第34話 勇者なんて辞めてやる


 ほのかな温もりを与えてくれる美しい月が輝き、その周りでは、恰も息でもしているかのようにきらめく星々が瞬いている。

 そんな美しき世界が、夜空を埋め尽くしていたはずだったのに……


 頭上にあるのは、無粋な大型の飛空艇だった。

 そんな薄汚れた夜空に向け、もう一度高らかに、どこまでも届くかのように言い放つ。


「柏木くん、あなたが本当にこの世界の救世主なら、勇者であるわたくしを助けてみなさい。そして、わたくしと共に、この不浄な者達から世界を救いなさい」


 背後では、九重このえさん、松崎さん、森川くん、北沢くん、マリアさんがいつまでも凍り付いたままだ。


 そんなに恥ずかしいことを言ったかしら?


 大型飛空艇は、わたくしの言葉に反論するかのように、その巨大な船体をゆっくりと降下させてきた。


 拙いわ、このままだと下敷きになってしまう。

 何を考えているのかしら。わたくし達を下敷きにしたら死んでしまうし、追ってきた意味がないと思うのだけど。いえ、反乱分子を始末するというのが目的であるのなら、これはこれで奴等の行動も頷けなくもないですわ。


「みなさん、逃げますわよ」


「おっと、そうだったわ。あははは」


「伊集院さんが、あんなこと言うから固まったじゃない」


「さあ、早く逃げましょう」


「でも、マリアさんは、走って逃げるって、辛くないですか」


「オレがおんぶするっすよ」


 松崎さん、九重さん、マリアさん、北沢くんは良いとして、続いて怪しい発言があったわね。目が嫌らしいもの。こんな男にマリアさんを背負わせる訳にはいきませんね。

 無言で森川くんを手で止めて、マリアさんを背負う。

 森川くんは、「心外だ!」という表情だったけど、こんなところで揉めている場合ではない。


「さ、急ぎましょう」


 わたくし達が乗った飛空艇が墜落したのは、絨毯の如く草が生い茂る草原だった。

 足元はあまり良くないのだけど、走れないこともない。わたくし達は訓練で体を鍛えている。


 筋肉が付くから、できれば遠慮したかったのですけど……


 実際、わたくし達の走る速度はかなりだと思う。だから、早々に追いつかれることなど考えてもみなかった。それでも後ろが気になる。


「北沢くん、走りながらでも魔眼を使用できるの?」


「無理です。精神統一が要りますから」


 そ、そうなの? 使えないですわね。


「みなさんは、そのまま進んでください」


「伊集院さんは?」


 わたくしが本気を出して走ったら、みなさんを置いてけぼりにしてしまうほどに力量が違う。だけど、そのことを理解していない北沢くんが、不安な表情を見せた。でも、説明が面倒なのでスルーさせてもらいましょう。


「わたくしが後ろの状況を確認するわ。直ぐに追いつくから気にしないでください」


 かなり急いで走ったお陰で、わたくし達と大型飛空艇との距離は、約一キロになっている。

 足を止めて奴等の行動を確かめると、これから騎士や兵士が追ってくるところだった。


 これなら、そう簡単に追いつかれることはないですわね。


 少しばかり安堵しつつも、奴等の出方を覗っていたのだけど、そこで自分の考えが甘かったことに気付かされる。

 なにしろ、こちらに向かって走り始めた騎士や兵士の速度が尋常ではない。

 

 わたくしが愚かだったわ……向こうには速度増加の固有能力を持つ石原くんが居たのでしたわね。拙いですわ。急がなくては……


 再びマリアさんを背負い、全速で走り始める。

 すると、あっという間に、仲間に追いついた。


 ちょっと、遅すぎではないのかしら?


「向こうは石原くんの速度増加が効いているわ。こんな速度だと直ぐに追いつかれますわよ」


「でも、森川くんが……これが限界だって……」


 九重さんの答えを聞いて脱力する。それでも男なの? 日頃の訓練を真面目にやってなかったのではなくって?

 本当に拙いわ。向こうの人数は五十人くらいでしたし、わたくしが頑張れば倒せなくはないでしょうけど、刃を人に向けるのは、まだまだ抵抗がありますわ。

 さて、どうしたものかしら、足を止めれば、こちらが不利になってしまいますけど……いえ、ここは覚悟を決めて、相手を倒すしかないですわね。なんとか軽傷で済ませることができれば良いのですが……


 これも、甘い考えだったと、後々思い知らされてしまうことになる。


「このメンバーで戦えるのは、わたくしだけ?」


 一応、みんなに確認してみる。その答えは、沈黙で返された。


 まあ、分かっていましたわ。ただ確認しただけですわ。


「みなさんはこのまま走って逃げて、松崎さん、申し訳ないのだけど、マリアさんを宜しく頼みますわ」


「伊集院さんは、どうするの?」


 九重さん、そんな分かり切っていることを聞かないで欲しいわ。


「わたくしは、ここで追手を倒してから追いかけますわ」


「そ、そ、そんな、伊集院さんだけを残してなんて……」


 松崎さん、あなたの気持ちは嬉しいのだけど、あなた達に戦闘能力がないのだから仕方ないのよ。

 時間もないし、いい加減に聞き分けて欲しいのだけど……


「オレも戦うっす。伊集院さんを残してなんて行けないっす」


「ボクも残ります。誰かを犠牲にして自分だけとか――」


「あたしもかな? あはは」


「じゃ~、私も~~! 最悪は姿を消して隠れましょう」


 そう、初めから姿を消すことができれば良かったのだけど、彼女の不可視は激しい運動をすると、術が解けてしまうらしい。


 本当に聞き分けのない人達ですわね。でも、その気持ちは嬉しいですわ。


「分かりました。それなら、みんなで戦いましょう。マリアさんは隠れていてください」


 さすがに、戦闘経験のないマリアさんは、自分も戦うとは言わなかった。

 他のメンバーは武器を片手に、わたくしと一緒に追手がくるのを待っている。


 わたくし達の前に、奴等が現れたのは、それから直ぐのことだった。

 視線の先では、二十人の騎士と三、四十人の兵士が整列している。

 整列が終わると、一人の騎士が前に出てきた。

 見るからに偉そうな雰囲気を漂わす中年の騎士ですわ。本当に嫌な感じ……


「勇者様、城にお戻り下さい」


「断りますわ!」


 偉そうな騎士の言葉に、即答で拒否してあげましたわ。


「なにゆえ、拒まれますか」


「なぜなら、あなた達の国は信用できませんもの」


 この際、本音をズバズバ言ってあげましょう。


 わたくしを後押しするつもりなのか、マリアさんが口を開いた。


「この王国は、いえ、王族は腐っています。あなた達も考え直してもらえませんか」


 偉そうな騎士は、王女の声に一瞬だけ怯む。だけど、気を取り直して話しを進めた。


「では、如何なされますか?」


「あなた方が大人しく帰るのであれば、何もしませんわ」


「それはできません。王から必ず連れて戻るように言い使っておりますので」


 やはり、あの王様がガンのようですわね。


「そう。それなら、わたくしが言うことを聞かなければ、あなた方はどうするのかしら?」


「それは……心苦しいのですが、力尽くでも戻って頂くしか……」


 そうなりますわよね。でも、あなた方に、それができるのかしら。


「勇者、勇者と騒いでも、結局はそれですか。ならば、わたくしは勇者を捨てましょう。どこからでも掛かってきなさい。但し、手加減はできませんわよ」


 ちょっとだけ見栄を張ってみました。これに怖気づいて帰ってくれたら良いのですけど。きっと、そんなに甘くありませんわよね。


 予想通り、騎士が後ろに下がると、槍を手にした兵士が正面に躍り出た。

 戦いとはそんなものでしょうけど、兵士を矢面に立たせるところが、気に入りませんわ。

 先程の騎士には、少しではなく、かなり痛い目に遭ってもらいましょうか。


「魔滅結界!」


 この結界が防ぐのは、魔法だけではありませんわよ? 物理攻撃も防げますの。さあ、どこからでもどうぞ。


 うふふふ。ちょっと、卑怯かしら?


 兵士は結界に阻まれて、全員でパントマイムを披露してくれている。

 その後方で、騎士が何やら叫んでいますけど、奴等の汚い言葉で、わたくしの耳を汚したくない。当然ながらスルーですわ。


 さて、これからどうしましょうか。このまま睨み合っていても、何も始まらないですわ。

 一応、こちらから攻撃することは可能なのだけど、少しばかり気が咎めますわ。でも、仕方ないですわね。少し痛い目に遭ってもらいましょう。


「参れ、神剣!」


 神剣を召喚すると、パントマイムをしていた兵士達が一斉に引く。

 そう、これが持つ力の一部は、訓練で散々見せていますもの。


「烈風乱舞!」


 神剣を一振りし、能力を発動する。


「うわっ!」


「うぎゃ!」


「ぐおーーーー!」


「ぬあーーー!(その他大勢)」


 この攻撃を食らった兵士たちが吹き飛ぶ。そして、吹き飛んだ者は、背後に待機している騎士も巻き込んで錐揉み状態となっている。

 当然の結果と言えば、そうだけど、これでは弱い者虐めみたいで気が引けますわ。


 わたくしが持っている固有能力『神刀演武』には、いくつもの技があって、これもその一つ。

 これを放つと、相手に強風を叩き付けるだけではなく、カマイタチで切り裂かれてしまう。ちょっと残忍だけど、力を抑えているから死ぬことはないと思いますわ。


「く、くそっ、腐っても勇者という事か……」


 だ、だ、だ、誰が腐っていますの。わたくしは腐女子ではないですわよ。なんて失礼な男かしら。


「もうお分かりになったでしょう。引き返した方が身のためですわよ。それに、わたくしを腐女子扱いした者は、そこに直りなさい。神剣の錆にしてくれますわ」


 まあ、神剣は神器ですし、錆びたりしませんけど……


「ちっ、仕方ないか、やれ!」


 騎士がそんな負け惜しみを口にした。

 ところが、何も起こらない。


 ただの威嚇かしら?


 なんて、思った途端だった。

 わたくしの背中に、いや、腰の辺りかしら、激痛が走る。

 それは激痛というより身体全体が燃えるかのような痛みで、それに続いて力が抜けていく感覚が生まれた。


「い、い、伊集院さん」


「きゃーーーーー!」


「えっ!? な、なんで!?」


「なんてことを……」


 九重さんが発した驚きの声に続き、松崎さんの悲鳴が耳に届いた。

 チラリと視線を向けると、北沢くんが信じられないという風に首を横に振り、マリアさんが両手を口に当てて呆然としていた。

 何が起こったのか、全く理解できないでいた。

 ただ、みなさんの言動で、自分に何かが起きたことだけを察した。

 なぜか身体の力が抜けていく。そして、自分の意思に拘わらず、ひざまずいた時、背後から森川くんの声が聞こえてきた。ただ、どんどん意識が遠くなっていく。


「やったっす。勇者なんて気取ってたって、所詮は愚か者っすよね」


 気が付けば、まだやれるという気持ちとは裏腹に、わたくしは草の生い茂る地面に倒れていた。

 その時に見えたのは、短剣を持った森川くんの姿だった。


 もしかして、その短剣に付着している血は、わたくしのものかしら? まさか、わたくしの玉の肌に傷をつけたのですか!?


 そんな場違いな感想を抱きつつも、必死に視線を上げようと試みている。しかし、身体が思うように動かない。そんなわたくしの耳に罵りの声が届く。


「な、なんで、森川君! なんてことするのよ! いえ、裏切ったのね。なんて奴!」


 拙いわ、本当に意識が飛びそう。九重さんの声も、まるで遠くから聞こえてくるようだわ。


「はっ、こんな異世界で貧乏クジなんて引きたくないんっすよ。だから手柄を立てようと思ったんすよ」


「初めからボク達を騙してたの?」


「そうっすよ。あははは、おかしいったらなかったすよ。大した力もないのに、自分達だけで自立して静かに暮らそうなんて、笑っちゃうっすよ。あはははははは、オレはねえ、王様に仕えて貴族にしてもらうんすよ。それで、好きなことをして暮らすんすよ。きゃははははは~~~~」


「さ、最低だわ!」


「うっせ~すよ! 松崎! 今ならオレの専属処理班に入れてやるっすよ。さすがに、マリアさんは王様が駄目だって言うだろうから、松崎と九重はオレが遊んでやるっすよ。あはははははははは」


「「死ねばいいのに!!」」


 九重さんと松崎さんが、悪態を吐く森川くんに罵声を浴びせた。

 でも、森川くん――ゴミは全く気にしていないのね。ペラペラと話し続けてるわ。これって、気分の高揚した犯罪者が、よく喋る心理に当て嵌まる現象かしら。


「大体、伊集院なんて大っ嫌いだったんすよ。お高く止まってオレ達を見下しているようで、ざま~ないっすね。ぎゃははははは! いつかこうしてやりたかったんすよ! 直ぐに止めを刺してやるっすよ! でも、その前に邪魔なお前達を拘束するっすから、大人しくしてるんすよ。きゃははははは」


 狂ったように笑いながら話すゴミの声を聞いていたら、意識が戻ってきたようですわね。いや、これは怒りかしら。わたくしの中で沸々と燃えあがる気持ちが生まれてきたみたいですわね。


 ゆっくりと騎士達の方に視線を向けると、ニヤニヤと笑っている。

 ただ、まだ結界は保たれたままですわね。良かったですわ。

 というか、わたくしが死んだら追ってきた意味がないと思うのだけど……

 嘲る森川、ニヤついた騎士達、少しばかり、いえ、かなりムカつきますわ。


 罰当たりだとは思うのだけど、神剣を杖代わりにゆっくりと身体を起こす。

 喧しく騒いでいる森川は、まだわたくしが起き上がっていることに気付いてない。何とかこの男だけは始末したい。でも、きっと、わたくしは運がないのね――


「何をしてる! 勇者が起き上がったぞ!」


 騎士の一人が、ゴミに知らせるべく叫び声を上げた。


 はぁ~、もう最悪ですわ。力も出ないし。この調子だと、結界もそろそろ消えてなくなりそうですわね。

 ゴミ以外のみなさん、本当にごめんなさい。わたくしが油断したばかりに……それと、柏木くんのバカっ、何が救世主よ! 何が世界を救うよ! 勇者であるわたくし、いえ、勇者なんて関係ない。わたくしを助けてくれないなんて、救世主でもなんでもないですわ。

 うっ、残念ながら、必死に立ち上がったけど、もう駄目みたい……さようなら柏木くん。バカって言ってごめんなさい。本当はね……あなたのこと……


「か、か、かし、わぎ、く、ん……好き……だっ……かしわぎくんのバカっ!」


 彼を罵ることで、わたくしの力は尽き、再び硬い地面に倒れ込む。しかし、何かが違う。

 固い地面に倒れ込んだはずなのに、冷たい葉の感触ではなく、温かさと懐かしい匂いを感じた。


「なんで、俺がバカなんだ?」


「えっ!?」


 今、柏木くんの声が聞こえたような気がしましたわ。これが死ぬ前に見る走馬燈なのかしら。いえ、幻聴という奴ですわね。


「マルセル、コレを全回復してやってくれ」


 か、か、か、勘違いではないの? か、か、柏木くんですの?


 柏木くんの傍にいた女の子が、彼に言われて回復の魔法を掛けてくれたみたい……か、身体の痛みが引いていく。どんどん気持ち良くなっていく。やっぱりこれって、この世とのお別れなのかしら。


「いつまでしがみ付いてるんだ? もう大丈夫だろ? さっさと起きろよ、忙しいんだから」


 この声って、やはり柏木くんですわよね? 

 このぶっきらぼうなところも彼によく似ているし、というか、そこが魅力的なのだけど……


 身体が動くのを確認して、ゆっくりと視線を上に向けると、支えていた殿方は目隠しをした男性だった。


「あうっ……」


 知らない男性に抱かれていたと気付いて、すぐさま離れようとするのだけど、そこで突き刺さるような視線を感じて、周囲を見回した。

 そこには沢山の女の子いる。ただ、誰もが鋭い視線でわたくしを射抜いている。


 なにか、恨みを買うようなことをしたかしら……


「おいおい。お前等は、片付けに専念しろ」


 疑問を抱きつつ、女の子たちを見やっていると、目隠しの男性が不服そうな声をあげた。

 その途端、彼女達は、まるで鬱憤を晴らすかのように、騎士達に魔法を放った。


「潰れなさい。エアープレス!」


「食らってください。ウオータープレス!」


 凄いですわ。なんて威力なのかしら。追手の騎士や兵士が全員押し潰されていますわ。

 これ、これほどの魔法師は、恐らく王宮にもいない。あの嫌らしい目をしていた宮廷魔法師なんて、きっと、彼女達の足元にも及ばないでしょう。


「もう大丈夫だろ? そろそろ離れてくれ。いつまでもこうしていると、あとで俺が酷い目に遭うんだ」


 ああ、わたくしとしたことが、知らない男性に抱かれたままでしたわ。でも、この安心感はなにかしら……それに、この声、柏木くんですわよね? あれ? 違いますの?


 慌てて離れ、自分を抱いていた男性を確認する。

 それは、黒いフード付きのコート、ブルージーンズを穿いた目隠しの男性だ。


 この人が柏木くん? 彼にしては、やや身長が高いみたいですけど……あ~、ブーツなのね。あああああ、そのブーツで森川を蹴ったわ……あ~、スッキリしますわ。いい気味ですわね。癖になりそうなほどの快感ですわ。あれだけ能書きを垂れたのだもの、そのくらいの罰はあって然るべきですわ。というか、もっとやってちょうだい。


「お前、ほんと、くそゴミだな。人間のクズだぞ。いや、ゴキ○リ以下だな」


 森川を蹴り付けながら、目隠しの彼が罵倒している。

 あの雰囲気は、どう見ても柏木くんですわよね? 

 ちょっと冷血ぽくて、ワイルドで、でも本当は優しかったりする。そう、柏木くんって、そんな人ですわね。


 ん~、カッコイイかも……


「いつまで転がってるんだ? さっきの威勢はどうした?」


「うぐっ、て、てめ、てめ~は、なんすか」


「俺か? ん~~~~悪、そう悪者、うむ悪者だ!」


「カッコイイニャ~」


 目隠し男が森川を甚振いたぶっている。なぜか、猫耳少女が感激して、恐ろしく興奮していますわ。もしかして、盛りかしら?


「な、なんで、オレにこんなことをするんすか」


「お前が、最低な奴だからだよ」


「ぐふっ!」


 森川が言い返していますけど、またまた蹴りが……あれは鳩尾に入りましたわね、かなり苦しそうですわ。

 彼が言う通り、最低な男なのは間違いないですわ。もっとやって欲しいかも……それにしても、この急展開に付いていけませんわ。騎士達はみんな潰れているし……


「グギャォーーーーーーーーーーーーーー!」


 な、な、何事ですの? 


 突如として轟いたもの凄い雄叫びが、身体を震わせる。

 慌ててその発生源に視線をむけると、大型飛空艇の上で巨竜がタップダンスを踊っていた。


 これってどんなファンタジーですの……いえ、シリアスな場面が一気にコメディに変わった気がしますわ……


「ら、ラティさん、だ、ダメです、壊してはダメーーーー! それは、頂戴するんですからーーーー!」


 あれ? この声、この声って、鈴木さんかしら、必死に巨竜に大声を張り上げてますわ。もしかして、あの巨竜も仲間ですの? いったい何がどうなったら、あんな巨竜が仲間になるのでしょうか? もう訳が分からないわ。やっぱり、わたくしってあの世に来たのかしら?

 駄目よ、駄目。冷静に状況を判断しないと駄目よ。麗華!


 一から整理するために、もう一度、もう二度、もう三度、初めから整理を、と思っているのに、目隠し男がどんどん近付いてくる。


 なに、なに、なに、わたくしに何かするつもりですの? エッチなことはダメですわ! お願いします。


 心中で必死に懇願してみるのだけど、彼が取った行動は、全く予期しないものだった。


「な、なんだ? 立てないのか?」


 気が付くと、わたくしは座り込んでいた。

 自分でも気づかなかったのだけど、多分、巨竜を目にした時ね。

 わたくしとしたことが、こんな姿を晒すなんで、なんて無様なのかしら。穴があったら入りたい気分ですわ。


「きゃっ! な、なにをするのですか?」


 わたくしの動揺を他所に、突如として、彼は膝裏に腕を差し込み、反対の腕で背中を支えた。そして、わたくしの体重を気にした様子もなく、軽々と持ち上げた。


 こ、こ、これって、きゃ~~~~~、お姫様抱っこですわ~~~~~! 初めてのお姫様抱っこですわ。でも、わたくしをお姫様抱っこして良いのは、夫と決めた方だけですわ。なに、勝手に抱っこしていますの!


「ユウスケ、なにドサクサに紛れて女の子を抱いているのかしら」


「柏木君、ギルティです」


 ユウスケ? 柏木君……い、いま、今、柏木くんって……


 マスカレードを付けた少女二人の言葉を聞いて、思わず、わたくしを抱き上げる男性に視線を向ける。


 本当に柏木くんなんですの? わたくしを助けに来てくれましたの? もしかして、今お姫様抱っこをしているのは、柏木くんですの? 本当に? もし本当なら、わたくしは溶けてしまいますわよ?


「だって、立てないみたいだし、さっさと帰りたいからな」


「もう、仕方ないわね、今回だけよ」


「はいはい。それより、鈴木。早く回収してこい」


「えっ? 柏木君じゃないと、あのサイズは入りませんよ?」


「そ、そうだったな……すまん」


 この人達は何を言っているのかしら。いえ、そんなことよりも、さっさとここから離れる必要があるのだけど……


 ここから逃げ出すことを考えていると、柏木君と呼ばれた彼は、直径二メートルくらいの丸く黒い膜を作り出した。


「ゴミどもを、これに放り込め!」


 彼がそう言うと、少女達は動けなくなった騎士や兵士をポンポンと黒膜の中に放り込む。

 そして、最後に森川を放り込んだ。


「よし、これで終わりか?」


 彼は周りに問い掛け、その返事が『応』であることを確認すると、その黒膜を消して新しい黒膜を作った。


「屋敷に戻る奴は、これに入れ~~!」


 そう号令を出すと、少女達が次々に黒膜に入って行く。九重さんや松崎さん、北沢くん、マリアさんは、その少女達に連れられてビクビクしながらも黒膜に入って行った。

 残ったのはさっきから彼の近くに居るちょっとキツめの金髪少女と鈴木と呼ばれた少女。あとは猫娘だけだった。ん? 巨竜もかしら。


「じゃ~、船の回収に行くぞ!」


 そう言うと、わたくしに冷たい視線を投げかけてくる三人娘が、彼の腕に手をかけた。


 な、な、何をする気なのかしら? と思った次の瞬間には、飛空艇が目の前にあった。


 こ、こ、これって、どんな手品ですの……


「ラティーーー! もういいぞーーー!」


「グギャォーーーーーーーーーーーーーー!」


「あ~あ、こんなに壊してしまったんですね……」


 彼が大声を張り上げると、まるで踊るかのように大型飛空艇を踏み付けていた巨竜が一声叫び、その途端に小さくなっていく。

 彼の横では、鈴木と呼ばれた少女が、ガックリとひざまずいている。いわゆるダメぽポーズですわね。

 暫くすると、五、六歳の幼女が飛空艇の上から飛び降りてきた。


「だめっちゃ~~~! うちを抱っこするっちゃ~~~~!」


「ラティニャ、だめニャ、偶には、わたしに譲るニャ」


 幼女は、猫少女と絡み合って暴れ始める。

 そんな二人を余所に、彼はさりげない仕草で飛空艇に手を触れた。すると、恰も初めから何も無かったかのように、大型飛空船がなくなり、唯の草原が広がる自然の風景になった。


 どんなマジック? 想像すらできないのですけど……


 驚くわたくしなど全く気にしてないのか、彼はまたまた黒膜を作り出した。


「撤収するぞ~~~! 早くしないと置いて行くぞ~~!」


「まってちゃ」


「まつニャ」


 こうして幼女少女達が次々と入って行く。その後に、彼はわたくしを抱っこしたまま、小声で一言だけ言葉を漏らして黒膜に足を踏み入れる。


「これがフラグになりませんように」


 あまりにも小さな声で聞き取り辛かったのですけど、多分、彼はそう言ったと思う。

 それが何に対してのフラグか、わたくしには分からない。ただ、とても不安げな声色だった。

 その時、それが、わたくしのことだとは、考えてもみませんでしたけど、もしそのことを知っていたとしたら、間違いなく否定したことでしょう。だって、そんなフラグは、いまさらなのですもの。だって、麗華フラグは召喚前から立っているのですから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る