第35話 麗華フラグ


 やはり、自分の屋敷というのは落ち着く。特に、それが和風となると、より感慨深いというものだ。

 イグサの心地よい匂いが漂う畳の大広間で寝転がり、落ち着く雰囲気をしみじみと感じつつ、つい先程の出来事を思い浮かべる。


 伊集院達を助け出すこともできたし、一旦はこれで良いだろう。それに、ミストニアの鼻を明かせたのは痛快だったな。

 まあ、鈴木からすれば、大型飛空艇を無傷で奪取したかったようだが、ラティが巨竜になった時点で、それは儚い願いだろう。

 なにしろ、ラティの戦いは、変身する前と後で対極にあるからな。

 巨竜になった途端、彼女の洗練した舞いたたかいは、一気にコメディに変わる宿命だ。

 それにしても、鈴木の落ち込みようは笑えたな。くくくっ。


「あの~、柏木くんですの?」


 転がったまま、思い出し笑いをしていると、大広間に伊集院達が入ってきた。

 もう風呂は終わったのだろうか。

 ミストニア脱出組が見るからに疲れていたようだから、先に風呂を勧めたのだ。


 それにしても、相変わらずの美しさだな。間違いなくミス日本になれるぞ。


 風呂上がりの伊集院に視線を向け、改めて飛び抜けた容姿に、心中で感嘆の声をもらす。


「そうだが?」


「あ、あの、そ、その、とにかく、お礼を言わせて頂きますわ。本当にありがとうございました」


 あの気高き伊集院が、しどろもどろになりつつも礼を口にした。


「それにしても、どうしてわたくし達の状況が分かったのですか?」


「それか? ん~~~、ある人に聞いた」


 面倒なので適当な返事をすると、伊集院の背後にいた九重がいぶかしげな視線を向けてきた。


「そもそも、ほんとに柏木君なんですか?」


「そうだが? そう見えないか?」


 九重は未だに信用していないようだ。


「だって、目隠し姿だし、目を怪我したの?」


 ああ~、うっかりしてた。目隠しをしてたんだ……しゃ~ないな、面倒だが目隠しを外してやるか。


 疑わしげな視線を向けてくる九重と、どこか落ち着きのない伊集院を前にして、ゆっくりと目隠しを外す。


「これは、透明化対策と俺の素性隠しだ。三つの国で指名手配になってるしな。あと、これを着けていても見えるから、目をどうかした訳じゃないぞ」


「ほんとだ、柏木君だけど……なんか少しカッコ良くなってるような気が……あははは」


 相変わらずだな、こいつも。


 目隠しを外すと、いつの間にか現れた松崎が懐かしい笑い声をあげた。

 その笑いに肩を竦めつつ、伊集院と九重を見やる。

 

 ふむ。一応は納得してくれたようだな。


 女性陣の後ろでは、直ぐに気付かなかったが、北沢もきていたようだ。驚きで固まっている。


 こいつも、相変わらず影の薄い男だな。


「あ、あの~」


「なんだ?」


「初めまして、マリアーヌと申します。マリアと呼んで下さい」


「ああ、俺はユウスケだ。よろしくな」


 金髪碧眼の可愛い少女がおずおずと話し掛けてきた。

 またまた、巻き髪お嬢様風の少女が登場した。

 年の頃は、俺と同じくらいだろうか。

 彼女はエルザと似た雰囲気を持っていたが、エルザより優しそうなイメージだ。


 あ~、居ないよな? 奴はニュータイプだからな、声にしなくてもヤバいことになりそうだ……


 慌てて、周囲を確認する。


 少しばかり落ち着きをなくしている姿を怪訝に思ったのか、マリアは困惑した表情を浮かべたが、一つ頷いてから口を開いた。


「あの……聞きたいことがあるのですが、少しよろしいでしょうか」


「ああ、構わないぞ」


 快く頷いてやると、彼女は少しだけホッとしたのか、胸を撫でおろしつつ、遠慮がちだが、率直に尋ねてきた。


「どうやって、ミストニアまで来られたのでしょうか」


「どっちの意味だ?」


「理由と方法のどちらもです。お聞かせ願えますか?」


 めっちゃ面倒だが、仕方ないので説明することにする。

 あれは、八岐大蛇を倒して気持ち良く凱旋し、カツマサから殿様が呼んでいると聞かされ、登城した時のことだった。









 城に出向くと、謁見の間ではなく、やや小さめの茶室に通された。

 まあ、小さいと言っても十畳くらいはあるのだが……

 俺と戦闘班、あとは、サクラしかきていないので、丁度良い広さとも言える。

 仄かに茶の香りのする部屋に入ると、いつもはニコニコ顔の殿様が、神妙な顔でお茶を点てていた。


「良くきたのう。いや、わざわざ来てもらって申し訳ない。さっ、遠慮なく座ってくれ」


「失礼します」


 遠慮なく胡坐をかいて座る。仲間達も習って静かに腰をおろす。但し、サクラ以外は女の子座りだ。

 サクラひとりが正座をしているのだが、その背の伸びた綺麗な姿は、まるで、お手本みたいだった。


 呼び出したのは殿様なのだが、お茶を点てている最中なので、黙って話しかけられるのを待つ。

 すると、点てたお茶を俺の前に出しながら、殿様が話を始めた。


「今日呼んだのは他でもない。お主に話したいことがあったのじゃ」


 お茶の作法なんてしらない。周囲を見回し、誰もが首を横に振るのを見て、ガブっと一口呑み、殿様の言葉に頷きながらも、隣のエルザにお椀を渡した。

 始めて飲んだお茶だが、こんなに美味しいものだとは知らなかった。

 お茶が意外に美味しいことに驚きつつ、チラリと視線を横に向けると、俺が口を付けたことを気にしていたのか、エルザが少し躊躇ためらっていた。だが、逡巡した後に、気にしない風を装って一口呑んだ。

 そうして、彼女は次に渡そうとしたのだが、隣で涎を出さんばかりのミレアにドン引きしていた。ただ、直ぐに諦めたのか、溜息をひとつ吐くと、手に持っていた茶碗をそっと渡した。

 そんな様子をにこやかに眺めながら、殿様は話を続ける。


「実はミストニアで、お主の同郷の者達がピンチになるようじゃ」


 イマイチ要領を得ないな。「ピンチになるようじゃ」とは、まだピンチではないということか? これからピンチになるということだよな?


 混乱することを見越していたのか、殿様は笑みを見せる。


「その者達は勇者と呼ばれているようじゃ。おまけに若く綺麗な女子おなごじゃ。このままだと、どんな辱めや苦痛を受けるやら……」


 う~~~ん、結論から言うと、要は助けに行けと言いたいのだろうな。だが、わざわざ助けに行ってやる義理もないしな~。


 少しばかり冷たいことを考えていると、鈴木が口を開いた。


「勇者で綺麗となると、間違いなく伊集院さんですね」


 ああ、伊集院が勇者なんだな……てか、ハマり過ぎだろ。てか、伊集院ねぇ~、確か本物のお嬢様だったよな? あまり話したことはないけど、全く知らない生徒でもないし、いや、思いっきり絡んだことがあるよな。あの時は、かなり憤慨ふんがいしてたな~。


 昔の事を思い出していると、殿様が意味深な眼差しで俺のことを眺めていた。

 それだけで、俺の心中を見透かしたのかもしれない。


「お主のことじゃ。どうせ、俺には関係ないし、とか考えておるのじゃろう」


 うぐっ、完全に読まれている。


「しかしのう、そやつらを助けてやると、間違いなくミストニアが嫌がるのじゃがな~」


 ぐはっ、この殿様、実は嫌らしい性格の持ち主だろ。


「おまけに、奴等の情報も得られるじゃろうな~~~」


「はぁ~、分かりました。助けますよ。助ければいいんですよね」


 遠慮なく大きな溜息を一つ吐き、頷くというよりも脱力してしまった。

 というか、どうせ、この殿様は、絶対に断れないように丸め込んでくるのだ。


「さすがじゃ、それでこそワシの……うっ、ぐほっ、おほん、まあ良い。それで、その場所じゃが――」


 どうしたことか、話している最中の殿様に扇子がヒットした。

 殿様の額に投擲された扇子は、力無く畳の上に落ちる。

 この場で、扇子を持っているのはサクラしか居ない。

 チラリと視線を向けると、彼女は澄ました顔で佇んでいる。

 普通なら不敬罪になりそうだが、孫のやったことだ。この殿様なら騒ぎ立てることもないだろう。

 それよりも、殿様は何を言おうとしたのだろうか……気になるが、きっと教えてくれないだろうな。


 殿様とサクラの態度を不審に思いながらも、渋々ながら伊集院達の救助に向かったのだが、そこから苦難の旅が始まった。


「ミストニアに行く最短経路だと、ロマールまでワープでいって、そこから空を飛ぶわけだが……学生寮のエルザの部屋ってどうした?」


「あれなら……返却したわよ。だってもう戻る気もなかったもの」


 予想通りの解答が返ってきた。つ~か、お前、数カ月しか通ってないだろ……


 結局のところ、色々と相談した結果。俺が一人で女子寮にワープで移動した後に、適当な場所を見付けて残りのメンバーを移動させることになった。

 本当は目的地まで行った後に、全員を移動させた方が良いと思ったのだが、目的地が定まっていないこともあって、人海戦術で探した方がいいと考えたのだ。

 そんな訳で、意を決して、ロマールの冒険者学校にある女子寮にワープした。

 すると、そこには、スッポンポンの女の子が姿見の前でポーズを取っていた。


 そんな気がしたんだ……こうなると思ったんだ……だから嫌だったんだ……


 どうやら、神様はどうあってもラッキースケベを提供したいらしい。

 スッポンポンの女の子は、元の部屋主が見たら卒倒するくらいのプロポーションで、いや、これ以上は言うまい……

 その女の子は、確かに驚いていた。そう、めっちゃびっくりしていた。

 ところが、予想に反して騒ぎ立てたり叫んだりすることはなかった。なかったのだが、裸のまま側にやってきて、甘い声で囁いた。


「丁度良かったわ~。身体が寂しがっていたの~。お・ね・が・い」


 ぐはっ! 行き成り誘惑されたよコレ。いやいや、こんなことをやっている場合ではない。さっさとここから離れないと、色んな意味で世紀末が訪れる。


「わ、わ、悪いが――」


「断ったら痴漢だって騒ぐわよ~」


 断ろうとしたら、脅迫で上書きされた。だが、俺も男だ。脅迫の一つや二つに負けて堪るか。


 こうして一つや二つではなく、三つ目の指名手配を受けることになった。

 そう、ロマールにおいて、痴漢の罪で指名手配になった。

 ロマールの女子寮を速攻で抜け出した後については、特に特記するほどのこともなく、難なく伊集院達を見付けて助け出したという内容だ。


 そんな話を伊集院たちに淡々と聞かせてやった。

 だって、痴漢で指名手配されているなんて、誤解も甚だしいからだ。









 嘆息する俺の前には、大人しく話を聞いている五人が居る。


 お嬢様出身の伊集院麗華。

 実は、元の世界でも曰く付きの関係だ。

 その詳細については、思い出したくないので考えないようにしよう。


 ボーイッシュなスポーツ系女子出身の九重來未このえくみ

 こいつに関しては、あまり話したこともないし、関わることもなかったので、生きの良い女だな~としか認識していなかった。


 お笑い芸人風出身の松崎遙まつざきはるか

 この女とも話したことはないが、やたらと笑う、騒がしい、落ち着きがない、三拍子揃った奴だ。できれば関わり合いたくない。


 性別不詳出身の北沢進きたざわすすむ

 こいつは印象深い奴だ。元の世界に居た時から「こいつって本当に男か?」と常々思っていた。変声期が過ぎているはずなのに、異様に可愛い声をしている。実は女だと言われたら、違和感なく納得してしまうだろう。


 ミストニア王国王女出身のマリアーヌ。

 彼女に関しては、既に説明を受けているし、マップ機能の反応も敵と認識していないので安全だと判断している。


 そんな五人が、俺の話を真剣に聞いている。


「大体は、理解できましたわ」


「それにしても、柏木くんチート過ぎるでしょ」


「お礼に、私をもらって~~~! あははは」


「ボクは巨竜が気になるのですが……」


「我が王族の不始末の所為で……」


 五人がそれぞれ好きなことを言っているが、松崎の要望は却下だ。

 もう手がいっぱいだ。これ以上嫁候補なんて必要ない。なにしろ、昨夜は性犯罪者から手込めにされたし、少しばかりナイーブなんだ。

 そういえば、巨竜の話なんてどうでもいい。北沢にはくれぐれも注意しておく必要がある。


「北沢、あの――」


「まだやっていたの? 食事にするわよ」


 北沢に忠告しようとしたところで、エルザから食事の用意ができていると声を掛けられた。


「分かった、直ぐに行く」


 エルザは「それなら良いわ」と言いながら部屋を後にしようとしたが、そこで立ち止まった。


「そう言えば、そこの貴方!」


「ボ、ボクですか?」


「そうよ。貴方は無防備そうだから言って置くわ。絶対に油断しては駄目よ。気を抜いていると、あっという間に食われてしまうわよ」


「えっ!? えっ、なんのことですか?」


 俺が言おうとした台詞を、エルザが代わりに言い放った。


 なんのこと? そんな温いものではないぞ! お前なんて、ペロンと頂かれちまうからな!


「わ、悪い、ここには野獣が一匹住み着いているんだ。特に、風呂と就寝には気を付けろよ」


 付け加えて忠告してやるが、北沢は目を点にして、何がなんやらといった表情のまま、コテンと首を傾げている。

 そんな時だった、廊下の方から殺気が……そちらに視線を向けると、二つの双眸だけが暗い廊下で輝いていた。


「ひっ……」


 北沢がその殺気に腰を抜かす。

 その殺気の原因は、驚く北沢を全く気にすることなく近付いてくる。そして、声を発した。


「お食事の用意が出来てますよ。みなさん早くいきましょう」


 そう、ミレアが食事だと知らせてきたのだが、今にも舌なめずりでもしそうな雰囲気だ。

 ここに居た女性陣は、それほど気にするでもなく「いきましょうか!」なんて言っているが、北沢は恐怖に震えていた。


「うふふふっ。新しい獲物が……」


 ミレアの声は殆ど聞き取れなかったが、概ねその内容は理解できるので聞き返す必要もない。というか、無意識に両手で両耳を塞いでいた。きっと、これがトラウマというものなのだろう。

 その後は、純日本風の夕食に、日本出身組が涙を流しながら舌鼓を打つことになるのだが、それ以外には特に問題なく時が流れた。









 温かな湯煙が立ち込める中、疲れが尻尾を巻いて逃げ出すほどの満足感を抱いていた。


「ふ~~~っ、やっぱり風呂は落ち着くな~。特に、一人の風呂は最高だ!」


 現在の俺はというと、珍しく一人で風呂に浸かっている。

 なにゆえ一人風呂かというと、これは、伊集院を救出した後に、殿様にその報告をした結果なのだが、単純に俺の作戦だ。

 殿様のところに一人で報告に行くことで、意図してみんなと風呂の時間をずらした。

 その作戦が功を奏して、一人でのんびりと風呂に浸かっていられる。

 まあ、いわゆる、作戦勝ちという奴だ。


 しめしめ。さすがに、昨日みたいな混浴状態は頂けないからな。


 そんなことを考えたのがフラグだったのか、風呂の入口がガラガラと開かれる。


 ぐはっ。作戦を見抜いた奴がいるのか!


 誰もが気付いているとは知らず、昨日の再現に打ち震える。

 ところが、入って来たのはサクラ一人だった。


「お背中を流します」


「先に入ったんじゃないのか?」


「いえ、旦那様のお背中を流すのは、わたくしの――妻の務めですから」


 頬をやや朱に染めたサクラは、当たり前であるかのように頷くと、身体を軽く流してから、湯船に浸かってきた。

 その姿は昨日と同じ湯着なのだが、なんともなまめかしい。


 ぬぬぬ、か、可愛い……でも、従妹に似ているから邪な気分にならないんだよな……


「だ、旦那様……」


「い、いや、その旦那様というのは、止めないか?」


「ですが、旦那様ですし」


 折れてくれる気はないらしい。

 そんな彼女は、少し恥ずかしそうにしながらも、視線を向けてきた。


「旦那様は、どなたを妻にめとるおつもりですか?」


「う~~~~ん」


 サクラが口にしたのは、何をも超える難題だった。


 これって、ミストニアを滅ぼすより難しい問題だよな~。


「仲間のみなさんが旦那様に懸想けそうされているのは、さすがにお気付きですよね?」


「それは、分かっている……だがな……」


 正直に頷くと、瞼を伏せて少し黙考していたサクラが、再び視線を向けてきた。


「お仲間の方々は、おそらく、一人だけが選ばれると考えておられないと思います。というのも、旦那様のことを好きであると同時に、お仲間のことも大事にしているようですから」


 これについても、薄々は気付いていた。というのも、あのエルザが独占欲を前面に押し出さないのだ。

 恐らくは、周りの仲間のことを気遣っているからだろう。

 だからといって、全員を妻にするとかあり得ないし、それで上手くやっていく自信もない。そもそもそ、倫理的に問題があるし、どう考えても身体的にも無理だろう。全員の相手をしていたら、あっという間に干上がってしまいそうだ。


「こうなると、全員を妻に娶るしか、方法はありませんね」


 黙考する俺の心境を読み取ったのか、サクラがとんでもない結論を突きつけてきた。


「いや、それは無理だ。上手くいきっこない。だいたい、倫理的に問題があるだろ」


「いえ、ここは異世界です。ハーレムなんて当たり前の世界ですから、倫理的には問題ないでしょう」


 サクラは簡単に論破した。

 少なからず、それに反論する材料がない。

 ただ、そうは言われても、はいそうですかって納得できる話でもない。

 だいたい、体力的にも、精神的にも、限界を感じる。

 女性との行為に対して経験が少ない所為かもしれないが、全員と一戦を交えて平気な強者つわものになれるとは思えない。だいたい、精神的にやられそうだ。いや、それよりも気になることがあるんだった。丁度いい機会だから尋ねてみよう。


「そんなことより、奴等とは積み重ねたものがあるけど、サクラは殿様に言われて、嫁になると言ってるんだよな? 本当にそれで良いのか?」


 当然の疑問だと思うのだが、彼女は「なにを今更いっているの」と言わんばかりに肩を竦めている。

 そして、何を考えたのか、含み笑いを見せる。


「何か勘違いされているようですね。この件は、わたくしがお爺様に頼んだのです」


「ええっ!?」


 彼女の言葉は、予想を覆すものだった。

 てっきり、俺を引き留めるために、殿様が張り巡らせた作戦だと考えていたのだが、全く違う理由だと知り、思わず絶句してしまった。


「わたくしが望んだことですので、それに関しては、お気になさらないでください」


 サクラはそう締め括ると、背中を流すので湯船から出るようにと告げた。

 今回に関しては、純粋に背中を流してもらうだけで、不純な行為は全くなかったので、心を落ち着かせて身体を癒すことができた。しかし、怪しい影が忍び寄ったのは、この後だった。

 またまた、ガラガラと入口の戸が開くと、エルザが溜息混じりに言い放った。


「サクラ。みんなで会議をするわ。できるだけ早く来てね。ユウスケは来なくていいから、ずっと風呂に浸かってなさい」


 エルザはやや不機嫌そうにそう言い残すと、言うが早いか、ピシャリと戸を閉めて出て行った。


 いったい、なんの会議をやるつもりなんだ? また、とんでもないことを始めるんじゃないだろうな。


 エルザの言動を訝しく思っていると、サクラが笑いをこぼしながら、「いよいよですね」と頷くと、先に上がる旨を告げてきた。

 そのやり取りだけで、せっかく温まっていた身体が、一気に凍り付いたような気がした。









 今朝は、珍しく清々しい気分で朝を迎えた。

 というのも、昨夜は誰も乱入してこず、定番のラティとロココが、大人しく傍で寝ただけだったからだ。

 昨夜、彼女達が何を議題として論じていたのかは知らないが、俺としては、安眠が得られて大満足だ。

 という訳で、ラティとロココを起こし、意気揚々と食事の間に向かったのだが、そこに、まるでお通夜のような北沢がいた。


 ぐおっ、ま、ま、まさか初日から食われたのか!? それは幾らなんでも節操がなさ過ぎるだろう! おいっ! ハンターミレア、何とか言え!


 そんな感想を抱きながらミレアを見やると、な、な、なんと、ミレアもゲッソリとした顔で落ち込んでいる。

 顔を艶々にして、満面の笑みを湛えていた俺の時とは大違いだ。いったい、何が起こったのだろうか。


「ど、どう、どうしたんだ?」


 北沢はどんよりとした表情で俺を見上げる。


「い、いえ、なにも……」


 それだけを口にすると、またお通夜状態に戻る。


「ミレア、何があったんだ?」


 北沢は全く使い物にならないので、ミレアに矛先を変える。


「い、いえ、私の口からは、何とも……」


 どんよりとしたミレアも、真面な回答を寄こさなかった。

 しかし、思わぬところから答えが返ってきた。


「多分ニャ、ミレアが襲ったんだと思うニャ、でも、北沢が女だったニャ」


 な~~~~に~~~~~~!


 俺だけではなく、その場が騒然とした。

 本人のみならず、伊集院、九重、松崎、旧クラスメイトも絶句している。


「ど、ど、どうしてそれを!」


 ロココは、箸で起用に魚の骨を取り除きながら、北沢の返事に「認めたニャ」とか言っている。何とも可愛いのだが、猫なら骨ごと食べるんじゃないのか? 器用な猫だな。


「なんで分かったんだ? 俺も前から男とは思えないと、感じていたんだが……」


 ロココは、納豆を食べ始めたラティに対して、自分の鼻を摘まんだ状態で睨みつけながら、理由を話し始めた。


「ラティニャ、臭いニャ、あっちで食べるニャ。あ、北沢のことかニャ? 臭いで分かったニャ、北沢、今、アレニャ」


 アレとはなんだ? う~~~~~ん。


 ラティの言葉に悩みながら北沢に視線を向けると、俺と一瞬だけ目を合わせた後に、一気に顔を赤くしてモジモジしはじめた。


 全くわからん。なので、素直にロココに尋ねることにする。


『アレってなんだ?』


『ユウスケニャ。鈍感ニャ、アレはアレニャ、月に一度のアレニャ』


 ああ、なるほど……


 それでやっと分かった。

 鈍感と言われると確かにそうだが、十六歳の高校生としては、気付かなくても仕方がないと思うんだが……


 まあ、そんなこんなで朝から大騒ぎになったのだが、北沢がなぜ男装をしていたのかは、そのうち本人が話すだろう。

 それよりも、そろそろ本題に入るべきだ。


 今日は、色々と聞きたいこともあったので、ダンジョンには行かず、屋敷でのんびりとすることにした。

 現在は大広間に、俺の仲間である十一人とサクラが集合し、ミストニア脱出組五人を合わせると、十七人が集まっている。

 話の内容に関しては、主にミストニア王族についてだが、色々なことを教えてもらったところで、これからの行動について話し合うことになった。


「じゃ~、伊集院はミストニア王国と戦うんだな」


「ええ、そのつもりですわ」


 伊集院は威勢良く即答するのだが、実際、彼女の力では邪魔になるだけだ。


 ん~、それをハッキリ言ったら、間違いなくキレるんだろうな……だって、プライドが高そうだし、こいつと知り合った時もそうだったからな~。


「はっきり言って申し訳ないのですが、恐らく、伊集院さんの力では足手まといになります」


 どうしたものかと悩んでいるところに、鈴木がずばっと俺の気持ちを代弁してくれた。 

 おお、なんて気の利く女だ。二次元病がなければ、最高なのに……ああ、あと、胸もあと少しは欲しいな。

 鈴木の乳は良いとして、なぜか、エルザやクリスどころか、マルセルまでもが頷いている。

 ただ、ズバリと言われた伊集院は、一瞬、唖然としていたのだが、直ぐに復帰したかと思うと、その綺麗な顔を朱く染めた。


「わたくしが弱いと言いたいのかしら」


「はっきり言わせてもらえれば、そうなるわね」


 少しばかり殺気立った伊集院に、エルザが負けじと胸を張ってみせる。

 ただ、胸の大きさでは、間違ってもエルザでは勝てない。いや、勝てないどころか、コールド負けだ。おそらく、一回の裏で試合が終了するだろう。

 この面子で伊集院に勝てるのは、アンジェとミレアくらいだろう。


 それはそうと、どうにも納得いかない伊集院は、もの凄い勢いで立ち上がると、華麗な動作で右手を突き出した。


「では、わたくしと戦ってください」


「おっ、オレがやる。オレにやらせてくれ」


 彼女の挑発に乗ったのは、やはり脳筋……いや、アンジェだった。

 黙っていれば、おそろしく良い女なのに……かなり残念だ。

 てか、胸対決なら、きっといい勝負になるだろう。いや、アンジェが優勢か……


 美しき女二人が睨み合うのを眺めつつ、気が付けば、脳裏で胸同士が戦う姿を想像して、少しばかり目尻を下げてしまった。









 日本のお嬢様代表の麗華。

 ルアル王国のお嬢様代表のアンジェ。

 二人の対決をするために、場所を移して模擬戦ということになってしまった。

 方やプライドの女王であり、方や脳筋の女王だ。その戦いは、おそらく胸の大きさで……失敬、レベルの高さでアンジェが勝つだろう。

 ただ、奴等が暴れだすと、屋敷の道場では建物が吹っ飛びそうなので、野外の鍛錬場にシャークマスク装甲車を取り出した。

 この装甲車を知らないミストニア五人組は、尻餅を突きそうなほどに驚愕していたが、中に入って驚愕を遙に超えたのか、完全に石像と化していた。

 その光景を目にした鈴木が、してやったりという表情をしている。

 恐らくは、ミストニア時代に、能力ナシとバカにされていたことを根に持っているのだろう。どうやら、小さいのは胸だけじゃなかったようだ。ほんと、小さい女だ。


「ここなら、大丈夫だろう」


 ここは装甲車の中に作られた鍛錬場だ。

 高さも広さも体育館並みで、その強度はエルザやエミリアが魔法をぶっ放しても、ヒビ一つ入らないほどのものだ。


「じゃ~、オレから行くぜ」


「よろしくてよ。どこからでもどうぞ」


 アンジェが吠えると、伊集院が受けて立った。

 もちろん、二人が持っているのは木刀だ。

 これは屋敷の道場にあったもので、怪我などのことを考えて借りてきたものだ。

 だって、真剣で遣り合ったら、間違いなく死んじまうからな。

 まあ、アンジェの場合は、愛用しているのがロングバールと鉄パイプだから、殺傷能力的にはそれほど変わらないと思うけど……


「うりゃ~~!」


 まずは、アンジェが右の木刀を上から撃ち込む。

 それに対して、伊集院が即座に攻撃を受けようとするが、二刀流のアンジェは直ぐに左手に持った木刀を横から撃ち込む。

 その攻撃を拙いと感じたらしい。伊集院は即座に下がる。だが、アンジェの打ち込みは、休むことなく続く。そして、最終的には、アンジェの猛攻を捌けなくなった伊集院は、持っていた木刀を跳ね飛ばされた。

 そして、ここで終了だ。思ったよりも呆気ない幕切れだった。


「くっ……」


 悔しがる伊集院にアンジェが声を掛けた。


「思ったよりやるじゃね~か」


 しかし、どうにも納得がいかなかったのだろう、伊集院が威嚇を始めた。


「わたくしが本当の力を使えば、こんなに簡単に負けたりしませんわ」


「ほぉ~~」


 アンジェはその威嚇を受け流し、腕を組んだまま気色をしめした。


 ちょっとだけ見直したぞ、アンジェ。


 なんて、褒めたのが拙かった。ここで奴はスキル『考え無し』を発動させた。


「その力がどれくらいか知らないが、その基礎能力じゃ~、宝の持ち腐れだろ」


「な、ななな、なんですって!?」


 ぐはっ、あのバカ、余計なことを言いやがって!


 当然ながら、興奮している伊集院が、アンジェの言葉を素直に受け入れられるはずもない。

 そもそも、気の強いお嬢様であり、複数の固有能力を持った勇者なのだから、自分の強さにプライドを持っているはずだ。

 その証拠に激高している。


「わたくしが本気だせば、あなた達は笑っていられなくなりますわよ」


 まあ、まかり間違っても、そんなことは起きないだろうけどな。

 しかし、丸く収めたいのだ。ここは、事実を告げるよりも、上手に煽てた方が得策だ。

 ところが、麗しき脳筋アンジェは、「だったら見せてみな」と挑発する。


 お前等、もう止めろよ。いや、もう止めてください。


「参れ、神剣!」


 激高した伊集院が一声叫ぶと、右手に巨大な剣が生まれた。


 おいっ。それ、まさか神器か? おいおい、こんなところで止めてくれよ。


「ほ~っ」


 なに感心してるんだ、アンジェ。お前の神経はどこに付いてるんだ? いや、神経まで筋肉で出来てるのか!? どう考えても、お前じゃ勝てないだろ。


「見てなさい」


 さすがに、神器の攻撃を人に向けて放つ気はないようだ。

 伊集院は、誰もいない方向に剣を振り下ろした。


烈風乱舞れっぷうらんぶ


 次の瞬間、びゅうびゅうと音を立てる竜巻が出現する。恐らくは、その見た目だけではなく、他の効果も生み出しているのだろう。


迅雷烈下じんらいれっか


 今度は、いく筋もの雷が生まれて床に落ちた。

 足に伝わってくる振動からすると、かなりの威力を持っていると考えてもよいだろう。だが……


「おおお~~。すげ~~~!」


 何を考えているのか、アンジェは大喜びの大はしゃぎだ。


「分かりまして? これが、わたくしの実力ですわ」


 先程の激高した表情が、一気に自慢げな面差しに変わる。

 かなり満足しているようだ。だが、うちの考え無しアンジェは半端ない。


「確かにすげ~が、まだまだだな」


「なんですって!」


 もう止めてくれアンジェ、また伊集院が激怒してんじゃね~か!


 懇願の視線を向けるのだが、麗しき脳筋アンジェは止まらない。


「そんなのを食らうのは、雑魚だけだろ。オレがもう一度相手してやるぞ」


「うきーーーーーー!」


 やべ~~、お嬢様が、お嬢様がゲシュタルト崩壊を起こしたぞ。


「まあまあ――」


「黙ってらっしゃい」


 ぐはっ。場を収めようとしたら、伊集院が被せて拒否りやがった。


 激昂する伊集院は、必死に宥めようとする俺に視線を向ける。というより、その綺麗な双眸で突き刺してきた。


「柏木くん、あなたが相手をしてください」


「えっ! なんで、俺?」


「この中で一番強いのはあなたではなくて?」


 どうやら、奴は勘違いしているようだ。

 うちの仲間全員が、首を横に振っている。

 その様子を目の当たりにした伊集院は、何が何やら理解できないようだったが、「じゃ~だれなの?」と尋ねてきた。

 すると、みんなの視線は、俺の手を握っている幼女に向く。


「えっ、ま、まさか、その幼女が最強なのですか?」


 仲間達全員が黙って頷く。

 伊集院はその返答に少し黙考していたが、さすがに、幼女と戦う気になれなかったのだろう。


「でも、柏木くんがリーダーなのよね?」


「まあ~な」


「それなら、やはり柏木くんと戦うわ」


 どうにも収まりが付かないようなので、ここは自覚してもらう他ないようだ。


「分かったよ」


 そう返事をすると、伊集院はバラの如き華やかな笑顔を見せた。


 うぐっ、ヤバイ、なんかフラグでも立てたかな?


「もし、あなたが勝ったら、わたくしのことを麗華と呼び捨てにしてもよくてよ。それと、わたくしもあなたのことをユウスケ様と呼んであげましょう。ただ、その代わり、あなたが負けたら、わたくしのことを麗華様と呼ぶこと」


 おいおい。一瞬にして勝つ気が殺がれたぞ。これって、作戦か? てか、麗華様と呼ぶのも勘弁だけどな。さて、どうすりゃいいんだ~。これって、究極の選択ってやつか? まあいいや、奴が勝ったら後が大変そうだしな……


「ああ、もう好きにしろ、いくぞ!」


「ふふふっ」


 くそっ、もう勝った気でいやがる。それが甘々なんだよ。


 伊集院は、神剣を頭上にあげる。どうやら、神技を放つ気でいるようだ。

 だが、そうは問屋が卸さない。


「迅雷――」


 彼女の動きはそこで止まる。

 なぜなら、彼女の喉元には、木刀が突き付けられているからだ。

 彼女が振りかぶった瞬間に、一足飛びで間合いを詰めたのだ。もちろん、瞬間移動なんて使っていない。


 だって、遅いんだもの……まさかと思うが、変身中や必殺技の発動タイミング中に、攻撃するのは卑怯だとか言わんよな?


 どうやら、彼女には俺の動きが全く見えてなかったようだ。その綺麗な双眸を未だにパチクリとさせている。


「伊集院、その攻撃は遅い、遅すぎるぞ」


「え、えっ、えっ、えええ~~~~!? い、いつの間に間合いを……」


 かなり動揺しているようだ。

 この程度の動きは、アンジェに無理でも、ラティ、ミレア、ロココなら目を瞑っていても造作ないだろう。

 ただ、彼女もそれほど甘ちゃんではなかったようだ。

 その立ち合いだけで、力の差を理解したようだ。


「終わりでいいか?」


「は、はい……かしわ、ユウスケ様……わ、わたくしを鍛えてください」


 伊集院はその場にひざまずき、力無く項垂うなだれると、そのまま俺に願い出た。

 お嬢様生まれでちやほやされて育った上に、異世界にきてまで勇者だとか言われ、完全に有頂天となっていた伊集院は、人生で初めての敗北を喫した。

 ただでさえ、ミストニアから助け出したことで、フラグの危険性を感じていたのだが、正々堂々とした戦いに敗れたこともあって、彼女は無条件で軍門に下ることになった。

 そう、彼女のフラグを完全に立ててしまったのだ。いや、それどころか、奴は完全にデレてしまった。


 そんな頭痛の種が増えたのだが、新たな問題が突きつけられる。それは、その日の夕方のことだった。

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