら子供達を引き離そうとする。


「クロトア。パパはその人はじゃ……あれ? パパって誰? 私の夫は……世界最強の旦那様だったはずなのだけど……」


 子供を抱えようと両手を伸ばしたままのエルザが、独り言のように自問自答を始める。そして、終いには頭を抱えてうずくまってしまった。

 どうやら、俺のことを思い出そうとして頭痛に襲われたのだろう。

 その横では、ミレアも同じように蹲っている。

 そんな二人に、クロトアとミルカが、心配そうに声を掛ける。


「ま~ま、ま~ま。ぱ~ぱ、ぱ~ぱ」


「ママどしたの? パパいるよ?」


 その途端だった。突如として、エルザが奇声を上げた。


「ああああああああああーーーーーーーーーーー!」


「くあああああああああーーーーーーーーーーー!」


 エルザに呼応するかのように、ミレアも絶叫している。

 二人の叫びに驚いて泣き始めた子供達を抱きしめたまま、マルセルに視線を向ける。


「精神回復!」


 考えを察したマルセルが、エルザとミレアの頭の上に手を置き、精神異常を回復させる魔法を放つ。

 一瞬、ブレスレットの効果で魔法が弾かれるかと思ったが、さすがはチートパクラーだ。

 彼女の魔法は弾かれることなくエルザとミレアに作用したようだ。


 まあ、チートアイテムだし、綾香もそれくらいは考慮していたのだろう。いや、それよりも、エルザとミレアは大丈夫なのか!?


 奇声や絶叫は収まったものの、うずくまったままの二人が心配になってくる。

 ところが、エルザがスッと立ち上がった。

 次の瞬間、彼女は物凄い勢いで抱きついてきた。


「ごめんなさい。ユウスケのことを忘れるなんて、私って最低な女だわ」


「エルザ、お、思い出したのか?」


 彼女は、その綺麗な双眸そうぼうから滂沱ぼうだの涙を流しながら頷いている。


「ありがとう。クロトア、ミルカ、貴方達のお蔭よ。最高の息子と娘ね」


 エルザは、クロトアとミルカの頬に口づけをしながら優しく頭を撫でる。

 そんなエルザの後ろから、ミレアがおずおずと姿を現す。


「旦那様、ほ、本当に申し訳ありません」


 どうやら、彼女も思い出してくれたらしい。

 子供達を下ろすと、ミルカがミレアに抱き付きながら首を傾げている。


「ママ、もうだいじょぶ? どして、ないてるの?」


 状況を全く理解できていない子供達は、全員が泣いているのを不思議に思っているようだ。

 そう、マルセルも満面の笑みを見せつつも、滂沱の涙を流している。


「それより、変身してたのに、良く俺だと解ったな」


 変身アイテムで外見を誤魔化しているのに、エルザは全く疑うことなく抱き付いて来たのだ。

 洗脳から解放されたことより、そっちの方が気になってしまった。


「どんな姿をしていたって、ユウスケの匂いは解るわ」


 うむ。俺ってどんな匂いがするのだろうか……


 この後、九重、松崎、北沢の召喚者三人組にもブレスレットを装着させたが、残念ながら、彼女達が俺を思い出すことはかった。

 この辺りが、嫁との違いだろうか。

 まあ、そんなことはよいのだ。それよりも、今はエルザ達に状況を説明する必要がある。

 俺達四人と子供達は、アルベルツ教会にある法王室で、現在の状況を連携することにした。


「そんなことになってたのね。だったら、私も行くわ」


 予想通り、エルザはダンジョンに篭ると聞いた途端に、参加を表明してきた。だが、息巻く彼女を押し止める。


「いや、今回は残ってくれ」


 彼女は不満そうな表情で反論してくる。


「もしかして、怒ってるの?」


 どうやら、エルザは、俺を忘れていたことを後ろめたく感じているのだろう。

 しかし、彼女を連れて行かないのには理由がある。

 それをきちんと話すことにした。いや、説明しておかないと、あとが大変そうだ。


「ぜんぜん怒ってないぞ。エルザを止めた理由は他にあるんだ。ダンジョン攻略は、俺達の力ならそれほど難しいことじゃない。ただ、このブレスレットを渡せない国もあるんだ。その国々で問題が起きないように、お前達には見張っていて欲しいんだ。大切な息子と娘も居るからな」


 説明を聞いたエルザは、クロトアとミルカを見やり、「そうね」とだけ声を漏らした。

 その表情は、とても残念そうなのだが、これも大切な役割なのだ。


「そんな顔をするなよ。お前達が居るから、俺も自由に動けるんだ」


 いつまでも表情を曇らせているエルザとミレアに、笑顔でフォローを入れると、最終的には二人とも納得してくれた。

 ただ、二人から、今夜だけは一緒に居てくれと頼まれ、綾香に平謝りすることになってしまった。









 エルザとミレアが回復したその日は、クロトアとミルカを含め家族で団らんを過ごし、家族の愛と絆を深め、子供達が寝静まった後に、大人の愛を確かめ合った。

 そんな幸せな時間を過ごした翌日、俺とマルセルは、ミストニアで仲間にブレスレットを渡した。しかし、無情にも、誰も洗脳が解けることはなかった。

 それについて考えた。きっと、自分の愛が足らなかったのだと。

 だから、これからは、もっと、みんなを愛そうと心に決めた。


 ミストニアに続いて、同盟国であるローデス王国へ行ったのだが、これが酷いことになった。

 なんと、ローデス王国の義経は、俺どころか、マルセルさえも覚えておらず、ワープで移動した途端に、曲者扱いで追いまわされたのだ。


「さすがに、ダンジョンが沢山ある国だと、洗脳の度合いも凄いのですね」


 散々に逃げ回ったマルセルは、天空城に戻ると、息絶え絶えといった様子で愚痴をこぼした。


「仕方ないさ。他の国は一つか二つなのに、あの国には五つもあるからな」


 義経のことを残念に思いながらも、マルセルを宥める。

 そして、気を取り直してラウラル王国に行ったのだが、なんと、ここでも取り囲まれてしまい、王様に忠告されてしまった。

 ただ、その内容は、全く別問題だ。


「うちのカシアスを嫁にもらうまでは、死んでも忘れんぞ! いや、この場で結婚の宣言せねば、絶対に帰さんからな!」


 そんな王様に対して、爺ちゃんの娘であり、現在のラウラル王国第一王妃は、王様の額に扇子を投げつけて言い放った。


「いまは、それどころではないでしょ。状況を考えなさい。それに、ユウスケはちゃんと嫁にもらってくれますから」


 最後の一言がとても気になったのだが、取り敢えずは、ブレスレットを渡し、現在の状況を説明することができた。

 彼女達には、他国から侵略されることがあれば、直ぐに連絡するようにと伝えたのだが、右隣はアルベルツなので、心配なのはデトニス共和国だけだ。


 こうして何とかブレスレットを配り終え、爺ちゃん、サクラ、クルシュを自国に送る。そして、いよいよダンジョン攻略に向かうことになった。

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