第19話 新たな目標


 朝から不穏な空気が漂っている。

 ピリピリとした雰囲気が肌を刺す。

 その原因は、ロココと鈴木だ。いや、ロココ――磯崎が発する空気だというのが正しいだろうか。

 なんてったって、ロココの尻尾がタヌキ張りに膨らんでいる。

 ロココの気持ちは、少なからず分かるような気がする。自分が虐められていた時分に、鈴木は知らん振りを決め込んでいたのだ。快く迎えられるはずもない。

 逆に、知らん振りをしてしまった鈴木の気持ちも理解できる。下手に介入すると、俺のように虐めの標的となるからだ。

 まあ、俺の場合は、虐めというより嫌がらせオンリーだったから、無視して自己防衛さえすればことが済んだ。

 だが、鈴木の場合、そういう訳にもいかないだろう。だから、彼女の執った行動を非難することはできないと思う。

 当の鈴木はといえば、ロココが磯崎であることを知らない。ただ、とっても興味のある猫耳娘が、自分を警戒していることに悲壮感を抱いているようだ。

 なんだかんだ言っても、一番の被害を受けているのは俺だ。頼む、勘弁してくれ。

 二人がやたらと伝心の念話攻撃で、自分の想いをぶつけてくるのだ。

 取り敢えず、それを話し始めると、終わらなくなってしまうので割愛することにしよう。


『ロココ、取り敢えず害があるわけじゃないし、仲間なんだから邪険にするなよ』


『イニャ~~~~ン!』


 それは「嫌~~~~!」って意味か? さすがに、その言葉は意味不明だぞ?


『鈴木、ロココは少しナーバスになってるから、あまり近寄るなよ』


『うん……』


 鈴木はかなりショックなのか、ショボーンとなっている。きっと、猫耳と尻尾を触りたいのだろう。

 ロココの不穏な空気と鈴木のどんよりとした雰囲気が合わさって、全員が重苦しい空気に包まれている。

 そんな状況を打破するために、話題を提供することにした。


「これからの方針だが、少し集中的に基本レベルの引き上げを行うことにした」


「それって、必要なのですか?」


 爛々らんらんと瞳を光らせたのはクリスだが、質問をしてきたのはマルセルだ。

 どうやら、クリスは意地でも正義の味方になりたいようだ。


「少し話が逸れるが、犯罪集団の存在については話したな」


 誰もが真剣な表情で頷く。

 なにしろ、ここに居る殆どの者が、その犯罪集団の被害に遭っているのだ。真剣になるのも当然だ。


「あれは、ミストニア王国主導の犯行だと分かった。そして、クリスが言うように近いうちに近隣諸国と揉め事を起こす気らしい」


「くっ、やはり……」


「最低ですね」


 顔を顰めて悔しそうにするクリスを横目に、鈴木がミストニアに最低評価を与えた。


「だから、みんなには少しでも力を着けてもらいたい。別に戦えと言っている訳じゃない。もしもの時に、自分達を守るためだ」


 最後に想いを伝えると、みんなが賛成してくれた。それが、ちょっとだけ嬉しくてニヤケてしまったのは、バレているかもしれない。


「そこでだ、全員で暫くの間、ドロアダンジョンの深い階層に篭るぞ」


「でも、それだと、生活に困りませんか?」


 マルセルが少し不安そうな表情で、ごく当たり前の疑問を投げかけてきた。

 確かに、彼女が心配するのも分かる。セーフティーゾーンがあるとはいえ、ずっと篭りっぱなしだと、色々と不便だからだ。

 ところが、ここにきてチート娘が仲間に加わったことで、色んな手段が執れるようになった。


「大丈夫だ。画期的な魔道具が手に入ったからな」


 そう、夢のマイホーム、もとい、4LDKのマイテントだ。

 アイテムボックスに仕舞ってあったテントを取り出し、リビングにどんと置く。


「このテントが?」


「すごい色合いですね」


「これが画期的な魔道具なのですか?」


「ぱっと見た感じだと、柄を除けば、普通のテントですが」


 ルミア、マルセル、クリス、エミリア、四人が怪訝そうにしながら首を傾げた。

 ただ、中を覗いたアレットがピョンピョンと飛び跳ねた。


「これ、中が凄いピョン。とても広いピョン」


 その途端、全員が中に脚を踏み入れる。

 入り口は狭いものの、リビングは二十畳くらいあるので、全員が入っても狭く感じることはない。


「これは凄いニャ。めっちゃ豪華だニャ」


「ふふふっ」


 さっきまで顰め面をしていたロココが驚きを露わにする。尻尾がフリフリと左右に振れているところをみると、かなり興味津々といった雰囲気だ。

 そして、それを見た鈴木が、ドヤ顔で胸を張っている。

 まあ、どれだけ張っても、地平線が丘になる程度だが……


「これなら大丈夫だろ!?」


「そうですね。それにしても、凄いです」


 部屋の中を見回していたマルセルがコクリと頷き、話が纏まった。

 このあと、夜逃げするが如く荷物を纏め、ダンジョンに篭ることになった。


 因みに、この屋敷は、俺が住んでいると知れ渡っているので、誰も近寄ることはない。以前は泥棒や強盗も来たこともあったが、そいつ等が酷い目に遭ったのは、言うまでもないだろう。









「オラオラオラ! 食らえ食らえ」


 はい。今回もルミアの罵声で始まりました。

 現在は、全員でドロアのダンジョン地下三十八階にきている。


「けっ! 思い知ったか!」


 トリガーパッピールミアが捨て台詞を吐く。


 お前が思い知れよ! さっきまで石化してたじゃんか。


 このフロアでは、厄介なことにバジリスクがウロウロしている。多い時は五匹くらいの集団で襲ってきたりする。

 バジリスクに関しては、いまさら説明の必要はないと思うが、一応説明しておくと、体長二メートルくらいの灰色カメレオン? みたいなトカゲだ。

 実は、このフロアに下りてきた途端、四匹のバジリスクに襲われた。そして、俺、ラティ、マルセル、三人以外が石化してしまった。

 普通なら全滅コースだが、マルセルの石化解除で復帰したのと、ヘルプ機能のエルが「神聖魔法のシールド系魔法で防げます」というナイスな助言をしてくれたお蔭で、なんとか討伐することに成功した。

 俺については、着ている物が神器である所為なのか、石化することはなかった。しかし、今回の戦闘に関しては、恐ろしく焦る事態となったのは事実だ。


 八つ当たり気味のルミアが、最後の一匹を倒したところで、一休みすることにした。


「みんな、大丈夫か?」


 みんなに声を掛けると、アレットと鈴木は疲れと恐怖で声も出ない状態だったが、戦闘班については、いつも通り、どこか緊張感に欠けた面持ちだ。


「大丈夫っちゃ。でも、お腹へったっちゃ」


「うんニャ」


 相変わらず空腹がちな幼女に、精神制御の使用で無表情となっているロココが答えてきた。ただ、ロココの返事は、イエスかノーか判別不能だ。誰か、何とかしてくれ。


「問題ありません。でも、前衛である私が、石化耐性のスキルを取得すべきかもしれませんね」


「そうしてくれると助かります。もしもの時は石化を解除しますが、いつもできる訳ではないので」


 今後のことを考えるクリスに、マルセルも同意した。

 この年上コンビは、お互い真面目な性格ということもあって馬が合うらしい。


「というか、石化とか、特定の場所でしか起きないと思うんです。だから、魔道具とかで対応できないものでしょうか?」


 いつも大人しいエミリアが、おずおずと現実的な提案をしてくる。幼いわりには、とても聡い少女だ。

 確かに状態異常を解除するには、身体強化スキルをLv3まで取得する必要があり、それだけでスキルポイントを120も消費する。それを考えると、アイテムでカバーができるなら、それに越したことはない。


「鈴木、何か作れるか?」


「作れなくはないですけど、素材が必要です」


 作ること自体に問題はないと言うが、素材って、何が必要なんだろうか。

 アイテムボックスの中を確認しながら、どんな物を作るのか鈴木に尋ねてみる。


「もし、作るとしたらどんなアイテムにするんだ?」


「ん~、簡単そうなのでしたら、眼鏡ですけど……戦闘の邪魔になりますよね?」


 そうだな。眼鏡だと戦闘中に落としたり、割れたりする可能性があるからな。


「魔道具ニャら、別に目を隠すことを考える必要はニャイニャ」


 それまで黙っていたロココが、突然助言めいたことを口にする。ただ、意味がわからない。というか、もう言葉が無茶苦茶だ。


「それって、どういうことだ?」


 上手く理解できなくて問い返すが、鈴木が突然「そうか!」と声を上げ、思い付いたことを話し始めた。


「ゲームとかでも、武器や防具に耐性能力が付いてたりしますよね。例えば石化耐性を持った剣とか……バジリスクと目を合わせると石化する。という先入観で、バジリスクから視線や目を守ることばかり考えてましたが、石化防止の能力さえあれば良いのです。だから、別に目を保護する物である必要はないのです」


 鈴木の意見を聞いて、何となく理解できたが、どんな装備にするつもりだろうか? まさか、コスプレ衣装じゃないだろうな。嫌な予感がしてきた。


「どんな装備にするんだ? それと素材はどうする?」


「少し面白くありませんが、指輪とかで問題ないと思います。素材は銀とかで良いのではないでしょうか」


 質問には答えてもらったが、面白くないというセリフが引っかかる。放っておくと、とんでもない物を作りそうだ。


「それじゃ、指輪で頼むわ」


 また二次元アイテムなんて作られても困るので、有無も言わさず指輪に限定し、アイテムボックスの肥やしとなっている戦利品を布袋ごと出して、使えそうなものを探してみた。

 もちろん、これは盗賊どもから強奪したものだ。


 う~ん、どっちが盗賊か分からなくなってきたぞ。まあ、盗賊を狩る盗賊でもいいかニャ? おっと、失礼……


 これまでの戦闘で鈴木の固有能力ランクは『D』に上がっている。銀を使った妄想錬成も可能だ。

 Dランクの妄想錬成では、全長五メートルまでの中級鉱物を使った物が作れる。ただ、鉱物の等級判断については不明だ。なんとも、いい加減な固有能力だ。


「おお、良いものがあった」


 銀で作られた女性を模した、三十センチくらいの裸体像を取り出す。

 まるっきり裸状態なので、エロさは半減だな。やはりエロいといえば、着エロだろ!?


「いやらしい。これだから童貞は困りものです」


 手にした銀の裸体像を眺めていると、鈴木が罵声を浴びせてかけてきた。


 うっせ~! てか、お前だって未通だろうが!


 心の中で鈴木を罵りつつ、銀の裸体像を渡す。

 裸体像を受け取って、それを眺める鈴木の眼差しが、普段よりいかめしいのは、俺の勘違いではないだろう。

 一つ大きな溜息を吐いたあと、鈴木はいつもの便秘詠唱に入った。そして、既にこれまで何度も目にしてきた発光がやむと、九個の銀の指輪ができあがったのだが、なぜか裸体像の頭と下半身が残っていた。

 無くなった部分で指輪を作ったのだと思うが、残りが中途半端な理由が分からない。無くなったのはお腹から胸の上ぐらいの部分だ。それに妄想連想を始める前の冷たい視線、そして、この残骸……謎はすべて解けた!


 はは~~~ん! くくくっ。このぺちゃぱいめ!


 じっちゃんの名に懸けて、その理由を暴こうとしたのだが、鈴木が放った「口にしたら殺す!」と言わんばかり視線に射抜かれて、沈黙を守らざるを得なくなってしまう。


 ごめん。じっちゃん……俺って、根性なしなんだ……

 因みに、俺のじいちゃんは探偵なんて職種ではなく、神社の神主だった。


 鈴木は出来上がった銀の指輪をみんなに渡して回る。そして、最後に残った素材と銀の指輪を俺に突き出した。

 それを受け取り、親指と人差し指で摘んで眺める。


 な、何故だ! 鈴木が作ったのに真面だ! これは少し見直したかもしれない。

 それは、何の変哲もなければ、柄すらない唯の指輪だった。

 指輪が普通であることよりも、奴が普通の物を作ったこと自体が信じられなかった。

 それ故に、怪訝な視線を向けてしまうのだが、鈴木は気にした様子もなく、澄ました表情で説明を始めた。


ついでに、毒、呪い、眠り耐性も付けました」


「おお~、どうしたんだ? やたらと気が利くじゃないか」


「失礼ですね。これがデフォルトです」


 一応、褒めたつもりなのだが、褒め言葉になってなかったかもしれない。

 関心しつつも、受け取った指輪を右手の人差し指に填めようとしたが、上手く填まらない。そこで、各指を順番に試したのだが、丁度よさそうなのは左手の薬指だけだ。

 その途端、嫌な予感が思考を支配する。

 視線を鈴木に向けるが、奴は明後日の方向を見ている。何か怪しい。ビビッときたぞ。この妖怪二次元女!

 銀の指輪をもう一度よ~く確認してみる。

 そこで、恐るべき事実が発覚した。

 指輪の内側に何かが刻まれている。そして、刻まれている文字を読んで愕然がくぜんとする。


 そこには「ザ・エターナル・ラバー」と英語で刻まれている。これってもしかして「永遠の愛を」なのか?


 お、おい! これ、エンゲージリングじゃね~か! ドサクサに紛れて、なんてもんを渡してんだよ。このバカちん!

 なんて恐ろしい女だ! 俺の周りは、こんなのばっかりか?


「鈴木、この指輪に刻んである文字を消してくれ」


 この銀の指輪がエンゲージリングだと判明したので、即座に、速やかに、即行で、鈴木に改修を頼むのだが――


「いたた、いた、いた~い。お腹が痛~い……」


 ――突如として、そう叫びながら鈴木がうずくった。

 まるで、登校拒否症候群になった小学生のようだ。というか、やっぱりろくな物を作らない女だ。

 まあ、俺の場合、神器を装備しているお蔭で、この指輪を装備する必要はない。しかし、みんなとお揃いの装備は、これまで友達の少なかったこともあって、物凄く嬉しいことだった。だから、仕方なく愛が刻まれた薬指に指輪を填めることにした。

 鈴木はと言えば、一気に絶好調となっている。きっと、一番高いユ○ケルを飲んでも、これほど元気にはならないだろう。というか、どこで俺の薬指のサイズを測ったのだろうか……


 この後、全員が指輪を填めてバジリスクタイムに突入した。

 指輪の効果は絶大だった。誰一人として、全く石化することなく、あっと言う間にバジリスクタイムが終了してしまった。なんか、少しだけ悲しくなる。

 そして、鈴木がボソリと漏らした「避妊効果もある」という言葉を聞き逃したのが、俺だけだったと知るのは、もっと先の話となる。









 いよいよ、やってきましたドロアのダンジョン地下三十九階だ。

 そう、ボスのいる階層だ。

 階層ボスは、ケルベロス。三つ首の魔犬だ。

 その周りにはべる取り巻きは、ハウンドドッグと呼ばれる危険な犬型のモンスターだ。

 ああ、決して高らかな歌声で、愛を誓ったりしない。

 くだらない冗談は置いておくとして、ケルベロスはLv60のモンスターで、ハウンドドッグはLv55のモンスターだ。

 気を付ける点としては、ケルベロスは相手の体力やマナを吸引する能力、闇ブレス、それ以外では、地属性の魔法も使ってくるらしい。

 これまでにない、かなりの強敵だ。


「ボス広場に行くまでにハウンドドッグが結構いるからな、みんな気を引き締めろよ。それとアレットはマルセルの後ろに、最後尾はラティで頼むわ」


「わかったっちゃ」


「はいピョン」


 ラティとアレットの返事に頷き、地下三十九階を進み始める。


「ハウンドドックが二匹だ」


「犬風情が、血祭だ!」


 敵の接近を知らせると、ルミアが心無い言葉を吐き出した。

 おい、ルミア。お前、動物愛護協会から訴えられるぞ! そもそも、ダンジョンのモンスターから血なんて出ないからな。血祭りなんて不可能だぞ。


 犬型のモンスターとご対面すると、いつものようにエミリアの「ウオータープレス」がダ~~ン!と炸裂し、ラティが速射を始める。しかし、さすがにレベルが高いだけあって、倒れる様子がない。

 ラティの矢に関しては、完全に弾き返されているし、エミリアの魔法を受けても少し体制を崩しただけだ。多分、ファイアーボムを撃っても大した効果は望めないだろう。


「くそっ! 食らえや!」


 ルミアはガンガン撃ち続けているが、犬達はそれほどダメージを受けているように見えない。魔弾を食らっても、キャインの一言もない。


「クリスは防衛。俺、ラティ、ロココ、三人で打って出る。後衛組は敵を寄せ付けないように牽制してくれ」


「はい」


「うん」


 クリスとラティが短く返事をよこし、ロココは黙って首肯している。


「ちっ、わかったよ! ユウスケの旦那!」


 う~~~ん、ルミアの精神変化はどんどん酷くなっているような気がする。いつの間にか、俺は旦那と呼ばれているし……お前、まだ十歳だよな?


 ルミアの言動に焦りを感じつつも、刀を抜いて近い方のハウンドドックに正面から斬りかかる。

 左隣では、ラティがカタールに持ち替えて、別のハウンドドックに襲い掛かる。


「うりゃ」


 ハウンドドッグの頭蓋めがけて刀を振り下ろすが、素早く避けられる。しかし、モンスターが避けた先にロココが居る。彼女は右手に持った断裂をハウンドドッグの左前足に叩き込む。

 咄嗟に避けようとしたハウンドドッグだったが、ロココのスピードに勝てないようだ。片足を切り裂かれている。

 さすがはロココ。獣人だけあって、その動きは、俺の動きを凌駕するのもそう遠くないだろう。

 そんなロココの攻撃は、追い打ちをかけるように、呪われたダガーが力を発揮している。そう、切り裂いた傷がどんどん広がっているのだ。

 体長二メートルはあるオオカミのようなハウンドドックは、左前足を切り裂かれたことでバランスを崩している。

 ここぞとばかりに、低い体勢から右前足に向かって刀を振り抜く。素早く動くことができなくなったハウンドドッグは、避けることもできずにモロに食らう。その一撃で、見事にハウンドドッグの片脚を奪う。当然ながら、片足となったワンコが地に転がる。

 最後の止めはロココに任せ、すぐさまラティの応援に向かう。


「はっ! んちゃ!」


 ラティは掛け声を漏らしながら、もう一匹のハウンドドッグを相手している。特に問題はなさそうだ。体格の差はあるが、放っておいても一人で倒しそうだ。だが、より安全に戦いを済ませるべきだと考えて、すぐさまラティを援護にまわる。


「ラティ、手伝うぞ」


 声を掛けると、ラティは攻撃を続けながらも黙って頷く。

 彼女の戦い振りといえば、見惚れるほどの剣舞だ。

 ラティが正面から攻撃していることもあって、ハウンドドッグの右側から首筋に刀を撃ち込む。

 ハウンドドックはラティに気を取られていたようで、俺の攻撃が上手い具合に炸裂する。そうして、やっと戦闘が終了した。

 後ろを振り向くと、ロココも止めを刺し終わったところだった。ロココに止めを刺されたハウンドドッグは、首筋から炎が上がっている。

 なんとも、恐ろしい能力を持つダガーだ。


「ラティ、ロココ、お疲れさま」


「うん」


「ニャ」


 二人はゆっくりと頷いき、ハウンドドッグの魔石を拾うと、こちらに歩いてきた。


「お疲れ様でした」


「三人とも強過ぎです」


 後衛陣もすぐさま近寄ってくると、マルセルが俺達を労い、クリスが惚れ惚れとしましたと言わんばかりに称賛の声をあげた。

 ただ、ルミアは不満があるようだ。不貞腐れた様子を露わにしている。


「ユウスケの旦那、悪いけど今日の戦闘が終わったらスキル取得やっておくれよ」


 先程の戦闘で銃の威力不足を感じたのだろう。スキル取得を頼んできた。

 おそらく、属性攻撃の成功率を上げたいのだろう。


「ユウスケ様、私の威力不足もなんとかしたいです」


 ルミアに続き、エミリアも魔法の威力不足に悩みがあるらしい。

 確かに、低階層だとレベルの低いモンスターがわんさか出てきて、範囲魔法でドカーンとやればかなりの効果があるが、この階層レベルになってくると、数より強さという傾向になっているから、範囲攻撃より一点突破みたいな力が欲しくなる。

 それよりも、ラティの矢が効かないのが一番痛い。実のところ、範囲魔法よりラティの速射の方が殲滅力はあるのだ。


 色々と悩みつつも、階層ボスがいる広場まで、慎重に戦闘を熟しつつ足を進めた。

 そして、いよいよ階層ボスとの戦闘となった。

 階層ボスの広場には、取り巻きのハウンドドッグが四匹いる。これまでの戦闘で、複数のハウンドドッグにどう対処するかを考えながら戦闘を続けてきたので、段取りに関しては、既に予習完了だ。ただ、問題はケルベロスがどのくらいの強さか分からないことだ。

 これまでの作戦は次のようなものだ。


・始めに俺が『ファイアーボム』の連発で場を混乱させる

・俺とラティがペアで一匹ずつ処理する

・クリスが後衛の前で壁となり、ロココが隙を突いて倒す

・ルミアとエミリアが近付く敵をこまめに牽制

・マルセルは、後衛の前にホーリーウォールを展開して、敵の侵入を防ぐ

・アレットと鈴木は、後ろでちゅうちゅう吸う


 ん~、少し無理し過ぎかな~。ここ二週間の戦闘でかなりレベルが上がってるから、今夜は本当にスキル取得しないと拙いかもしれないな。


 ファイアーボムは決定打にはならないが、相手にダメージを与えることができた。その辺りから考えると、スキルレベルが同じであっても、魔法攻撃力に差が現れるということになる。そうなると、物理攻撃力、魔法攻撃力、防御、回避、といった見えないステータスがあって、それが影響していると考えた方が良さそうだ。


「よし、準備はいいか?」


 全員が静かに頷く。さすがに、低階層の時と違って、誰もが真剣そのものだ。


「じゃ、いくぞ」


 まずは、ファイアーボムを撃ち込むぜ。


 それいけ、ドカーーーーン! おお~~犬が飛んでる! もっとだ~~! それ、ドカーーーーン!


 先行する俺とラティの前にも、爆発で飛ばされたハウンドドッグが転がる。

 ラティは透かさず、眼前に飛ばされてきた個体に止めを刺す。

 さすがに、できる幼女は一味違うわ。でも、最近は心なしか成長したような感じがする。


 もう一発だ~~! ほれ、ドカーーーーン!


 ファイアーボムの三連発で、モンスターたちは混乱中というより、吹き飛んで体勢を保てないようだ。でも、その魔法だけで逝ったモンスターはいない。


「ラティ、いくぞ」


「うん」


 敵の位置がバラバラになったところで、俺とラティは疾風の如き移動で、一番近いハウンドドッグをターゲットにした。残りは取り巻き三匹と三つ首の親分だ。

 そのハウンドドッグといえば、死んでこそいないが、魔法で少しダメージを受けた様子が見て取れる。これを見逃す手はない。

 油断することなく、モンスターの口の中に向けて、右手に持った刀で渾身の突きを繰り出す。相手が弱っている所為もあって見事に成功した。


「次だ、あのフラフラしている奴をやるぞ」


「あれ、食べてもええ?」


 そのネタは止めなさい。もう、一回使っただろ。それに、そのセリフは、こいつらモノのだろ?


「うち、お腹へったっちゃ」


「ああ、これが終わったらご飯にしような」


「やったっちゃ~」


 結局、作戦通りにことが進み、ハウンドドッグを一掃することができた。現在は、最後の一匹となった三つ首ことケルベロス君と対面中だ。

 先に倒した取り巻きが、奴等にとって仲間なのか手下なのかは知らないが、かなりご立腹の様子だ。

 ああ、ここでケルベロスを奴等としたのは、三つの頭がそれぞれ違う様相を見せていたからだ。

 右の頭君は獰猛に吠えている。左の頭君は何を血迷ったのか、空気を噛み噛みしている。そして、真ん中の頭君は遠吠えをしている。何にしても協調性のない頭君達だ。

 なんて、三つ首をバカにしていたら、俺の方が愚かだということが判明した。


 やべっ! こりゃ、大失敗だぞ。


 後方からこちらに集まってくるハウンドドックの群れがマップに現れたのだ。その数は三十匹にのぼる。


 とんでもね~犬だな。まさか、他力本願じゃないだろうな。それよりも、どうするかな~。ワープで逃げるという手もあるんだが……


 予定外の展開を受け、思わず逡巡してしまうが、直ぐに決意した。


『みんな、こっちにこい』


 伝心を受け取ったパーティーメンバーは、混乱する者もいたが、この能力を知っているロココと鈴木に即されて、こっちに走ってくる。


 実は、この手は使いたくなかったんだけど、しゃ~なしだ。今回もレベル上げがメインテーマだから、偶には俺も無双させてもらおうか。


 みんなが近づいていることをマップで眺めながら、体長五メートルくらいあるケルベロスに固有能力を発動する。


「空牙!」


 ロマールと今回の攻略で俺の基本レベルは80になった。それによって、固有能力のランクもとっくに『B』まで上がっている。

 ランクBの空牙は、直径五メートルの単発が使用可能だ。

 連発したい場合は、ランクCで直径五十センチを連発可能になっているので、サイズダウンさせれば連発できる。


 空牙を放つと、五メートルほどある亜空間の球体がケルベロスの身体を三分の二ほど巻き込んだ。

 そんなチート級の攻撃で、ケルベロスは「キャイン」と言う間もなく逝ってしまった。そして、ケルベロスがいた場所には、下半身だけが転がっている。


 あちゃ~、魔石も消えたかな?


「凄いニャ」


「かっこええ~」


「チート無双ですね。俺TUEEEですか? 楽しいですよね。ズルいですよね」


「……」


 偶にはいいだろ? 俺だってストレスくらいは溜まるんだよ。それ以外のものもな……てか、だいたい、お前の方がチートだろうが!


 ロココとラティは良いとして、鈴木の暴言は少しばかりムカつく。それ以外の面子は、開いた口が塞がってない。


 まあ、鈴木が言うことも尤もな話だ。これをやると、無双過ぎて他のメンバーの鍛錬にならないんだよな。


 そうこうしていると、俺達が来た方向からハウンドドックが団体様でやって来たので、『空牙』を発動する。


「おらおらおら! 空牙! 空牙! 空牙! 空牙!――」


 ハウンドドックが広場に入ってくる度に、亜空間のインチキ攻撃をぶち込む。

 もはや、蹂躙とすら呼べない状態だ。我ながら、さすがにチート過ぎると思う。


 この固有能力も最悪の事態以外では使用禁止だな。てか、完全に禁呪だろ、これ……


 仲間の幼女少女はというと、暫くその非現実的な光景眺めていたが、現時点では魔石回収に向かっている。

 それにしても、ケルベロスの魔石は惜しいことをした。ケルベロスのレベルを考慮すれば、その魔石は、恐らく金貨十枚以上になったはずだ。う~ん、残念。


 こうして何事も無かったかのように、地下四十階のセーフティーゾーンに向かった。









 いい湯だ。やっぱり風呂は最高だ。


 犬達の掃除を終わらせて、ドロアのダンジョン地下四十階にあるセーフティーゾーンで休息を取っている最中だ。

 現在の俺は、テントの中の風呂でのんびりとしている。


「うちも入るっちゃ」


「だめニャ」


 気分よく疲れを癒していたのだが、なにやら大型ユニットバスの外が騒々そうぞうしい。

 ここ最近で困っていることは、ラティが一緒に入浴しようとすることだ。さすがに恥ずかしい。幼女に見えても彼女は16歳なのだ。


 ガチャ、ダダダダ、ザプーン!


「ニャー! ダメニャ~、悔しいニャ」


 脱衣所で一波乱が起きていたのだが、最終的にロココの防衛線を突破したラティが、勢いよく湯船にダイブしてきた。


「こら! 先に身体を洗いなさい」


「洗ってっちゃ」


 ん~、可愛い……しゃ~ないな~、洗ってやるか。


「ラティニャに、甘すぎニャ」


 さすがに恥ずかしいのか、ロココ本人が入ってくることはないが、クレームは入ってくる。

 結局のところ、ラティの体と頭を洗ってやり、二人で湯船にゆっくり浸かってから風呂を出ることになった。

 ただ、ラティが湯船の中で俺の息子を触ろうとしたので、「めっ!」したのは言うまでもないだろう。


 風呂から上がり、リビングのソファーにドカッと座る。今日も異常なほどの戦闘を繰り返したので、全員のステータスチェックをすることにした。

 ああ、テント内でマップ機能が使用できない問題は、鈴木に頼んで改修済みだ。だから、テントの中に居ても最大で十キロまでを確認できる。距離が伸びたのは、ランクBで拡張された結果だ。


 ん~、全員の基本レベルが凄いことになってるぞ。

 本来ならレベルが上がる度に必要経験値が増えて、どんどんレベルアップし辛くなるはずなのだが、チート固有能力が恐ろしいほどの威力を発揮している。

 俺が保持している『取得経験値増加』のBランク能力は、なんと取得経験値四倍だ。まさに、ゲームマスター級のインチキ能力だ。


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 ユウスケ レベル80 SP630 ランクB

 ラティ  レベル85 SP651 ランクA

 マルセル レベル65 SP542

 ルミア  レベル64 SP561 ランクC

 ロココ  レベル55 SP590 ランクC

 クリス  レベル56 SP630

 エミリア レベル55 SP613

 アヤカ  レベル50 SP384 ランクD

 アレット レベル42 SP354

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 ロココとルミアは固有能力を持っているが、どちらも初めからMAX状態なので、固有能力ランクは影響しない。

 ここで少し固有能力の再確認を行う。但し、ロココとルミアは不変なので割愛だ。


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[ユウスケ]


 固有能力ランクB+


 空間制御

  アイテムボックス:100種類×100個

  浮遊:高度500メートル

  空牙:直径5メートル(単発)

  飛翔:飛行距離5キロメートル

  瞬間移動:10メートル

  ワープ:4カ所/最大15人


 伝達制御

  伝心:到達範囲1キロメートル


 状況把握

  マップ機能:検索範囲10キロメートル


 取得経験値増加:4倍


 補助機能

  ヘルプ機能:MAX


 言語習得:MAX

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[ラティ]


 固有能力ランクA


 獣化

  地:サイズ小中大

  水:サイズ小中

  空:サイズ小中

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[アヤカ]


 固有能力ランクD


 妄想錬成

  初級素材錬成

  低級鉱物錬成:全長2メートルまで

  中級鉱物錬成:全長5メートルまで


 ※現時点で潜水物、飛行物は錬成不可

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 ステータスのチェックを終えると、マルセルとアレットが作ってくれた夕食を頂くべく揃ったみんなに、基本レベル、獲得スキルポイント、固有能力ランクを伝えた。そして、これからのことを相談してみる。


「食べながらでいいから聞いてくれ、思った以上に成果が出てるが、もう少し続けるか?」


「まかすっちゃ」


 既に、人類最高峰とも言えそうなほどにレベルが上がったラティは、俺に一任らしい。


「私はもう少し頑張りたいです」


 向上心の強いクリスは、もっとレベルを上げたいらしい。

 それ以外のメンバーは、どちらでも構わないという回答だったが、そこで鈴木が意見を述べた。


「私としては、ランクがDになったし、取り敢えずはレベルより錬成に打ち込みたいです」


 そうだな。できれば、そうして欲しいところだ。そして、その考えをそのまま伝えると、鈴木は即座に切り返してきた。


「そうなると、様々な素材が必要なんですが、どうしますか?」


 うむ。確かに妄想錬成は異常なほどのチート能力だが、何もないところからは作れないし、武器や防具となると、さすがに素材の能力も必要になるからな。


「わかった、それは戻りしだい何とかする」


 快く頷くと、今度はマルセルが気になることを口にする。


「あの~、武器屋の親方に聞いたのですが、最近はミスリルを含む鉄系の材料が全く手に入らなくなっているそうです」


「えっ? まじ? なんでまた」


「理由は定かではないのですが、買い占めが起きているという噂が広がっているようです」


 買い占めって、どれだけ買い占めたら供給不足になるんだ? なんか嫌な予感がしてきたぞ。


「全く手に入らない訳ではないらしいですが、かなりの金額になるそうですよ」


 マルセルが淡々と追い打ちを掛けてくる。

 お前、実は、いじめっ子だろ! 目がニヤついてるぞ。


「それは、困ったな……」


 マルセルの話を聞いて、頭を悩ませる。すると、大人しい方のルミアがホーク片手に助言してくれた。


「デトニスにいけば、沢山あると思います。多分、直接でも購入できると思います。というか、こっそり発掘も……」


 おおっ、発掘とかめっちゃ楽しそうだが……


 デトニス共和国とは、ルアル王国の北西にある国で、ガルス獣王国の北側になる。これくらいなら俺でも知っているのだが、なにゆえデトニス共和国に行けばいいのか分からない。

 デトニスと聞いて首を傾げると、鈴木がデトニス共和国について補足してきた。


「デトニス共和国は、この大陸最大の鉱山を保有してます。最大の輸出国ですよ?」


 補足してくれるのは良いのだが、「なんでそんなことも知らないの?」という視線はやめてくれないか。


「なんで、鈴木が知ってるんだ?」


「ミストニア王国に居た時、色々と調べたのです。力無い者が、この世界で生きていくには、色々と頭を使う必要があるんです」


 うわ~、口調が「お前はチートだけか! このチートハーレム野郎が!」って感じだぞ。くそっ!

 まあ、それは良いとして、デトニス共和国か~。どうすっかな~。そういえば、以前、盗賊を討伐したいという意見もあったな。これを機に天竺てんじくでも目指すか、西遊記みたいに旅の途中で盗賊を討伐して進むのも悪くないかな。

 よくよく考えると、猫とウサギはいるけど、猿も河童も豚もいないわな。まあ、居ても困るが……

 それに、俺の目標は、安穏な生活だ。そろそろ鍛錬よりも、自分達が楽しく暮らせる新天地を目指すのも悪くはないよな。

 よし、切りの良いところで、方向転換するか。

 鈴木のランクがDだし、俺の経験からすると、あともう少しで『C』に上がるだろう。

 ということで、新たな目標に向けての行動方針を決定した。


 「もう少し攻略して、鈴木のランクが『C』になったら、借家に一旦戻ってからデトニス共和国にいくぞ。そして、途中の盗賊を討伐するべし」


「さんせ~ちゃ」


「がんばるニャ」


「それは、いいですね」


「私も頑張ります」


「これで両親の敵を討てます」


「はいピョン」


「悪は成敗します」


 ラティ、ロココ、マルセル、エミリア、ルミア、クリス、アレット、全員が賛成の意を表明してきた。ああ、鈴木も満足そうに頷いている。

 ただ、気になるのは、エルザだな。


「みんな。間違ってもエルザの耳に入れるなよ。ついていくと騒ぎ出すからな」


 それを聞いた途端、マルセルとルミアが渋い表情を見せた。なにしろ、悪意はないにしろ、俺の片棒を担ぐことになるからだ。

 それでも、彼女が学生であることを考えたのか、二人とも首を横には振らなかった。


 新たな目標を決めた次の日も、いつもの調子でダンジョン攻略を行い、終わったタイミングでワープを使って屋敷に戻った。

 こうして修行を終わらせて、世に羽ばたくことになる。

 気が付けば、沢山の仲間――幼女少女ハーレムとなっている訳だが、心強い仲間なのは確かだ。

 そして、そんな可愛い仲間達と新たなる一歩を踏み出すことになる。

 ただ、この時の俺は、今回の旅が素材の買い付けや盗賊の討伐だけではなく、様々なトラブルに巻き込まれることになろうなどと、一ミリも想像していなかった。

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