第53話 絆


 重い……またラティだな……


 やはり、ゆっくり寝るなら我が家が良い。

 昨夜のパーティーが終わったところで義経をローデス王国に送り届け、ジパングの屋敷に帰って来ていた。


 あれ? ラティじゃないんだ……


 現在は、我が家、我が部屋の座敷で寝ているのだが、体重を掛けていたのは、サクラだった。

 いつもならラティかロココのはずなのだが、今日に限っては、なぜかサクラが潜り込んでいた。

 普段から清く正しく美しくを体現したような人物なのに、いったい彼女に何が起こったのだろうか。

 暫く自分の状態を確認してみたのだが、大人の階段を駆け上がったということはなさそうだ。


 てか、ラティは? いつものラティはどうしたんだ?


 視線を腕の重みに向けると、ラティが俺の右腕を枕に寝息を立てている。

 そうなると、左腕の重さはロココか……と思いきや、なぜか綾香がスヤスヤと眠っている。


 おいおい、いったい何がどうなっちまったんだ? いや、それにしても、ラティの美しさは半端ない破壊力だよな。


 疑問を掻き消すほどの美しさに惚れ惚れとしてしまう。

 美し白銀の髪と長いまつ毛。いまだ少し丸みのある顔は魔人特有の小麦色だが、肌理きめの細かいすべすべの肌をしている。それに、何といっても、今は閉じられていて見ることができないが、その宝石のように輝く金色の瞳は、とても神秘的な雰囲気を秘めている。


 昨夜、屋敷に帰ってきた時に、その美しきラティの成長した姿を目にした綾香とサクラが、物も言えずに凍り付いていた。

 そして、二人はコソコソと強敵だとか絶対に勝てないとか言っていたが、俺としては、別に勝ち負けなんて関係ないと思う。

 あと、エルザに関して述べると、既に嫁確定となった余裕か、以前と比べてかなり優しくなった。こんな女なら絶対に嫁にするぜ! と思わせるような美しい女性に成長しつつあるようだ。


 さて、何時までもこうしている訳にもいかないし、そろそろ起きるか。


 サクラの柔らかな肢体に、心地よい暖かさを感じながらも、邪念を打ち払って起きることにした。

 なんといっても、サクラは従妹だ。下心を抱くなんて以ての外だ。

 自分を戒めながらゆっくりと身体を動かそうとすると、彼女は瞼を開いて日本人らしい双眸を向けてきた。


「兄様、おはよう御座います。わたくしの心が伝わりましたか?」


 いや、お前の心って……何を伝えたいんだ? お前は従妹だぞ?


「兄様は、常識に囚われ易い性格だと思いましたので、わたくしも意を決してみました」


 その常識って、まさか従妹との結婚に対することか?


 確かに、日本でも従兄妹同士の結婚は認められている。しかし、世間の人々は奇異の目で見るだろう。

 そういった考えを言っているのだろうか。


「はい。ここでは誰も奇異の目で見る者など居りません」


 しかしな~~~、どこか抵抗を感じるんだが……


「いつまでも、そんなにヘタレていると、襲いますよ?」


 いや、復活したはずだ。既にヘタレは卒業したんだ。


「では、わたくしを妻にして下さいますね?」


「でも、しかしな~~~」


 どうしても踏ん切りがつかない。これは日本で育った弊害だろうか。

 というか、完全に思考を読まれているような気がする。


「兄様、幼い頃に約束して下さいましたよね」


 だって、あれは幼稚園の頃の話じゃないか。


「あれからずっと兄様のお嫁さんになることを願っておりました」


 そ、そうなのか! うぐっ、それは子供ながら酷い事をしたな。


「さくらは、あの頃からずっと兄様をお慕いしております」


 サクラは泣きそうな表情で胸に頬を寄せる。

 すると、サクラの頭を乗せている俺の胸が、しだいに熱く高く鼓動しはじめる。


 この感覚は何なんだろうか。恋とか愛とか、そういったものとは違って、大切だとか守りたいとか、そういった気持ちのような気がする。こういうのを父性本能と言うのだろうか。

 気が付くと、その鼓動と熱い気持ちから抜け出せなくなっている。

 その熱い気持ちが何なのかハッキリしないが、サクラを自分の女にしたい想いだけは理解できた。

 少なからず自分の想いを理解し、素直な気持ちで心の内を打ち明ける。


「サクラ。お前は俺にとって大切な存在だ。お前を誰にも渡したくない。嫁というと、いまだに少し抵抗を感じるが、ずっと、傍に居てくれるか?」


 なんとも都合のよい台詞だと自分でも分かる。

 ただ、自分の中にある正直な気持ちがそれなのだ。

 そう、結婚は約束できないが、俺の女になれといっているのと同義だ。

 ところが、彼女はその黒い瞳を大きく見開くと、目一杯の涙を溜めて頷いた。


「いつまでも、この命が続く限り、兄様の傍におります。たとえ、この精神が朽ち果てようとも、兄様を愛し続けます」


 まるで神前での誓いのようだった。

 サクラは誓いを立てるかのように宣うと、滂沱の涙を流しながら口づけをしてくる。

 両手が動かないこともあって、ただただ彼女の熱い口づけを受け入れることしかできない。ただ、両手が動かせる状態であったなら、間違いなく彼女の身体を強く抱きしめていただろう。


「サクラ、おめでとうちゃ」


 サクラと熱い口付けを交わしていると、突如として、ラティの祝福の声が届く。


 視線を向けると、幸せそうな表情のラティが、俺に口づけをしてきた。

 こうして二人の嫁と朝から熱い口づけでスタートしたのだが、右側で綾香が「出遅れた」と呟いていた件については、聞かなかったことにした。









 節操もなく朝から嫁を増やし、少しばかり幸せな気分で食事の間に入ると、エルザが座布団に座ってお茶を飲んでいた。

 俺が起きてきたことに気付くと、すぐさま朝の挨拶をしてくるのだが、まるで何もかもを見透かしているかのような眼差しを向けてきた。

 別に悪いことをした訳でもないので、堂々と自分の席に着くと、早速とばかりに食事にとり掛かろうとしたのだが、ツツツっとエルザが近寄ってきた。そして、何を考えたのか、抱き着いたかと思うと、熱い口づけをしてきた。


 うおっ! どうしたんだ? 朝からデレてんのか?


 驚く俺を他所に、彼女はいつまでも唇を重ねていたのだが、暫くしてゆっくり唇を離すと、ニヤリと笑みを浮かべた。


「誰をお嫁にしたのかしら。増えたのでしょ?」


 その表情からすると、全く怒っていないようだ。それどころか、新しいお嫁さんを祝福しましょう、といった雰囲気だ。


「サクラを嫁にした」


 別に心暗いところなど何もないのだ。だから、堂々と宣言した。

 すると、彼女は俺の後ろに立つサクラに「おめでとう」と、楽しそうな表情で祝福を送る。そして、ゆっくりと視線を戻すと、新たな決まりを口にした。


「今日から、妻たちとの挨拶は、口付けよ」


「もう済ませたっちゃ」


「わたくしも……でも、もう一回……」


 エルザが決まり事を口にすると、妻となったラティとサクラが納得の表情で頷いている。

 ただ、ロココ、綾香、麗華、マルセルの四人が不満そうにしている。

 アンジェに至っては、全く意に介していないようだ。奴の場合は、自分がしたければ、する、そういう女だ。

 しかし、そんなやり取りを目の当たりにしたことで、ラウラル王国王女のカシアスと臣下のパトリシアの二人が、恥ずかしそうに俯いている。


 まあ、カシアスやパトリシアじゃなくても、「なに朝っぱらから盛ってんだこいつ等」って、思うよな……


 二人の様子を目にして、少しばかり素に戻り始める。そして、さりげなく食事を始めようとするのだが、そこでエルザが爆弾を投下する。


「もちろん、妻以外も本人が望むなら別に構わないわよ?」


「それなら、了解ニャ」


「私も賛成ですわ」


「では、今から挨拶します」


「私も恥ずかしながら、これから挨拶させて頂きます」


 爆弾がさく裂すると、ロココ、麗華、綾香、マルセルが納得の表情で頷き、一斉に押し寄せてきた。


 ちょ、ちょっと、まて! それって、問題なんじゃないのか?


 疑問を抱きつつも四人に抱き着かれ、今まさに朝の口づけを受けようというタイミングで入口の戸が開かれた。


「おお、みんな元気じゃのう。ユウスケ、サクラ、いつ曾孫の顔を拝めるんじゃろうか」


 爺ちゃんの登場で、それまで盛っていた女性陣が、恰も潮が引くように静々と自分の席に戻っていく。まあ、この面子は恥ずかしがり屋が多いので、それも仕方ないだろう。


 それにしても、爺ちゃん、凄い威力だな。まるで殺虫剤みたいだ。いや、それよりも、爺ちゃんが呼び出した用事ってなんだ?


「ところで、爺ちゃん。話があるとかいってたけど、何の件だ?」


 そう、屋敷に戻った時に、爺ちゃんからの言伝を受けていたのだ。

 急ぎではないということで、そのまま就寝したのだが、本人が目の前に現れたことで思い出した。

 爺ちゃんは笑い声を上げつつ、遠慮するでない、ホレ、ぶちゅ~っとな! なんて冷やかしているのだが、質問を投げかけると、にこやかな視線を向けてきた。


「ユウスケ。ちょっと南の島に行ってこぬか」


 爺ちゃんは一つ頷くと、然もお使いでも頼むかのように、軽い調子で告げた。









 眼下には、青い海が広がっている。

 うろこ状に連続して起こる青い波は、泡立つ白波と混ざり合って、とても幻想的な光景を作り出している。

 そこから少し視線を少し上げると、どこまでも続く水平線が目に映る。

 その広い海原を眺めていると、疲れた心を癒してくれるような気がしないでもない。

 こうやってどこまでも続く海原を目にすると、明るい時間帯での空中飛行もなかなか良いものだと思えた。


 現在はというと、空を飛んでいる。

 といっても、俺の固有能力やラティの竜化ではなく、やっと完成した綾香の飛行船なのだが……これを飛行船と呼んでも良いのだろうか……


 そんな空飛ぶ乗り物について語るには、爺ちゃんから話を聞かされた朝食時にまで遡ることになる。

 ジパング国の殿様――爺ちゃんから、ちょっとスーパーまでお使いに行ってきてくれ、と言わんばかりの軽いノリで告げられ、南の島にいくことになった。

 まあ、色々と忙しいのだが、様々なことを見透かす爺ちゃんの言葉を無視することもできず、渋々ながらも頷くしかなかった。

 ただ、南には海が広がっていて、空を飛んで行こうにも、途中で休む場もないという問題がある。


「うちなら、空でも海でも大丈夫なんちゃ」


 なんて、ラティの意見もあったが、さすがに酷使しすぎだという話になり、結局は船で向かうかという結論に至った。

 ところが、そこで小さな胸を張る綾香が登場した。

 ああ、最近では、成長期のエルザやマルセルにも抜かれ、胸の大きさでは底辺を彷徨い始めている。

 そんな彼女のが、やたらと自慢げに声をあげた。


「とうとうこの日がやってきました。私が作り上げた最高の傑作が羽ばたく時です」


 綾香は無駄に大きな声で発表したのだが、俺としては不安ばかりが伸しかかる。

 しかし、報告を聞いた途端、誰もがさすがは綾香などと褒め称え、早速とばかりに飛行船の所在地まで足を延ばした。

 だが、そこに在ったのは、直径五十メートル範囲を障壁で囲んだ小さな城だった。

 まあ、直径五十メートルの敷地にある城を小さいと思うのは、この世界の城を見慣れた所為かもしれない。

 なにしろ、エルザの実家であるマルブラン家の城よりも小さいからだ。

 その様相はといえば、見た目は四階建てであり、わざとらしいほどに城らしい作りで、いかにも何とかランドの城みたいだ。

 まあ、これはこれで悪くないのだが、期待していたのは、飛行船であって城ではない。

 そんなこともあって、城を目にした誰もが首を傾げた。


「これって、飛行船を作るための施設かしら?」


「それにしちゃ、飛行船を出入りさせるような造りじゃないぞ?」


 こぢんまりとした城を目にして、エルザとアンジェ、マルブラン姉妹が腕を組んだまま疑問を口にする。

 こうやって見ると、さすがに姉妹だけあって、齢は違えども良く似ている。いや、現状では、それもどうでもいい。


 ううっ、なんか嫌な予感がしてきたぞ……綾香のやつ、まさか……


「綾香、飛行船は――」


 嫌な予感を抱きながらも口を開くと、綾香が被せて自己主張した。


「何を言ってるんですか。何処から見ても飛行船ですよね」


 いやいや、船じゃないし……あっ、この女、俺の監視がないのを良いことに、またやりやがったな……


「さあ、中に入りますよ」


 俺が放つ冷たい視線を避けながら、綾香はそそくさとみんなを中に引き入れている。


 くっ、こいつ、絶対に、やっちまったぞ……パクりやがった。このパクラー、またパクりやがった。


 パクリ女という言葉を呪詛の如く連呼しながら後に続く。


 やっぱりだ……


 城の内部がいつものパターンであることを確認して、綾香に黒印をつける。そう、完全に黒だ。奴には黒の刻印しかない。


 ああ、いつものパターンについてだが、城の内部は外見と全く違う世界が広がっている。そう、装甲車の内部と同じ原理だ。

 それはそうと、密かに容疑を固めていると、確信犯が俺の手を引っ張り始めた。


「こっち。ユウスケの力がいるのです」


 なにが俺の力だ。マナが必要なだけだろ! てか、おいっ! ここはアークエ○ジェルの中か?


 手を引く確信犯が扉を開くと、そこはどう見ても宇宙船の操舵室だった。

 おまけに、その光景は連邦軍仕様にしか見えない。


 確定だ! おいっ! お前、やりやがったな。誰がパクれって言ったんだよ!


「そこにマナの注入をお願いします」


 確信犯は視線を合わさないようにしながら、大きな魔石を指差す。

 溜息を吐きつつも、言われる通りに魔石へとマナを注入する。


「それは良いが、これってどうやって運転、いや、操縦するんだ? 俺には無理だぞ」


「これの飛行はかなり難しいので、私が操船します」


 いやいや、そもそもこれって船じゃね~だろ。


 心中で吐き出した否定が聞こえる訳もなく、確信犯は即答すると、スクリーン前の操舵席に着いた。そして、内部アナウンス代わりに念話で通達する。


『これから発進します。私が良いと言うまで、決して外に出ないで下さい』


「揺れないとは思いますが、ユウスケも座ってください」


 いや、座れと言われても、まだマナを半分しか供給できてね~ぞ。


「マナが満タンじゃないけどいいのか?」


 有りの侭を伝えると、確信犯から意外な答えが帰ってくる。


「それを満タンにすると一年くらい飛べますから、今の量でも問題ありません」


 おおお~~~! すげ~省エネじゃん。珍しくエコ仕様なんだな。って、言うと思ったか? このパクリ野郎!


 絶対零度視線を浴びせかけるが、確信犯は発進準備を進めていく。


「初飛行ですので、外部カメラからの情報をスクリーンに映します」


 彼女の台詞の意味を把握する前に、全く別の場所からこの城を捉えた映像が、正面スクリーンに表示される。


「それでは、発進!」


 彼女が発した号令の声と同時に、外で花火を打ちあがる。そして、その様子が操舵室のスクリーンに映し出されている。


 こいつは、いったい何を考えているんだ? 一人で出港式の準備までしたのか? もう、完全に壊れてるだろ、お前の脳みそ!


 俺の気持ちとは裏腹に、城はその周りを囲む障壁と共に上昇していく。

 そして、空中に浮いたこの飛行船の全貌を見た時、俺は膝を床に突けてしまった。


 ごめんなさい。俺の管理不足です……


「ラ○ュタニャ」


 絶対口にしないつもりだった台詞を、無情にもロココが言い放った。


 そう、綾香は小型の天空の城を作りやがった……


「あの~、著作権法に引っ掛からないのかしら……ジブリから訴えられませんか?」


 お嬢様である麗華でも、さすがにジブリを知っていたのだろう。少しばかり顔を強張らせている。

 俺としては、もう好きにしてくれとしか言いようがない。いや、もう一つの方法がある。食らえ!


「バルス!」


 ふふふっ! 滅びの呪文を唱えてやったぜ!


「や、ヤバいニャ! 壊れるニャ!」


「あらっ、急いで逃げなくては……」


 俺の叫びを聞いて、破滅の呪文を知っているロココと麗華だけが顔を青ざめさせる。

 ところが、なぜか、綾香は涼しい顔だ。


 なんだと! 破滅の呪文を聞いても動じていなだと!? お前、ムスカがどうなったか知らんのか?


 愕然とする俺に、確信犯は冷たい眼差しを向けてくる。


「ユウスケ……そこまで再現すると思いましたか?」


 うぐっ! 中途半端な奴だ。お前なんて、偽物だ! このパクリ野郎ーーーー!


 こうして現在に至るのだが、空飛ぶ城を目にした民衆からは『神空城』と呼ばれるようになる。

 後々、それを聞いて、少しだけ安堵するのだった。


 天空城じゃなくてよかった……危うく著作権法に引っ掛かるところだった……









 空の旅を始めた頃は、その光景に浮かれたり感動したりもしたが、さすがに、見えるものが水平線ばかりだと、飽きてしまうのも止むを得ないだろう。

 そんな訳で、操縦の必要がない俺は、リビングでのんびりとしていた。

 間違っても操船ではない。これは飛行船ではないのだ。


 それはそうと、ソファーで寛いでいると、美しき妻であるラティが傍にやってきた。

 そういえば、ラティは身体が成長した途端、甘えてこなくなった。いや、甘えてはくるのだが、以前のような小さな子供が親にジャレ付くような甘え方をしなくなったと言った方が良いかもしれない。

 それについて、クルシュと少しだけ話せたのだが、どうも身体の成長と一緒に精神も成長するらしく、身体だけではなく精神や心も大人の女性に近付いたということだった。


「ユウスケ」


「どうしたんだ?」


 ラティはゆっくりと隣に腰を下ろすと、寄り添うように肩を預けてきた。

 そう、こういう仕草が以前と違って、やたらと女らしいところだ。


「ロココ。ちゃんと見てあげるんちゃ」


 どうやら、彼女は物申すためにきたようだ。


「あの子は、とても良い子。ないがしろにしちゃだなんめっちゃ」


「蔑ろになんてしないぞ?」


「だったら、ちゃんとお嫁さんにするんよね?」


「あいつが、それを望めばだけどな」


 彼女はそっと俺の肩に頭を乗せてくる。

 以前とは比べものにならないほど、彼女の行動にドキドキしてしまう。

 そんな心情など知る由もないラティは、小指を出してきた。


「指切りっちゃ」


 きっとロココが教えたんだろうな。この世界の人間が指切りなんて知るはずがない。

 こうしてラティと約束した俺は、ロココを探して彷徨い始める。

 ところが、彼女の姿はどこにもなかった。


 おかしいな? 城から出られないはずだが……


 残念ながら、マップ機能では個人の判別ができないので、足を使って探すしかない。

 ただ、どうも建物の外に人が居るようだ。

 すかさずそのマークを頼りに対象を探すのだが、外に繋がる道が解らない……


 あほだろ、綾香! もっと解り易い作りにしとけよ!


 心中で罵り声をあげつつも、やっとのことでバルコニーに出られる通路を見付け、その道を突き進むと、探していた本人が膝を抱いた姿で海を眺めていた。


 うおっ、なんか、めっちゃ落ち込んでね?


 彼女は後ろを振り向くでもなく、独り言のように話し掛けてきた。


「なにをしにきたの?」


 まるで地縛霊のような彼女は、語尾すら付ける気がないようだ。


「なにって、お前を探してたんだよ」


「じゃ、何の用なの?」


 こりゃ、完全に塞ぎ込んでるな……


 少しばかり焦りつつも、彼女の問いに答えることなく、黙って横に腰を下ろす。

 すると、彼女は恨めしそうな視線を向けてきた。


「勇助くんは、猫娘が嫌なんでしょ? ケモナーじゃないって言ってたし……」


 うっ、確かにケモナーじゃないが、猫耳も尻尾も気持ち良いし、可愛いとも思っているぞ?


「なんで、そんな風に思うんだ? 俺はケモナーじゃないけど、可愛いと思うぞ?」


「だって……」


 彼女が言い淀む。そんな彼女の頭を撫でてやると、猫耳をピクピクさせながらも、尻尾が俺の背中を叩く。


「また、そうやって弄ぶだけで……」


「嫌なのか?」


「い、嫌じゃないけど……ちゃんと愛情表現もして欲しいし……」


 どうやら、ここ最近、あまり構ってやれなかったのが原因のようだ。

 その所為で、エルザ、ラティ、サクラを妻としたのに、自分は相手にすらしてもらえないと勘違いしたんだろう。


「磯崎」


「なに?」


「お前は、俺が日本に居た時の唯一の友達だ。俺は学校でお前と会うのが、唯一の楽しみだった。だから、お前が学校に来なくなって、俺も辞めようかと思ったよ」


 ロココは驚いた表情を向けてくるが、直ぐに表情を収めると、おずおずと己の心情を吐露し始めた。


「私はあの世界が大っ嫌いだった。学校も、同級生も、教師も、親も、みんな死ねばいいと思ってた。でも、そんな世界を生きる中で、唯一の救いが柏木君だった。あなたが居たから生きていられた。でも、死んでしまって、この世界にきた。この世界の人は優しくて、生まれ変わってよかったと思った。だけど、ここに柏木君は居なかった。この世界の欠点はあなたの居ないことだった。そして、この世界でも不幸が訪れたんだよ。きっと、私の運命は何度転生しても不幸になるんだって思ったわ。だけど、そんな時に柏木君が現れた。あの腐った学校の時のように、私を助けてくれた。私の世界には、柏木君しか、ユウスケしか、私に幸せを与えてくれる人は……あなたしかいないのよ」


 彼女は己が気持ちを吐き出すと、そのまま抱き着いてきた。

 彼女の力は予想以上に強い。だが、俺の力はもっと強く、彼女の体当たりくらいじゃビクともしない。

 だが、敢えて彼女の体当たりを力で受け止めなかった。そうすることで、抱き合ったまま横たわることができると考えたからだ。


「磯崎、いや、ロココ、お前に幸せを味合わせてやる。それは、俺が居るだけの幸せなんかじゃなくて、沢山の人と楽しく暮らせる幸せな世界だ。それくらいしかできないけど、ついてきてくれるか?」


「もちろんよ! それで十分よ! 私をお嫁さんにして下さい」


「無論だ。お前は、今日から俺の嫁だ」


 操舵室のスクリーンで仲間全員が観賞しているとも知らず、俺とロココは熱いラブシーンを気の済むまで続けるのだった。









 眼下には、爺ちゃんの言っていた島が見える。

 その大きさは、一県か二県くらいのサイズだろうか?

 おそらく、俺の飛翔だと三日もあれば一周できるだろう。


 ラブシーンを仲間全員に観賞された俺とロココがリビングに戻ると、そこではパーティーの用意をしているマルセルやラティの姿があった。

 その状況を不穏に思い、何のパーティーなのかと尋ねると――


「ロココのお嫁さんおめでとうパーティーなんちゃ」


 ――親切にもラティが答えてくれた。


 えっ? なんでそれを知っているんだ?


「ああ、やり過ぎないようにスクリーンでチェックしてたのよ」


 訝しむ表情から察したのだろう、エルザが恐ろしい解答を寄こしてきた。


 まさか、見られていたのか? もしかして、全部?


「はい。お二人とも、とても素敵でした」


 心を読んだかの如く、マルセルがにこやかな表情で頷く。


「磯崎さん。ごめんなさい。許してくれとは言いませんわ。ただ、あの時、私にユウスケのような精神と勇気があれば……」


 行き成り麗華がDOGEZAを披露した。


「磯崎さん。本当にごめんなさい。私も見て見ぬふりしかできなくて……あのゴミたちと同罪です。どんな罰でも受けます」


 麗華に続いて綾香がDOGEZAをかました。


 それを目にしたロココは、縦割れの瞳孔を丸くしていたが、俺に視線を向けたあと、直ぐにそれを戻し、にこやかな表情で二人を立ち上がらせた。


「いいの、きっと、私もあなた達の立場だったら同じことをしたわ。ユウスケみたいな人の方が異常なのよ。それに、これからやり直せばいいのよ。私達は家族なんだから、手を取り合ってユウスケのような人間になりましょう」


 麗華と綾香にそう言うと、ロココは涙を流しながら二人と抱き合っていた。

 俺も涙腺が緩んだのか、頬に熱が伝わるのを感じる。でも、それも仕方ないだろう。だって、日本から召喚されて、初めて解り合えたのだから。そういう意味では、この召喚は素晴らしいことだと言っても良いかもしれない。


 事情を知らない仲間達も、その空気を察したのか、全員が涙を流していたが、その後のパーティーでは全員が自分の本心を暴露する会となった。

 おそらく、お祝いだということで、ワインを出したのが拙かったのだろう。

 それはそれは、物凄い騒ぎとなったのだが、それでもここにいる全員の心が一つになったような気がして、とても満足できた。

 こうして目的地を目の前にして、大いに盛り上がった。

 ただ、この時、そんな幸せいっぱいな俺達は、眼下の島で待ち受ける大騒動なんて、全く予想すらしていなかった。

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